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第十六話 ソフィヤ・ペイトリオット・ランダイテ

 そのころ、ペイトリオット辺境伯家の屋敷の一つ。


 ソフィヤの管理する屋敷に、義父のランダイテ侯爵がやってきていた。二週間前からソフィヤはこの屋敷に入り、体裁を整え、住居として、ならびに訓練施設としての機能を回復させていた。もちろん兵舎もである。ペイトリオット辺境伯家が代々契約している傭兵集団を兵舎に入れ、ソフィヤは彼らとの意思疎通を回復させるとともに、タッチェル伯爵から麻薬と酒を抜いて真っ当な人間とするための措置を傭兵の中でも医療に長けている者に託し、自身はエドワルドの()を行っていた。また、タッチェル伯爵に関してはろくでもない人物との繋がり——たとえばマフィアや反社会的過激派集団との金銭的トラブル——があるため、屋敷の警備を厳重にしていた。一部のマンハントを得意とする傭兵たちには、それらの徹底的な排除を頼んである。


 間違いなく、ソフィヤは優秀な、ベルドランド大帝国の大陸側北の国境を守るペイトリオット辺境伯家の跡取りとして十二分な能力を備えた女傑だ。それを確認しにきたランダイテ侯爵はうむ、と満足げに頷き、応接室でいくらかの書類を広げて作業を行なっていた。


 ソフィヤは、義父は何をしているのだろう、とお茶を飲みながら眺めている。何やらソフィヤも関係することのようだから、ソフィヤはじっとランダイテ侯爵の反応を待っている。


 やがて、ランダイテ侯爵は書類から顔を上げた。


「ふむ」


 ランダイテ侯爵の顔は浮かない様子だ。心配になって、ソフィヤは尋ねる。


「お義父様、どうかなさいました?」

「いや何、タッチェル伯爵家の財務状況を詳細に調べたのだがね。ほとんど地元郷士(ジェントリ)たちに抵当として設定されているな、これは」

「え? タッチェル伯爵家自体に借金はないはずでは?」

「ああ、言い方が悪かったな。抵当、というのは言葉のあやで、実質的な借金となりかねない上納金を地元郷士(ジェントリ)たちから受け取り、万一タッチェル伯爵家が立ち行かなくなったとき財産分与はどうなるか、そのあたりは家財管財人を入れて詳しく契約を交わしていたようだ。土地は地元に還元するだとか、文化財は有力者に管理権を移譲するだとか、そういう文言を巧みに使ってね」


 契約、という言葉を使っているからタッチェル伯爵家と地元郷士(ジェントリ)たちは平等な身分のように思えるが、実際にはタッチェル伯爵家による一方的な押し付けだっただろうことは想像するまでもない。無理矢理上納金を得て、返すあてとして渡す気のない財産を指定して、人々を苦しめていたのだろう。契約書があるから地元郷士(ジェントリ)たちはどうすることもできない、それに平民が貴族を訴えたところで、貴族に有利な判決を下されることなど珍しくもない。ある程度人口の多い都会ならそうでもないが、人口の少ない田舎であれば裁判官は貴族と癒着していることなど日常茶飯事だからだ。


「つまり、タッチェル伯爵家は権威にものを言わせて民草から金をむしり取っていた、ということかしら」

「おいおい、言葉遣いがはしたないぞ」

「あら、失礼」

「その金が正しく使われるならまだ擁護のしようはあったが、際限のない放蕩に使われているとなれば、これは貴族の品格を維持するためとは見做されない。帝国貴族院に知られれば、タッチェル伯爵家は取り潰しだろうな」

「では、そのように」


 ほう、とランダイテ侯爵は意外そうな顔を見せる。


 ソフィヤはにっこり、義父の懸念を払拭する。


「ご心配なく、お義父様。婚約はなかったことに、しかし私は約束を果たす人間ですの。タッチェル伯爵、あら元かしら、それと彼の息子エドワルドは、きっちりと真人間にいたしますわ」


 合法非合法の手段を問わず、とソフィヤは付け足す。とにかく、一度約束したことは果たす、それがソフィヤ・ランダイテだ。


 それを聞いたランダイテ侯爵は、上機嫌で笑う。


「はっはっは! お前は本当に立派な淑女だ! 分かった分かった、知り合いの貴族監督官に根回しをしておこう。新たな婚約者はすぐに見つけるから、安心していい」

「ありがとうございます、お義父様」

「お前は健気でしっかりとしたいい子だ、必ず満足する縁談が来る。そうだな、ペイトリオット辺境伯家存続のためになる男を探そう。貴族でなくともいい、その品位と能力さえあればな」

「ええ、そうですわ。貴族の位など、私が差し上げますもの」


 義親子は和気藹々、今後のことを楽しげに話していた。

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