私を貴方の
「なんかあっという間だったね」
「そうだな。ソフィーがレスター君に連れ去られた時は、本当にどうなることかと思ったが」
「そうねぇ。それが、こんなに幸せそうな姿に繋がるなんてね。そのドレス、とてもよく似合っているわよ、ソフィー」
婚約式当日。
レスター様から贈られたドレスに身を包んだ私は、控え室で家族に囲まれていた。
和やかで祝福に満ちた部屋の空気に、改めて思う。この人たちと家族でいられて、幸せだと。
変わった娘で、苦労をかけたと思う。
私が男のように学ぶことを許してくれた父も、心配しつつ見守ってくれた母も、一緒に切磋琢磨してくれた弟も。誰か一人でも欠けていれば、きっと私は、今の私ではいられなかった。
「ありがとう。私、今とても幸せだわ」
だから素直に、その言葉が口から出てきた。こんなに満ち足りた気持ちで結婚への道を歩めるなんて、ほんの半年前までは思ってもいなかった。
「う、、つ、次はマックの番だな。早く相手を見つけるんだぞ」
「ちょっと!感動して泣きそうだからって、俺に矛先向けてごまかさないでよね」
「こらこら、お父様をいじめないの」
いつも通りの賑やかさに、ふふっと笑みが溢れる。
「ほら、そろそろソフィーの王子サマが来るんじゃないの?来たら、俺たちはさっさと会場に行っとこうよ。なんか見せつけられそうだし」
「ちょっと、マック!」
「前科がありすぎでしょ、ソフィー達は」
そう弟にいわれて、ぐっと言葉に詰まる。確かに、迎えに来たレスター様には髪にキスされたり抱きしめられたり、色々あったので否定はできない。
「マ、マックも早く相手が見つかるといいわね」
「父上と同じごまかし方しないでよ」
呆れたような眼差しを向けてくる弟から、そっと視線を外す。
そんな様子を見て、母は朗らかに笑った。
「まぁ、今日の主役はソフィーとレスター君だもの。会場では存分に仲を見せつけていいのよ?そういうお式ですもの」
婚約式は結婚式の前準備のようなもので、両家の親族や交友関係のある家を集めて行われる。
結婚式のように堅苦しくなく、華やかなパーティーのなかで、主役の二人を肴に、近い将来関係を持つことになる出席者同士の仲を深めてもらうのが目的だ。
ちなみに、第二王子殿下御一家が王家を代表して出席されるため、それを聞いたエルダン側の関係者は可哀想なほど狼狽えていた。
私もちょっと緊張する。
なんて思っていると、コンコンと控え室の扉をノックする音が響いた。
「あ、噂をしてたら来たんじゃない?ほら父上、もう行くよ」
弟が両親を引き連れて扉の外に出る。
和やかに挨拶を交わす両親達とレスター様の声が聞こえて、少しするとレスター様だけが部屋へと入ってきた。
「ソフィア…」
私と目があった瞬間、レスター様はこちらに見惚れるように動きを止めてしまった。
けれど私も、白の礼服が恐ろしいほどに似合っているレスター様に目を奪われて、言葉をなくしていた。
まるで、世界に私たち二人だけしかいないような錯覚さえ覚えた、その間。
一瞬のような、永遠のような時間が過ぎて。やがて氷が溶けるように、レスター様の顔には優しい笑みが広がった。
「ああ、ソフィア。とても、とても綺麗だ。ドレスもよく似合っている」
「レスター様も、すごく素敵です。思わず見惚れてしまいました」
そういうと、レスター様は長い足であっという間に二人の間にあった距離を詰めた。
そして、そっと私の頬に手をあてて、眩しそうにエメラルドの双眸を細める。
「ああ、この髪型も化粧もとても綺麗だが、思い切り抱きしめたり口付けたりできないのは辛いな」
「ふふ、もうそんなに時間がありませんから、乱してしまっては怒られてしまいます。レスター様の服に紅が移ってもいけませんし」
「そうだな、なら終わった時の楽しみに取っておくことにする」
終わったら、ぎゅっと抱きしめたり口付けたりするという宣言に、少し頬が熱くなる。
思わず恥ずかしくなって目を逸らすと、レスター様が楽しそうに笑った気配がした。
「ソフィア」
そして不意に、レスター様が私の手を取り、その指に光る指輪に口付けを落とした。
「ソフィア。私の運命の人。どうか、私と結婚してくれませんか。心の底から、貴女を愛しているのです」
「レ、レスター、さま」
まさかの、不意打ちのプロポーズ。
予想もしていなかったその言葉に、思わずこぼれそうになった涙を、慌てて瞬きで散らした。
「う、ずるい、です。お化粧直しの、用意もしていないのに」
「すまない。だが、婚約式の前に、どうしても貴女に伝えたかったんだ。家同士の話し合いではなく、私の真心からの言葉を、貴女に捧げたかった」
「〜〜〜っ!」
柔らかく笑うレスター様に、そっとハンカチを差し出されて受け取る。
なんとか化粧を乱さないように涙を抑えるが、絶対目が赤くなっている。
ああ、もう。
でも、ものすごく、幸せだ。
「レスター様」
このエメラルドの双眸に、安心と信頼を感じるようになったのは、いつからだっただろうか。
「私の運命の人。私を望んでくれて、ありがとうございます」
出会った時は、ただ驚きと戸惑いしかなかったのに。いま胸にあるのは、この人と共にいたいという、確かな願い。
「私も貴方を愛しています。どうか、私を貴方の妻にしてください」
そう言い切った瞬間、強く抱き寄せられた。
「っ、ソフィア」
「ふふ、レスター様、抱きしめるのは終わってからじゃなかったんですか?」
「ああ、貴女の魅力に抗えるわけもなかった。申し訳ないが一緒に怒られてくれ」
「もう、レスター様っ」
窘めるような声を出してみるものの、私もレスター様の背に腕を回している時点で共犯だ。
今はこの、信じられないほどの幸せを噛み締めていたい。
顔を上げると、すぐそばにあるエメラルドのきらめき。
互いの目に映る笑顔。それは確かな、幸せの証だった。
ちなみに。
この展開を予想した侯爵夫人の指示により、会場移動の5分前に突入してきたお直し隊の手腕のおかげで、無事婚約式に臨む体裁は整えられたことを、ここに言い添えておく。
これで一旦完結です。お読みいただきありがとうございました。
連載中、こまめにいいねくださった方、評価や誤字報告をくださった方、ありがとうございました!