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ただ、それだけの事

「え、オルフィルド侯爵が⁉︎」


 レスター様に連れてこられたのは、季節の花々を鑑賞できる植物園とカフェを融合したような施設で、庭を眺められる個室を貸し切ってくれていたので、周りを気にせずゆっくり食事を楽しめた。


 そして食後の紅茶片手の会話の中で、現オルフィルド侯爵はここ数代の当主の中でもダントツの問題児だったと聞かされて、思わず驚きの声をあげた。


「ああ。社交界デビューした母に一目惚れして、初対面で求婚し、あろうことか公衆の面前で無理やり口付けたそうだ」

「それは…侯爵夫人はさぞ驚かれたでしょうね」


 控えめに言ってドン引きである。


「母はほのかに思いを寄せる方がいたせいで、とても父を許せなかったらしい。

 だが、その人にアプローチする前に父とのことが大きく噂になるし、実家も侯爵家からの求婚は喜ぶしで、父の求愛を退ける選択肢は選べなかった」

「その縁談は王家から認められたんですか?」

「母を守る意味でも対外的な婚約承諾はすぐに降りたが、当たり前だが王家からの結婚の承諾は降りなかった。

 幸い母はまだ若く、数年婚約状態でもまぁ許容範囲だから、ひとまず王家としては3年様子見することにしたそうだ。それで駄目なら、オルフィルドの有責で婚約を解消せよ、と」


 と言うことは、3年で挽回できたのだろうか。侯爵夫妻は仲がよさそうだったので、こんな過去があったなんて驚きだ。


「謝罪から始まり、なんとか母を前向きにするのに3年。婚約の継続は了承されたものの、母から結婚を承諾されるまでにはもう1年かかった」

「4年も婚約期間を置いたんですか?」

「ああ。その4年がどれほど辛く大変だったかと父に切々と語られ、母には相手の意思を尊重することの大切さを滔々と説かれると、同じ轍は踏むまいと心に誓ったのだが…」


 なるほど。両親の実体験を元にした教育の成果で、レスター様は相手の心を思いやる好青年に育ったが、その分暴走してしまった時の自分への失望も大きいのだろう。


「貴女に一目惚れして、初めて父の気持ちがわかった。しかも貴女は、オルフィルドが求める、領地経営の経験まで持ち合わせていた。

 勝手に、貴女が私の運命だと思った。

 それと同時に、そんな思考の自分が父と同じ様な失態を犯し、嫌われることが酷く恐ろしくなったんだ」

「私は最初、領地経営の知識があるから選ばれたのだと、そう思っていました」

「きっかけは、そうだった。

 …正直、いくら加護の副産物とは言え、嫡男でありながら領地を管理する能力に欠けることには、劣等感を抱いていた。それを、妻や周囲の人に頼まざるを得ないことも。

 だから貴女の噂を聞いて、その役を望んで担ってくれる人であれば、少しは気持ちが楽になるのではと、そんな打算的な気持ちで貴女の所へ足を運んだんだ」


 エメラルドの双眸が、ふっと懐かしむように和らいだ。


「楽しそうに話し合いを行うソフィアを見て、一瞬で恋に落ちた。ああ、自分はこの人を待っていたんだと。

 だから、私はなんとか自然な形で貴女に出会い、距離を縮めて、貴女に私を選んで欲しかった。そのためにエルダン領に行っては、情報収集に勤しみつつ、貴女が社交に出てくれるのを待っていた」

「えっと、引きこもりで驚かれたでしょう…」


 恐る恐るそう言うと、レスター様はおかしそうに笑った。


「正直、困ったのは確かだ。

 だが、私は貴女がこれまで培った知識と経験を活かす場を用意できる。というより、その能力を発揮してくれることを望む立場だ。

 それが貴女にとっては大きな魅力に映るという確信があったから、印象よく出逢えさえすれば、割と勝算はあると思っていた」

「確かに、とても魅力的な条件でした…」

「本当は、最後の一押しとして、仲を深めてから打ち明けようと思っていたが、私の失態のために、私個人に価値を見出してもらうのは絶望的で、その時間もなかった。だから、結婚後の環境で貴女の気をひくしかなかった」

「私はまんまと釣られましたね」

「貴女からの要望があれば、無理をしてでも叶えようと思っていたのに、あっさりと婚約を了承されて驚いた。でも、人生で一番嬉しかった。

 いや、想いが通じたと分かった瞬間が一番嬉しかったか。貴女といると、いろいろな感情が更新されていくんだな」


 そういうと、レスター様は私の手をとって、そこにそっと頬を寄せた。


「朝目覚めると、実は全部都合の良い夢だったのではと思うことがある。

 現実はあの失態で嫌悪され、領地経営もまともにできない事を蔑まれ、一方的な恋慕に恐怖を抱かれている」

「本当の現実とはかけ離れていますよ」

「情けないな。でも、貴女に嫌われることが、怖くて仕方がないんだ。少しの気の緩みで、何か、貴女に嫌われる様なことを、しでかしてしまいそうで」


 そう言った声は少し震えていて、容姿にも家柄にも加護という特殊能力にも恵まれたレスター様の、意外な繊細さに密かに驚いたのだった。






 なんとなく会話が途切れてしまい、時間も丁度良かったので街歩きにでも行こうかという事になった。


 馬車の中でも手はしっかりと繋がれているのだが、レスター様の表情からは以前の様な楽しそうな様子は影を潜め、思い悩むようなその瞳には、デート中にはふさわしくない暗さが宿っている。


 嫌われることが恐ろしいと、怖くて仕方がないと告げられた時の様子を思い返して、なんとなく理解する。

 きっとこちらが思う以上に、レスター様は常識から外れた自分の行為を嫌悪しているのだろう。そういった行為が、想い人に嫌われるのだと、教育されてきたからだ。


 領地経営能力の欠如や、あの出会い方や、恋愛に関して自分の理想通り振る舞えないところ。それが積み重なり、徐々にレスター様の自信を蝕んでいるように思えた。


「すまない、なんだか暗い雰囲気にさせてしまったな」


 そんなふうに考えていると、ふと顔を上げたレスター様が苦く笑った。


「情けない愚痴は忘れてほしい。貴女にこんな感情をぶつけるなんて、するべきではなかった」

「私は、レスター様の心の内を話してもらえて嬉しかったですよ」

「いや、貴女の心を煩わせたくないんだ。私の悩みなんて、己を律し、貴女の心を離さないよう努力を惜しまなければいい。ただ、それだけの事なんだ」


 そういうと、レスター様は先ほどまで浮かべていた不安を消し去って、綺麗に笑った。


「もうすぐエルサ通りに着く。ソフィアに、指輪以外でも普段から身につけてもらえるようなものを贈りたいと思っていたんだ。髪飾りを見たいと思っているんだが、ソフィアはどうだ?」


 暗い話題などなかったかのように、甘やかな口調でそう言われて、思う。


 ああ、駄目だ、と。


「レスター様」


 目を合わせて名前を呼ぶと、先ほどきれいに隠された不安が、また一瞬だけ垣間見えた。


「私、寄りたいところがあるんですが、一緒に行ってもらえませんか?」





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