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いい人に巡り逢えたのね

 しばらくして、ようやく部屋を出て会場に戻ることになったのだが、どこからともなく現れた公爵家のメイドさんに髪の乱れを指摘され(レスター様の頬擦りのせいだ)、申し訳なく思いながら身だしなみを整えてもらった。


 そうして会場に戻った頃には、若者たちも増え、華やかな雰囲気に移行していた。


「公爵家のシェフは腕がいいんだ。是非食べてみてくれ」


 そう言ったレスター様に連れられて、美味しそうな料理が並べられた一角へ移動する。


 こういった会場では基本的に立食形式で、会場の端々に設けられた食事スペースで軽食を楽しむのだが、各家の特色が出る部分でもあるので楽しみにしている人も多い。

 公爵家は流石に種類も見た目も申し分なく、一口大の料理が美しく並べられた様は心浮き立つものだった。私の希望を聞きながら甲斐甲斐しく料理を盛り付けてくれるレスター様は、いつもより笑顔が多く楽しそうにしている。


「どれも美味しそうです」

「そうだな。これもおすすめだが、食べてみるか?」

「ではお願いします」


 大きくはないお皿はあっという間にいっぱいになって、彩りよく盛り付けられたお皿をレスター様が渡してくれる。

 この盛り付けセンスもご令嬢からの人気を左右するモテ要素なのだが、レスター様はその点も卒なくこなしていた。


 見目よく、家柄良く、性格良くと三拍子揃ったレスター様を見ていると、あれだけ理想の恋人として名高かったのも納得だ。今こうして、私の隣にいてくれるのがとても不思議に思える。


「さあ、食べようか」


 手早く自分の分も取り分けてきたレスター様と、早速料理を楽しむ。

 レスター様が褒めるだけあってどれもとても美味しくて、はしたない行いだけれど全種類並べて食べてみたいな、なんて思ってしまう。


「本当に美味しいです。このお野菜、うちの領地では手に入りにくいので、首都に来るときは必ず買ってしまうんです」

「ああ、北の方では栽培しにくいんだな。オルフィルドでは手に入りやすいから、安心して嫁いでくるといい」

「ふふ、楽しみにしておきます」


 他愛もない会話をするうちに、あっという間にお皿は空になり、甘味も美味い!と意気込むレスター様が今度はデザートを並べたお皿を持ってきてくれた。

 フルーツがふんだんに使われたデザートの数々は、目にも鮮やかで味ももちろん申し分なかった。それも食べ終えて、二人とも満足して食後のドリンクを手に取った。


 ふと、ドリンク片手に周りに視線をやると、ちらちらとこちらを気にする視線が送られていることに気がつく。


 食事中は挨拶などで話しかけない事がマナーなので控えられているだけで、きっとレスター様に挨拶をしたい人達は少なくないのだろう。

 自分が挨拶をする側だから知らなかったが、される側は常に人目の先にいて、こういう場では中々気が休まりそうにない。


「この後はどうしますか?」

「そうだな、もう必要なところには挨拶を終えたし、適当なところで切り上げて今日は帰ろうか。気疲れしただろう?」

「そうですね、色々ありましたし…」


 特に殿下との対面やレスター様の熱烈な抱擁は、こちらの精神力をがりがり削ってくれた。

 遠い目をした私を見て、レスター様は申し訳なさそうに眉を下げた。


「殿下がいらっしゃるのは予想外だったからな。心の準備もさせてやれずすまなかった」

「いえ、よく考えると、朝からずっと心配するよりはまだ楽だったかもしれません」

「まあ、陛下や王太子殿下に比べるとかなり気やすい方だし、改まって王宮に呼び出されるよりは緊張せずに済んだかもしれないな」

「えっと、そう言われると今日済んだのはむしろ良かったと思います」


 王宮に個別呼び出しだなんて怖すぎる。きっと呼び出しの書簡を受けた日から胃の痛い日々を送ることになっただろう。


 想像して顔を引き攣らせる私に、まぁ陛下方も穏やかな良い方だぞ、と慰めめいた事を言ったレスター様は、そういえば祖母が王族で殿下方とは親戚だ。

 そう思うと親戚としても、今後王族方とは付き合いが生まれるかも知れないと気がつき、少し背筋が寒くなったのだった。





「レスター、婚約おめでとう」

「おめでとうございます。ソフィア、幸せそうで安心したわ」


 軽食を終え、一通りの挨拶を受け終わって少し息をついたとき、思いがけず同じ会場にいた友人が会いにきてくれた。


「エミリア、久しぶりね。貴女も幸せそうだわ」

「ふふ、まだ一応新婚ですしね。それにしても驚いたわ。ずいぶん急だったもの」

「ま、まぁ、それに関しては手紙に書いた通りよ」

「今度じっくり聞かせてちょうだいね?」


 逃さないぞと訴える目にうっと怯んでいると、エミリアの旦那様と挨拶をしていたレスター様が親しいのか?と問いかけてくる。


「ええ、スクール時代からの友人なんです」


 この国の貴族は、12歳から18歳の間で最低3年間、首都のスクールに通うことを義務付けられている。

 礼儀作法や一般教養の必修科目に加え、希望するものは各分野専門的な知識も学べるので、勉学好きな者の中には、7年間みっちりスクールで過ごす物好きもいたりする。通常は、3年間必修科目と多少の専門科を学んで終わる人が多い。


 そこで培う人脈も割と大切で、エミリアとも領地は離れていても手紙でやり取りする仲だ。


「ソフィアが結婚したらうちの領地とお隣さんになるわね。楽しみだわ」

「そうか。サイラスの奥方がソフィアの友人なら心強い」

「レスター様とオードル卿は仲がよろしかったんですね」

「君がレスターの婚約者だとは、世間は狭いね」


 エミリアの旦那様なので、オードル卿とも顔見知りだ。茶目っ気のあるウインクを送られて、思わず笑ってしまう。


「ええ、本当に」

「結婚は来年の予定だ。お二人も式には招待させて欲しい」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 和やかに歓談していると、不意に一人の男性がレスター様に近づき、そっと何かを耳打ちした。

 顔を微かに顰めたレスター様は、すまないが、と困ったような声を出した。


「少しだけソフィアを頼めるか?なるべく早くに戻る」

「ああ、大丈夫だ」


 オードル卿とエミリアが頷くと、私にすぐに戻ると声をかけて、レスター様は男性と一緒に会場の奥へと移動してしまった。

 何か良くないことでも起こったかと、不安になってしまう。


「魔の侵入でもあったのかな?」


 その不安を肯定するように、オードル卿が呟くので、思わず彼に視線を向ける。


「やはり、オルフィルド領では魔の侵入は度々あるのでしょうか」

「あー、ごめん、不安にさせたかい?だけどそんなに頻繁にはないよ。大物の侵入は5年に一度か多くて二度程度で、それもすぐに討伐される。オルフィルド領の人にとっては手慣れた作業だ」


 やはり領地が近いだけあって、オルフィルド領のことについてもオードル卿は知識があるようだ。

 オルフィルド以外、つまり魔の森からの侵入以外での魔の突発発生は、50年に一度起こるかどうかだ。だが発生の場所の予測がつかない分、発生した時の被害は突発発生の方が酷い。魔の移動速度は非常に遅いのだが、その通った後は黒インクをぶちまけたような不気味な闇が残り、加護持ちが力を注いでも、草木が生えるまで数年から十数年かかるという。


「私、魔については一般常識程度の知識しかないのですが、オルフィルドに嫁ぐ以上、早く学ばなければいけませんね」

「先日婚約したばかりでしょう?そんなに気負っていては疲れてしまうわ」


 慰めるように、エミリアが肩を優しく叩く。


「そうそう。あの堅物のレスターを射止めたんだ。しばらくは恋にうつつを抜かしてもいいと思うよ?

 それにあいつのあんなにデレた顔、初めて見たよ。仕事人間でくそ真面目なやつだからさ、適度にガス抜きしてやって」

「う、頑張ります」

「ふふ、ソフィアも前は結婚なんてって憂鬱そうにしてたけど、よかったわ。いい人に巡り逢えたのね。

 あぁ、何で公開プロポーズの現場に立ち会えなかったのかしら。とっても残念」

「私はエミリアがいなくて心底良かったと思っているわ」


 そんなやり取りをしていた時だった。


「ソフィア!」


 急に小さくない声で名を呼ばれて振り向くと、


「ルセウス卿…」


 顔を見るだけでげんなりしてしまう彼がそこにいて、思わず大きなため息を吐いてしまったのだった。





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