悪い夢でも見てるのかしら
その日、婚活子女の数多参加する舞踏会に、激震が走った。
「彼女こそ、私の運命の人だ!私は絶対に彼女と結婚する!!」
(え…???)
あまりに突然に、あまりに堂々と宣言されたその言葉は、一瞬で会場中の視線を釘付けにした。
その視線の先では、金髪緑眼の気品溢れる美貌の青年が1人の女性を腕に抱き、堂々たるオーラで自身を取り巻いていた乙女達を威圧している。
それはまるで、最愛の恋人を悪役から守り抜き愛を誓う、舞台のクライマックスシーンのように。
でも、待ってほしい。
なぜ。
何故その腕に抱かれているのが、私なのだ。
そこは、誰もが振り返る美貌のステキ女子とか、庇護欲をそそられる儚げ美少女のポジションではないのか。
あまりの出来事にもはや思考が追いつかない、私は。
名をソフィア エルダン。
しがない底辺伯爵家の地味系女子で。
精霊の加護厚き侯爵家の嫡男かつ、若くして軍の幹部候補に名を連ねるエリート中のエリートである彼とは。
全くもって面識など無いのである。
〜*〜*〜*〜*
(悪い夢でも見てるのかしら?)
突然すぎる宣言に、会場の全員(当事者の私を含む)を凍結させることに成功した彼は、そのまま私の肩を抱いて会場から抜け出した。
そして、魂の抜けたままの私をさも当たり前かのように侯爵家の馬車に連れ込み、そのまま(おそらく)帰宅の途についている。
そして今、やっと正気を取り戻してきた私は、同時に彼の暴挙の原因も理解したのである。
「あの、もしかして酔ってますか...?」
そう、彼から微かに漂うアルコール臭と、うとうと眠そうな様子からは酔っぱらいの気配が漂っている。
「?」
こちらの問いかけに不思議そうに顔をあげる彼の、綺麗なエメラルドの双眸と目が合う。
というか顔が近い。
馬車に押し込んだ私の隣にさも当然のように腰掛けている彼は、馬車の中でも私の肩を抱き寄せたままだ。
正確にはさっきまで抱きついて肩口に顔を埋められていた。
恋人でもない人に許して良い距離感では断じて無いが、馬車の奥に押し込められている私に逃げ場はない。
いや、相手が超優良物件として名高いからか恐怖より混乱が優っていたが、今の状況はどう考えても誘拐ではなかろうか。
普通に貞操の危機だし、社交界でも下世話な噂がたつだろう。
仮に彼が正気に戻って「彼女とは何もない、ちょっとした間違いだったんだ」と言ったなら、大体の人はその言葉を信じるだろうけれど。
どちらにせよ私は、間違いで求婚された哀れな女、という大変不名誉な噂が立つこと必至である。
泣きたい。
などと考えている間に、ふわふわして不思議そうだった彼の瞳に、微かな正気の色が見えた。
「ソ、フィア?」
「えっ!?」
「えっ、??」
しばらくそのまま見つめ合った後。
ギギギギ、と音がしそうなほどぎこちない動きでゆっくりと私を捕まえていた腕が離れていった。
名前、知ってたんですね、という驚きで固まっていた私と見つめ合った瞳は、徐々に驚愕と絶望に染まっていく。
「あの、こ、これは…」
悲壮な表情で、彼が何かを告げようと口を開いては閉じを繰り返す間に、おもむろに速度を落とした馬車は、やがて侯爵家の屋敷に到着した事を告げたのだった。