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悪いことではない

 舞踏会は3ヶ月半ほどあるシーズン中、議会休日をメインに週2日ほどで開催されている。頻度は少ないが、それ故に1開催で集まる人は多い。


 他国では舞踏会を夜に行う事もあるらしいが、明かりの工面に人手も費用も多くかかるうえ、参加する側も途中で帰宅しようにも真っ暗の中馬車を走らせるのは難しいため、必然的に拘束時間が長くなる。それ故にそんな面倒をかけてまで薄暗い中で集まりたくない、というのがこの国の貴族達の考えで、基本は昼頃から日の落ちる前までの時間で開催されている。

 出入りが混み合わないよう上位貴族は早めに、下位貴族や未婚の若者は遅めに会場入りするのが暗黙のルールだ。


 舞踏会といいつつ、ダンスよりも情報交換や普段やり取りがない遠方貴族と縁を結ぶ方に皆注力するので、若者が参加し始める開催時間中頃からやっと、ダンスがメインの華やかな雰囲気になるのだ。


 今回参加するのは公爵家主催の舞踏会で、普段名門伯爵家やよくて侯爵家主催の舞踏会にしか参加しない身としては、やはり緊張してしまう。

 しかも前半組での会場入りで、普段の華やかな雰囲気とは異なる、落ち着いた高貴な風格漂う会場内に、若干気圧されていた。


「緊張している?」


 大人しくなった私に気がついたレスター様が心配そうに声をかけてくれるのに、正直に頷く。


「公爵家主催の会も、この時間からの参加も経験がないので、雰囲気の違いに驚きました」

「そういえば私も今年、久々に色々参加して感じたが、主催もだが、それ以上に時間帯で空気はがらりと変わると思う。賑やかな若夫婦や独身者が多くなると砕けてくるが、そっちの方が対応が大変だった」


 少し遠い目をしているレスター様を見て察する。きっとお嬢様方のアプローチに押され気味になっていたのだろう。周りを囲まれて途方に暮れているのが目に浮かぶようだ。


「レスター様はとても人気がおありでしたものね」

「まぁ、爵位のついてくる相手は男女問わず人気だな。どちらかと言うと、女性の方が競争率が高い分、大変そうだと思っていた」


 確かに、男児のいない家の長女は婿入りしてくれる相手を探すが、貴族の次男以下から熱烈にアピールされていた。

 結婚は今後の人生を大きく左右するため、みな少しでも良い縁組を得ようと必死なのだ。


「とにかく、この時間帯はトラブルを起こすような未熟な者は少ない。今のうちに主要なところに挨拶しておこう。主催はよく知る人だし、大らかな方だから緊張しなくて大丈夫」


 そう言ってレスター様は真っ直ぐ会場の奥へと向かう。導かれるまま進んだ先には、主催の公爵家と、なんと第二王子殿下夫妻もいらっしゃった。


 王弟である公爵は50代、殿下夫妻は30代だったかと思うが、さすが皆とても若々しく品のある佇まいだった。


「ラウンダーズ閣下、本日はご招待をありがとうございました。第二王子殿下並びに妃殿下も、ご無沙汰しております」


 この国でもトップクラスに高貴な三人に対し、慣れた風に話しかけるレスター様の身分も相当に高かったと再認識させられる。


「待っていたぞレスター、また一段と男っぷりが上がったな。そちらのお嬢さんのおかげか?」

「先日婚約しました。エルダン伯爵家のソフィアです」

「ソフィア エルダンと申します。このような素敵な会に参加させていただき、心より光栄に存じます」

「会えて嬉しいよ。いつ結婚するかと心配しておったが、こやつを捕まえてくれて安心した」


 ははは、と朗らかに笑うラウンダーズ公爵の横で、第二王子殿下夫妻も柔らかに笑う。


「本当に、オルフィルドの結婚はいつも周りをやきもきさせるというからね。侯爵が鬼の様な形相で婚約承諾書をもぎ取りにきた時は驚いたよ。タイミング的に叔父上の会に出て来るかもと、わざわざ参加しにきてよかった」

「レスターが熱烈に求婚したとも聞いたな。皆興味津々だったんだぞ」

「まぁ素敵ね。貴女もその熱意に絆されたのかしら?」


 妃殿下にいたずらっぽく視線を向けられて、緊張と羞恥が同時に襲ってくる。


「はい。初めは驚きましたが、今は私には勿体無いほどのご縁と思っております」

「おやおや。心配はいらないようだね?レスター、次期侯爵家当主としても退魔の要としても、これからも期待しているよ。息子も会いたがっていたから、時間のある時にまた王宮へ来てやってくれ」

「ええ、そのうちに。では皆様をあまり独占してはいけませんので、私達はこの辺りで」

「ああ。だが、後でゆっくり話してもらうからな」


 第二王子殿下の意味ありげな笑顔が気にはなりつつ、如才なく挨拶を終えたレスター様と一旦会場の隅に移動する。


「レスター様は、王家の方々とも親しいのですね」

「ああ、王家の男児はオルフィルドに魔について学びにくる事になっているんだ。殿下方には幼い頃遊んでいただいたりもしたな。歳の離れた兄のようなものだ」

「そ、そうだったんですか」


 本当に、なんでこの人が私のような田舎者の婚約者なのだろうか。


 以前、オルフィルド侯爵家は代々領地経営が苦手と聞いたが、それなら同格貴族に娘へ領地経営教育を施す家が出てきてもおかしくない。侯爵家の事情が他家に知られていないのか、それとも家格も知識も持った令嬢がいても、何らかの事情で婚約に至らなかったか。


「主催への挨拶も終わったし、1曲踊ったら他へも挨拶に回ろう」 


 色々疑問は尽きないが、とりあえず今は為すべきことを為さねば。 


 再びレスター様の腕をとって、ダンスのために会場の中央へと足を運んだのだった。






 レスター様との初めてのダンスは、男性のリードの偉大さを実感させられた。


 相手が上手いと、本当に踊りやすい。

 軍人だけあって体幹が安定していることに加え、力強くかつ無理のない明確なリードで、安心して身を任せられる。


 目の前にあるエメラルドの虹彩が楽しそうにきらめくのを見ると、こちらも嬉しくなって自然と笑みが浮かんだ。


「貴女はダンスも上手なのだな」

「お上手なのはレスター様の方です。おかげで、今まで生きてきた中で一番上手に踊れている気がします」

「こちらを喜ばせるのも上手い」


 くすくす笑い合いながら踊っていると、あっという間に一曲が終わってしまった。


「もう一曲と行きたいところだが、予定通り先に挨拶に回ろう。喉は渇いていないか?」

「はい、大丈夫です」

「では行こうか」 


 レスター様の腕をとって会場を移動しようとした時、パンパンと拍手の音が響いて、驚いて振り返った。


「殿下」

「二人ともお似合いだね。ダンスも息がピッタリじゃないか」


 にこやかに微笑みながら近づいてきた殿下は、ポンとレスター様の肩を叩いた。


「二人の婚約を祝福するよ、レスター。女性の喜ばせ方が知りたいなら、いつでも相談に乗るからね」


 周りに聞かせるようにそう言った殿下は、最後にレスター様の耳元で何かを囁いた。


「じゃあ、今日という日を存分に楽しみなさい」


 にこりと笑うと、私にもひらりと手を振って殿下は会場の奥へと消えていった。


「手助け、してくださったのでしょうか」


 第二王子が直々に祝福した婚約に対し、周りが難癖をつけることなどできはしない。そういう意図かと解釈して問いかけたが、予想に反してレスター様は難しい表情を浮かべていた。


「そう、だな。とりあえず挨拶に回ろう。後で、少ししなくてはならないことができた」

「え?」

「悪いことではない。少なくとも、貴女にとっては」


 そう言った瞳が不安に揺れていて、心配になる。


「レスター様にとっては、悪いことなのですか?」


 そう問いかけると、こちらの目を探るように見たレスター様は、ふと表情を和らげた。


「いや、よく考えたら私にとっても良いことかもしれないな。ソフィア、ありがとう」

「?」


 よくわからないままお礼を言われたが、レスター様の表情は明るくなったので、まぁいいかと思ってしまう。


「では行こう。早く終わらせて、貴女のために美味しそうな料理とデザートを選ばなければ」

「ふふ、楽しみにしておきます」


 そうして、レスター様と挨拶巡りを終えたが、第二王子殿下の言葉もあってか、皆好意的な態度で応じてくれた。むしろ、我先にと挨拶をしに来られる側に立っており、慣れない状況に流石に少し疲れてしまった。


 権力者の苦労というものを垣間見た気がする。


「疲れただろう?」


 そう言ってレスター様がグラスを渡してくれたので、ありがたく受け取る。


 中身は爽やかな果実水で、疲れた身体に沁み渡った。しばしぼうっとしながら、挨拶した人々の顔と名前を脳内で復習していると、レスター様がそっと頭を撫でてくれる。


「実は、殿下に呼び出されているんだ。落ち着いたら、申し訳ないが再度付き合ってほしい」


 小声でそう言われて、ハッと現実に意識が戻った。もしかして、去り際に殿下がレスター様に耳打ちしていたのは、この呼出についてだったのだろうか。


 祝福をしていただいたし、そもそも婚約承諾書も発行されているのだから、婚約については問題ないと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。


 不安が顔に出たのか、レスター様は安心させるように微笑んでくれた。


「言っただろう?悪いことではないと。ただ、私が婚約を急ぎ過ぎたせいなんだ。いつもすまない。詳しくはここで言えないが、ただ問われたことに正直に答えてくれたらそれでいい」


 そう言うレスター様に連れられて行ったのは、おそらく舞踏会の参加者は立ち入れないだろう、公爵家のプライベートエリアだった。




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