第六話 下心ありで口説かれた
何とも無理難題だ。アーサはうーん、と律儀に悩む。
「このカフェテラスはダメなの?」
「一週間に五十個もオレンジタルトは出ないだろうよ。せいぜいが十個だ」
「じゃあ、パーティやランチミーティングで出すよう働きかける」
「一週間以内に大きなパーティはないし、ランチミーティングに出るような教師の数は限られている」
「この間の試食会みたいなのはだめなの?」
「あれは全部持ち出しだ。売ったわけじゃない、俺たちが買い取るのはなしだ」
アーサの矢継ぎ早の質問に、カルロとレヴィルスはしっかりと答える。そんな条件の中、どうやってオレンジタルトを五十個も学内で売るか——いつの間にか真剣に考えていたたアーサは、一つ案を出した。
「なら、女子寮寮監にかけ合う」
カルロとレヴィルスがぴくりと反応した。アーサはすぐに説明を始める。
「女子寮では個人のお茶会が毎日あるわ。そのお茶会で使うお菓子は、女子寮寮監の許可が出たものだけ。自室で淹れる簡単な飲み物はともかく、食べ物に関しては外からの持ち込みは厳しいの。だから女子寮寮監が食堂に注文してくれたり、寮の談話室の棚にいつもお菓子を置いててくれたりするのよ」
その仕組みは男女の寮ではそれほど変わらないが、やはり女子学生のほうが毎日のお茶会を好む傾向にある。そういうときは、必ずお茶請けのお菓子やケーキが用意されなければならず、女子学生たちは持ち回りでお茶会担当を決めて、熟練の女性教師が兼任する女子寮寮監を通じて手に入れるのだ。ちなみに、学校外で買ってきた食品は中庭やカフェテラスでの飲食が認められている。あくまで寮内で無秩序に何でもかんでも食べることが禁止されているだけだ。その昔、使用人に頼りきりでゴミ出しができない貴族の学生が大量の食品を腐らせて寮中が虫だらけになったとか、食事制限が必要な学生が親の目から解放されて寮で食べすぎて病院に運ばれたとか、そういう出来事のせいで禁止措置がとられているという噂はまことしやかに流れているが、真実のほどは不明だ。
ともかく、初等部から大学までの学生たち三百人以上が暮らす女子寮、お茶会をやる習慣がついた中等部以上に限定しても、毎日のお茶会でいくつオレンジタルトを消費するか。ざっと計算すれば、一週間で五十個はあながち大袈裟な数字ではないだろう。
「一週間、お試し価格で卸すことを条件に、女子寮寮監と交渉して、優先してオレンジタルトを出してもらう。これなら五十個は出ると思うわ、どう?」
アーサは得意げに人差し指を立てて見せる。別に計算が得意なわけではないが、品物がどこでどう消費されるのかを推測することなら、世界各地を巡って商人たちの動向を見てきた経験が活きる。
カルロは腕を組み、レヴィルスは手を叩く。
「八十点だな」
「及第点だね」
「何でそんなに偉そうなの」
二人揃って上から目線である。お眼鏡にはかなったようだが、アーサは不満だ。アーサは、遠慮して損したとばかりにぱくぱくオレンジタルトを口に放り込む。アザレア・アンド・マーガレッテのオレンジタルトに罪はない。早く食べてやらないといけないのだ。
それを待ってから、カルロとレヴィルスは席から立ち上がる。
「さて、男子寮寮監に女子寮寮監と交渉だ。アーサ、来い」
「私も行くの?」
「一緒に仕事をするのさ。僕たちの仕事ぶりを見てもらう、というのは信用に繋がるだろう?」
「だから、私はどう足掻いたってあなたたちより格下の家の人間なんだから、エドワルドのタッチェル伯爵家みたいに私の訴えなんて簡単に揉み消せるでしょ! そんな力関係があって、どうして使い捨てにされないと思えるのよ」
オレンジタルトを食べ切っておいて言うのも何だけど、とアーサはほんの少し後ろめたかったせいで目が泳いだ。
ただ、そんなことは関係なく、カルロとレヴィルスは平然とこう答えた。
「結婚したい女を使い捨てになんかするか」
「末長くお付き合いしたいからね」
まだ言うか。アーサは恥ずかしいやら何やら気持ちを押し込めて、必死に反論する。
「だからさ! 私が無能だったら全部ダメじゃない!」
「それはあり得ない。お前以上の逸材は俺たちの手の届く範囲にはいないと断言できるからな」
「僕たちはいくら家の後ろ盾があろうと、所詮は新入りだ。商会を継ぐためには、実績がいくらあっても足りない。少しでも前に進むために、君に手を貸してもらいたいんだ」
二人は揃ってにっこり笑う。アーサは知っている、商人は仕入れ値が無料のものならいくらでも使うのだ。
ここまで褒められて、必要とされて、ついでに美味しいものを食べさせられて断ります、ということは、アーサにはできなかった。
「ずるい」
アーサはフォークを置き、先を行く二人の後ろをとぼとぼとくっついていく。