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嫌われたくない

 買い物に街へ繰り出したり、図書館に通い詰めたりして数日過ごした後。


 今日は久しぶりにレスター様とのデートの日だ。そわそわしながら、朝からお出かけの準備をしていた。

 この間購入した明るめのグリーンのドレスを身につけると、なんだか少し照れてしまう。喜んで、くれるだろうか。


「なんだかすっかり恋人って感じになってるねー」


 そんな私を珍獣を見るかのような視線で観察している弟は、まだ興味の持てそうな相手すら見つかっていないらしい。


「だってね、顔よし性格よし家柄よしの好青年にあんな風に好意を向けられて、私みたいなのが抗い切れるわけがなかったのよ。

 いっそ楽しむが勝ちだわ」

「恋愛方面まで思い切りがいいの、ソフィーらしいや」


 私の言い分にケラケラ笑いながらソファーで寛ぐ弟は、田舎とはいえ伯爵家の嫡男だし、顔も性格も頭も悪くない。


 事件の日までは一緒に舞踏会に出ていたが、そこそこの優良物件として狙われており、私よりも余程声をかけられていた。

 きっとすぐに相手も決まるだろうと、そうなると自分も早く身の振り方を決めて家を出ないとと少し焦りも感じていたけれど、結果は逆なのだから人生とは本当に予想がつかないものだ。


「マックはこれから舞踏会でしょう?この間はちょっと揉めたし、色々聞かれたらごめんなさいね」

「あー、あれね。怪しいと思ってたけど、やっぱあいつソフィーのこと好きだったんだね。まぁ、何か聞かれてもソフィーとレスターさんは運命の恋人で、あいつのことは知らぬ存ぜぬでいくよ」

「う、まぁ適度にあしらってちょうだい。流石にあの騒ぎを起こして間もないから、本人はしばらく舞踏会に出ないでしょうし、これ以上はもう何もないとは思うわ」

「まだ何かするなら救いようのないバカでしょ。まあ、いっそ騒ぎを起こして後継を弟の方に変えてほしいや。隣の領主がアレとかやりにくいし」

「ふふ、確かに」


 遠くへ嫁いで終わりの私とは違い、弟は近隣当主同士、今後も関わりは避けられないだろう。そう思うと不可抗力とは言え、変に揉めてしまったのは申し訳ない。


 そんな話をしていると、ノックの音が部屋に響いた。


「お嬢様、婚約者様がお見えです」

「ほら、お待ちかねの王子様がご登場だって。俺もちょっと挨拶行っとこうかなー。

 あ、ソフィーは一拍置いてから来てよ?なんか二人の世界に入られて挨拶できなくなりそうだし」


 からかい混じりにそう言った弟は、私を置いてさっさと部屋を出て行ってしまった。


「もうっ」


 こちらを揶揄って楽しそうにされるのは癪だが、確かに迎えに来たレスター様の雰囲気に呑まれる事もあるので、言葉通り少しだけタイミングをずらしてエントランスに向かうことにする。


 最終チェックのために念入りに鏡を覗き込む自分は、確かに恋人によく思われたい恋する乙女そのもので、なんだか自分でもおかしくなって笑ってしまった。

 そして速くなる鼓動を感じながら、ゆっくりとレスター様がいるエントランスへと向かったのだった。






「ソフィア!」


 両親や弟と言葉を交わしていたレスター様が、私を見つけた反応は劇的だった。


 長い足であっという間に詰められた距離に驚く間も無く、ぎゅっとその腕に抱きしめられてしまった。


「ソフィア、会いたかった…」


 切なげに囁かれる言葉は、甘く掠れていて色気すら感じる。

 流されて思わずそのまま身を委ねそうになってしまうが、家族の前だという事実に辛うじて理性を手放さずに済んだ。


「れ、レスター様」


 だが、どうすればいいか困ってしまって、とりあえず名前を呼んでみる。


 すると、ハッと理性を取り戻したらしいレスター様が私から離れて、狼狽えた様にすまない、と小さく呟いた。


「まぁまぁ、仲良しさんでよろしいこと。ソフィア、楽しんでいらっしゃいな」

「うむ、まぁ羽目を外さない程度に楽しんできなさい」


 両親がとりなす様にそう言ってくれて、レスター様が仕切り直して差し出してくれた手を取る。


「では、行ってまいります」

「暗くなり始める前には送り届けます」


 そう言って、両親と、絶対内心で大笑いしているだろう弟の見送りのもと、やっと馬車に乗り込んだのだった。





「すまない、自制が緩んでいるな」


 馬車に乗り込むなり、レスター様は自分に呆れている様に額を抑えた。


「ふふ、家族の前は少し恥ずかしいですね」


 抱きしめられることは歓迎なのだが、流石に家族の前は気恥ずかしい。

 ただ、うちの家族は割と両親も仲が良く、子供の前でもスキンシップをするタイプなので、実のところそこまで気にしてはいなかった。


「すまない…」


 だがレスター様は自分の振る舞いを深く反省している様で、表情が曇ってしまった。


「浮かれている自覚はあるんだ。ソフィアに、好きだと言ってもらえて。

 だからもし、私がソフィアを少しでも不愉快にするような言動をしたら、引っ叩いてでも止めてほしい」

「え、」

「貴女に、嫌われたくないんだ。頼む」


 思った以上にレスター様が真剣な様子で頼んでくるので、少し戸惑ってしまう。

 こちらの困惑を感じて、レスター様はほんのりと悲しげな微笑みを浮かべた。


「殿下がおっしゃっていただろう?オルフィルドは代々、恋愛に関して直情型だ。

 それで揉める事も数多くあり、同じ失敗を繰り返さぬ様言い聞かされて育つが、それでも失敗談は増え続けている」

「王家の結婚承認が下りる前の事だけでなく、その後もですか?」


 殿下が話してくださったのは横恋慕によるトラブルだったが、晴れて思い合う恋人となっても、なにか揉め事が起こるのだろうか。


「大半は恋人になる前の事で、なった後は少ないが、皆無ではない。嫉妬や過度な愛情表現で揉めたこともあったらしい。残念なことに、反面教師には事欠かない」


 そう言うと、レスター様は瞳を翳らせて俯いてしまった。


「私は歴代のオルフィルド家のものに比べれば、自制の強い方だと思っていた。もっと理性的で、穏やかな愛を育めると。

 だが実際は、一方的に結婚を宣言して貴女を追い詰めるような、迷惑極まりない失態を犯した。先程も久々に会えた喜びに加え、ソフィアが私の色のドレスを身に纏っているのを見て…、一瞬で理性が飛んでしまった。結局、血は争えないのだろう」


 深く悔いるようにそう言われたが、私はそれよりもレスター様がきちんと私のドレスの意図を分かってくれたことに嬉しくなった。


「ドレス、レスター様の目の色のものが欲しくて、買いに行ったんです。気づいてもらえて嬉しく思います」

「っ!ソフィア、話を聞いているか?私をこれ以上浮かれさせてどうするんだ」


 叱るようにそう言われるが、レスター様の頬は赤く色づいていて、思わず笑みが溢れる。


「聞いていますよ。でも今すぐ具体的に対策を講じられるものでもない気がしますし。

 私たちはまだ出会って日も浅いです。

 お互い、何が良くて何が悪いか、少しずつ話し合いながら折り合いをつけていきましょう。レスター様は、きちんと私の気持ちを考えてくださる方です。それを知っているので、先程のお話を聞いてもさほど不安には思いません。

 レスター様も、私に直して欲しい点があれば、おっしゃってくださいね」


 そういうと、レスター様は驚いた様に目を見張った。


「因みに先程のことは、嬉しさと恥ずかしさ半々ですので、嫌いになったりしませんよ」


 どちらかと言うと嬉しさが優っていたが、今後エスカレートしてもいけないので、それは黙っておく。


「ソフィア…」


 珍しく二人の間に開けられていた間が詰められて、そのままレスター様に抱きしめられた。


「貴女はこれ以上私を惚れさせてどうする気なんだ。もうこれ以上好きになれるはずがないと思うのに、会うたびにさらに好きになってしまう」

「私もどんどんレスター様を好きになっているので、おあいこですね」

「っ、貴女には、本当に敵わない」


 抱きしめる力は強いのに、こちらに縋るような抱擁は、レスター様の内心の不安を表す様だった。


 やっぱりあの結婚宣言は、レスター様にとっては結構な心の傷になってしまっているのだろう。なんだか弱々しさすら感じるその様子に、大丈夫ですよと言う代わりに、そっとその背に腕を回した。





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