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挽回とは?

「レスター!お前という奴はあぁぁぁっ」


 馬車が止まってもお互い次の行動を起こせないままだった私たちを救ったのは、一緒に舞踏会に参加していたと思われる侯爵家の方々だった。


 怒声と共にドアが開けられたと思ったら、誘拐犯の侯爵子息サマは凄い勢いで侯爵につまみ出されて屋敷に引き込まれていった。


 呆気にとられてそれを見送った私は、続いて馬車を覗き込んだ侯爵夫人に息子の暴挙を平謝りされ、丁重に客間へと通された。

 そして流れるような仕草でメイドさんが出してくれた飲み物を勧められるまま口にして、やっと少し落ち着くことができたのだった。


「本当に申し訳なかったわ。後日改めてお詫びをさせてね、怖い思いをさせたでしょう」


 申し訳なさそうに何度も謝罪を口にする侯爵夫人は、高位貴族にありがちな傲慢さは微塵もなく、しかしそれに相応しい品と大らかさを感じられる人だ。

 出会うなら、もっと普通に出会えたらよかったのにと残念に思う。


 聞くと、騒ぎを主催と私の父に詫びたあと、急いで追いかけて来てくれたらしい。


「いえ、驚きの方が強かったですし、今はもう落ち着いています。

 家族が心配すると思いますので、申し訳ないですが帰りの馬車の手配をお願いできると助かるのですが」

「それはもちろんよ。エルダン伯爵にも貴女を早めに送り届けるとお約束してますしね」


 安心させるように微笑みを浮かべた後、侯爵夫人はふっと顔を曇らせた。


「息子もね、普段はもう少しまともなのだけれど。こんな事をしでかして、貴女にはもう顔も見たくない最低男と言われても仕方がないわね…」

「え、いえ、そこまでは…」


 正直、驚きが過ぎて他の感情が湧く暇もなかったため、悪意や好意を抱くに至っていないのだ。


 これが生理的に無理だとか、ものすごい悪人顔なら負の感情が沸いただろうから、美形は得だなと思う。

 いや、容姿が優れていても良くない噂がある人であればやっぱり怖いから、日頃の行いもかなり重要か。結婚したい男性として、婚活に乗り気でない私でさえよく話を聞くような相手だったから、なぜ私?という疑問と混乱が勝ったのだろう。


「ご令息とは交流はありませんが、優秀で真面目な方だとの評判は聞き及んでおります。

 おそらくお酒が過ぎて普段ならなさらないような言動をしてしまっただけだと存じますし、

 その…、周りの誤解を解くのにご助力いただければ、私としては大丈夫ですので」

「ええ、もちろん貴女に不当な評判が立たないようにさせていただくわ」


 一番怖いのは、相手の評判が良いだけに、私が誘惑した等と事実無根で不名誉な噂を流されてしまう事だ。


 家格に差があると、故意にそう言った噂を流されると泣き寝入りするしかなくなるのだが、今回はそうならずに済みそうでホッとする。


「本当に、しっかりしたお嬢さんね。息子にも見習ってほしいものだわ。まぁ、求婚相手に貴女のような方を選ぶあたり、人を見る目は持っていたようだけれど」


 息子の所業を思い返してか、疲れたようにため息混じりで夫人が言う。


「いえ、あの、ご令息とは先程も申し上げたように交流はありませんでしたし、たまたま私が近くにいただけかと」


 なぜか私を選んで求婚したことに納得の意を示されたので、速やかに否定する。

 本当に、たまに遠目に見かける程度で正式に挨拶を交わしたこともないのだ。

 名を知られていたことに驚く程の関係性しかない。


 だが、侯爵夫人は私の否定に不思議そうに小首を傾げた。


「あら、そういえば肝心な事を聞いていなかったわね」


 不意に、侯爵夫人が興味深そうに目を瞬かせた。


「貴女ご自身は今回の件で誤解されたくない仲の方はいらっしゃらなかったの?まだ婚約はされてなかったかと記憶しているのだけれど」

「いえ、その、幸い進んでいる縁談などもありませんでしたので…」


 唐突な質問に答えながら、婚約者の有無を把握されていることに密かに驚いた。


「心に思う方も、いらっしゃらない?」

「ええ、お恥ずかしながら…」


 若干嫁き遅れに足を突っ込みつつある身には居た堪れない質問に、なんとか和やかに返答すると、侯爵夫人がぱっと顔を明るくさせた。


「まあ、でしたらうちの息子に、是非謝罪と一緒に、挽回の機会もいただけないかしら」

「え?」


 謝罪はともかく、挽回とは?と疑問に思うこちらに、夫人はにこにこと言葉を続ける。


「これも、何かのご縁かもしれないでしょう?

 あれもね、馬鹿な子だけれど、見た目と性格と収入は悪くないと思うの。親の贔屓目ですけどね」

「え?」


 まさか、今回の騒動を収める手段として、本当に結婚する事も選択肢に入れてしまったのだろうか。


「い、いえ、私には勿体無いようなお話で…」

「そうだわ、うちの領地には大きな湖があってね、精霊も舞っていてとても美しいの。湖畔に別荘があるから、貴女さえ良ければ、今回のお詫びに招待させてもらえないかしら」

「あの、」

「あら、ごめんなさいねペラペラと。

 それにこんな時間。もうそろそろ出ないと遅くなってしまうわね。

 馬車の手配ができたみたいだからお送りするわ。招待状は時期を見てお送りさせていただくわね、

 是非いらしてくださいな」


 にこにこにこ、と微笑む侯爵夫人は大層無邪気に見えるのに、否やを言わさぬ迫力が滲み出ており冷や汗が出る。


 おかしい。


 なんで夫人は、ろくに挨拶もしたことがない格下相手にこの態度なのだろう。

 子息も目立つことのない私のことを何故か知っていたようだし、何か侯爵家の興味を引くような出来事がこれまでにあっただろうか。


 確かに、今回の醜聞を収めるため宣言通り結婚する手も無くはないが、酔っていたと笑い話にしても、侯爵家の立場からするとそこまで酷い醜聞にはならないだろう。


 むしろそうして、私には詫びとして別の無難な縁談を用意する、というのが一番ありうる対応だと思っていた。

 なのに、この、目をつけていた獲物を逃すものか、とでも言いたげな雰囲気は何なのだろう。


 怖い。


「あ、ありがとうございます」


 でも、どんなに逃げたくても、弱小貴族である私には断る勇気などないのである。


 悲しいことに。



〜*〜*〜*〜*


「あっははは!なにそれ、何なのその展開!面白すぎるっ」


 家に帰りつき、心配して待っていた家族にことの次第を話した反応がこれである。

 双子の弟は姉の不幸?がたいへん面白かったらしい。


「ちょっとマック、笑い事ではないでしょう?」

「そうだぞ、まさかソフィーが侯爵家に嫁ぐことになるなんて…」

「お父様、まだ嫁ぐと決まってません」


 両親は流石に面白がることはできないらしいが、わたしが侯爵家に嫁ぐものと思い込んでいる。


「だがな、向こうに請われたら拒む理由もないだろう?」

「そうそう、あの求婚劇の主役なんだしさ!むしろこれを逃したら結婚相手なんて見つからないかもよ?」

「う、それは…」


 痛いところを突かれて言葉に詰まる。


「話聞くまでは不味い事に巻き込まれたなーって思ってたけど、そう言う意味で責任とってくれるなら、むしろラッキーなんじゃない?

 まあ格差婚だし相手が相手だから周りの嫉妬とか凄そうだけど」


 まだ収まらない笑いを噛み殺しながらそういう弟を軽く睨む。

 弟の言う通り、嫉妬で刺されてもおかしくないほど彼は人気のある人だ。でも、好きでもない人と結婚して苦労なんてしたくない。


「なによ、他人事だと思って」

「そりゃね!ソフィーだって逆の立場だったら絶対俺のこと笑うでしょ?公衆の面前で超美人な侯爵令嬢にプロポーズされて、結婚まで押し切られそうになってる俺を想像してみなよ」

「う…」


 それは確かに面白い、と思ってしまった時点で私の負けである。


「まぁ、まだ具体的に何か言われた訳じゃない。時間を置いて冷静になったら、向こうも選択が変わるかもしれないし、とりあえずは様子を見よう」


 姉弟の掛け合いを見ているうちに冷静になった父親に諭されて、とりあえず今日は休む事になった。


「侯爵家はこちらに来られると言っていたが、急でふさわしい対応の準備も難しいしな、こちらから出向く事にしたよ。明日の昼過ぎの約束だから、まぁ、ソフィア、心の準備をしておきなさい」

「うう、準備と言われても…」

「もうなるようにしかなりませんからね。ソフィー、明日は早く起きてお支度するわよ。いっそ侯爵家嫡男を落とすつもりで迎え撃ちなさい」

「お母様、勘弁してください・・・」


 明日が来るのが恐ろしい、とこれほど思った事があるだろうか?

 未知の恐怖に震えながらも、心も身体もくたくたになっていた私は、ベッドに入ると気絶するように眠りについたのだった。

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