第2話「……まったく」
「……」
アッチェレさんが話し終えても、その場にいる人々はだれひとり言葉を発さなかった。
まだ納得できないでいるのか、アッチェレさんになんて声をかけたらいいのかわからないのか……
けれどもアッチェレさんは、そのどちらでも構わないと言いたげに、ふっと鼻息を漏らした。
「あたしが言いたいことは、ただひとつ……アイツがここに来ても、一言も責めるようなことは言わないでやってほしいんだ。まあ、暖かく迎えてやってくれとは言わないけれどね。それでもさ、アイツだって散々苦しんだと思うんだ。もしかしたら、ここにいるだれよりもね。だって、アイツの目の前であの子は……」
アッチェレさんは、そこで言葉を切ると、唇をぎゅっと結んで短く息を吐いた。
……たったそれだけで、自分を落ち着けたようだ。
そして、テーブルを囲む面々を見回し、改めて口を開いた。
「だから、アイツを責めないでほしい」
その真摯な言葉に、異論を唱える人なんて、もちろんいなかった。
だれもが、アッチェレさんに温かな視線を向けていた。
「……アッチェレさん、心配はいりませんわ」
そんな温かな雰囲気の中、最初にアッチェレさんに声をかけたのは、わたしの右隣に座るスラー伯爵夫人だった。
夫人はテーブルを囲む人々の柔和な微笑みを見回し、大きく頷いた。
「ここにいる人たちは、だれもジュスティーヌのことをだれかのせいにしたりなんてしないでしょう。だれもが皆、自分があのときああしていれば、と後悔しているはずなのですから」
わたしには、夫人の漆黒の瞳が少し潤んでいるように見えた。
おそらくこの言葉は、夫人が自分自身に向けて口にしたものなのだろう。
あのとき……
ここでタイ公爵を追い詰められていたなら。
国外追放以外にも、罪を償わせる方法があったはずなのに。
夫人の苦悶の表情からは、そんな後悔と反省、そしてタイ元公爵の動向が読めなかった自らの責任が見えるようだった。
テーブルを囲む人々も、夫人と同じ気持ちなのだろう。
ジュスティーヌさんの物語しか知らないわたしにも、それは痛いほど伝わってきた。
「……」
テーブルを囲む人々を見回したアッチェレさんは、スラー伯爵夫人に小さく頷いてみせた。
そして、
「よかった。ここには、自分のせいじゃないと責任逃れしようとしている奴はいないってことがわかったよ。みんな……アイツと同じなんだね」
そう言って、ほっとしたように微笑んだ。
どうやらアッチェレさんは、船長に対する皆さんの反応を気にして、かなり緊張していたらしい。
そんなアッチェレさんを安心させるように、リットさんとアッラルさんは「心配いらないよー」と笑顔を見せていた。
わたしはというと、そんな皆さんを観察し、自分のノートに鉛筆でメモをまとめていた。
ジュスティーヌさんと関わりのあった人々を、あのノートに書かれたままの表現じゃなくて、自分の言葉で表現したくなったのだ。
決して、ジュスティーヌさんの文章が気に入らないというわけではない。
ただ、言葉を扱う仕事に就きたい者として、すべて自分で書くべきだと思ったのだ。
それにしても……
あのノートの中の人々に、直接会うことができるなんて。
まるで、物語の中に飛び込んだみたいな、ワクワク感……
ああ早く書きたい。
でも、そのためにはまずジュスティーヌさんを見つけないと。
見つけないと……!
わたしがメモを取り終え、テーブルに鉛筆を置いた、ちょうどそのとき。
わたしの真後ろである店の入り口、その扉につけられた小さな鈴が来客を告げた。
このタイミングで入店する人……
いや人たちは、あの3人しか思い当たらない。
振り向いた先では、船長、エフクレフさん、ポモさんの3人が扉の前に並んでいた。
船長とエフクレフさんの表情は険しかったけれど、後ろ手に扉を閉めたポモさんは、わたしと目が合うと小さく会釈してくれた。
「……」
船長は、店の入り口から一歩も動けず、口も開けずにいた。
エフクレフさんは、そんな船長が何か言うまではそこから動けないらしく、船長に何と言って促せばいいかもわからず、若干挙動不審の状態である。
「……」
その場にいる、だれもが黙っていた。
それもそのはず……
わたしの隣で立ち上がったアッチェレさんが船長を睨みつけて動かないため、周りの人たちも様子を窺っているのだ。
責めないでほしいとは口にしたものの、やはり本人が目の前に現れると、どう接してよいものかわからなくなってしまった、のかもしれない。
おそらく、皆さんは昨日の「ゴッ」をご存知なのだろう。
これからどうなるのか、成り行きを見守っているようだ。
「……」
船長は、いまだに店の入り口に立ち尽くしたまま黙っていた。
そしてアッチェレさんもまた、船長を睨みつけたままだった。
これは、もしかして……
アッチェレさん、気まずくて何も言えないのかもしれない。
……わたしが、なんとかしなくちゃいけないのかもしれない。
「船長」
すっと立ち上がったわたしは、アッチェレさんの隣から3つ並んで空いている椅子を手のひらで指し示した。
ちょうど3人分空いているから早く座ってくださいと言いたかったのだが、船長は項垂れたまま動かない。
船長が動かないので、両脇のふたりも困っている。
……まったく。
気がつけば、わたしは一歩前に出て船長に声をかけていた。
「ここにいる皆さんは、もう船長だけが悪いわけじゃないってわかってるんです。だから、そんなに落ち込んだりしていないで、早くこっちに来て座ってください」
「……」
船長は黙ったままだったが、わたしの言葉は無事に届いたらしい。
顔を上げて、木賊色の瞳でまっすぐわたしを見つめた船長は、そこから一歩前に出ると、テーブルを囲む人々に深々と頭を下げた。
「……」
それから、いったいどれくらい経ったかわからないくらい長い間、船長は頭を下げ続けていた。
そして、ようやく頭を上げると、わたしの後ろを通って空いている席(リットさんの右隣)に腰かけた。
少し遅れてエフクレフさんがその隣に座り、最後にポモさんがさらに隣(アッチェレさんの左隣)に座った。
ああ……
これで、全員揃ったんだ……!
「……」
席についた船長は、感動するわたしをじっと見つめていた。
その表情が「ありがとう」とお礼を言いたいのか「心配させたな」と謝りたいのか、わたしにはわからなかった。
そう簡単に表情を読ませてくれないのが、船長なのである。
「シーナサン」
アッチェレさんに小声で名前を呼ばれ、船長を見ていたわたしが振り向くと、
「……ありがとね」
アッチェレさんは、まるで口の動きだけのような囁き声で、そう言ってくれた。
どうやら、お役に立てたらしい。
お礼を言われるようなことでは、全然ないけれど……
でも、ちょっと嬉しい。
わたしは、微笑むアッチェレさんに小さく会釈した。
大きな丸テーブルには、ジュスティーヌさんのことを探し続けている11人が席についている。
「さて、アッチェレ……これで全員集まったね。もう始めてもいい頃合いじゃないかな?」
リットさんが待ちきれないといった調子で声をかけると、隣に座るアッラルさんも大きく頷いた。
これから始まるという、報告会……
船長が帰ってきたから集まった皆さん……
いったい、何が起こるんだろう。
いまだに何も知らないわたしの隣で、声をかけられたアッチェレさんは、小さく咳払いすると、口を開いた。
「さて、それじゃあ始めようか。みんな、自分が担当した土地の『ジュスティーヌ捜索調査結果』を順番に報告しておくれ」
つづく




