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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第9章 「決意の作家志望、言葉の意味を知る」
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第4話「……イストワール?」

 大切なのは、シーナサンがどうしたいか……

 まったくもって、アッチェレさんの言う通り。

 どうして、そんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。

 わたしの書きたいものを決めるのは、船長じゃなくてわたし。

 だから、わたしがどんな文章を書きたいか決めるのも、船長じゃなくてわたしなんだ。


 これは、だれあろうわたしの人生なんだから。

 他人に決めてもらって、いいわけがない。

 わたしの、すべてを理解した表情に満足したのか、アッチェレさんは「ところで」と話題を変えた。


「シーナサンは、ペルガミーノ王国の小説大賞は知ってるのかい?」


 その質問に、わたしは大きく頷いていた。

 ペルガミーノ王国の小説大賞……

 王家の方々が、それぞれにお気に入りの作品を選ぶという、お祭りのような催し物。

 東大陸の沿岸にいた頃、船長から教えてもらったっけ。


「ついこの間、船長から募集要項をもらいました。アッチェレさんが読んでくださっていたパンデロー君の話を含めて書き溜めた作品もあるので、応募してみるつもりです」


 実際は、添削作業をしないと人様に見せられる状態じゃないんですけどね。

 ……という本音は飲み込んでおく。

 アッチェレさんは、わたしの返事に嬉しそうに頷いてくれた。


「それは楽しみだねぇ、応援するよ。シーナサンなら、イストワールも夢じゃないかもしれないし」

「……イストワール?」


 って、なんだろう。

 初めて聞く言葉かもしれない。

 そんな聞き慣れない言葉に、わたしは恥を忍んで「イストワールって何ですか?」と聞いてみた。

 すると、アッチェレさんは目を丸くしていたが、その目はだんだんと三角になっていった。


「あの大馬鹿野郎! 募集要項を渡しておいて、どうしてイストワールの話はしてないんだい! 中途半端だねっ!!」


 それはまるで、背中から出ている炎が見えるんじゃないかと思うほどの怒りだった。

 そして、わたしにぐっと顔を寄せると、


「いいかい、シーナサン! ペルガミーノ王国の小説大賞におけるイストワールっていうのはね、最高級の小説を書いた者に贈られる称号の名前なんだよ! 作家の楽園と呼ばれるペルガミーノ王国ならではの、誉れ高き称号のね!」


 と、簡潔に「イストワール」について教えてくれた。


「な、なるほど……イストワールって、称号の名前なんですね」


 そうやって聞くと、なんだかとてもステキな響きに聞こえてくるから不思議なものである、イストワール。


「まあ、今は称号ってことになってるけど、もともとは『物語』や『歴史』っていう意味なんだよ。ペルガミーノ王国特有の言葉だそうだけど、今では最高級の物語を指す言葉としても使われているらしい」

「へえ……」


 なるほど、と納得しかけて、わたしは首を傾げた。

 もともとは、物語や歴史という意味の言葉、イストワール……

 うーん……何か引っかかる。


「あの、アッチェレさん」

「ん? なんだい?」

「物語と歴史って……どちらもイストワールって意味なんですか?」


 わたしの質問に、アッチェレさんはさも当たり前といったように頷いた。


「ああ、そうだよ。物語もイストワール、歴史もイストワール」

「……」


 アッチェレさんの答えが、わたしにはどうしても理解できなかった。

 だって、物語と歴史は別物じゃないか。

 歴史は史実で、物語は空想の産物なんだから。


「シーナサンは歴史、好きかい?」


 納得できないという顔をしているだろうわたしに、アッチェレさんが尋ねた。

 歴史……

 好きかどうかなんて、考えたこともなかった。

 だって、大好きなんだもん!

 わたしは、アッチェレさんに向かって大きく頷いてみせた。


「はい! 大好きです! 学校で勉強しているときから、歴史の授業だけは別格で……何て言ったらいいのか、本当にほかの教科とは違うんですよね。なんていうか、本を読んでいるような気分になるというか……」


 そこまで口にしたときだった。


「それだよ、シーナサン。それが、イストワールだ」


 アッチェレさんが、嬉しそうに口を開いた。


「歴史は、ひとつの大きな物語なのさ」


 そう言うと、アッチェレさんは「これが歴史」と右手を握り、左手を「こっちが物語」と言いながら開いて、右の拳を包み込んだ。


「つまり、こういうことさ。歴史と物語は、別物なんかじゃない。物語っていう大きな円の中に、歴史が入っているんだ。だってほら、歴史を語ろうとすると、それはどうしたって物語になるんだから」

「……」


 これまた、アッチェレさんのおっしゃる通り。

 昔からの言い伝えも、本当にあったことを話そうとするときも、出だしは「むかしむかし」になるわけで……

 これは、歴史と物語は切っても切れない関係だというなによりの証だ。


 実際アッチェレさんが語ってくれたことも、この世界の史実であり彼女の物語そのもの。

 歴史は物語……

 大きな河の流れみたいな、壮大な物語なんだ。


「本好きのシーナサンが、歴史の授業に惹かれるのは当たり前さ。その理由、わかってくれたかい?」


 アッチェレさんの言葉に、今度はしっかり「はい」と頷くことができた。

 すると、アッチェレさんは「あとは、そうだね……」と、話題をもとに戻した。

 そう、戻したのである。


「アイツはシーナサンの文章を直そうとするけど、あたしは元のシーナサンの文章だって好きだし、アイツに言われて直した文章だって好きだよ。どっちもシーナサンの文章であり、物語だ。シーナサンが何を書こうとも、あたしはシーナサンのファンであり続けるよ」

「……」


 アッチェレさんの話を聞きながら、ふと思う。

 もしもわたしが船長より先にアッチェレさんに出会って今の言葉をかけてもらっていたら、あの雨の日のダメージは軽くなっていただろうか。

 わたしのことを理解して応援してくれている人がひとりでもいるとわかっていれば、船長の期待を裏切ってしまったと泣き崩れることもなかったのだろうか。


 ……いや、今さらそんなことを考えたってしょうがない。

 どうだっていいじゃないか。

 たった今、わたしは素晴らしき読者様に出会えて、天にも昇る心地なのだから。

 わたしは背筋をシャキッと伸ばして、アッチェレさんに向き直ると、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。これから、ご期待に添えるよう、わたしがわたしの作品に納得できるよう、精進していこうと思います。だから……完成を待っていてください」


 ゆっくり顔を上げた先では、アッチェレさんがにっこり笑って、


「頑張れシーナサン」


 と、グーサインを出していた。

 カッコいい……

 わたしもいつか、こんな人になりたいな。

 ……無理かもしれないけど。


「さ、ちょっと遅くなっちまったけど、朝ごはんにしようか」


 アッチェレさんは壁掛け時計を確認すると、バタバタと居間へ向かっていった。

 なんだかアッチェレさん、慌ててる……?

 もしかしてこのお店、お昼前も開いているとか?

 そう思いながらついて行くと、


「店が開店するのは、夕方からなんだけどね」


 アッチェレさんは、何もかもお見通しのように背中で語った。

 え、そうなの??

 ってことは……どういうこと??

 居間と繋がってる台所では、すでにアッチェレさんが食パンを何枚も焼き上げていた。

 そして、パンの焼ける香ばしい匂いの中で、アッチェレさんはまたしても背中で語った。


「実はね、今日ここに、あの子のことを諦めずに探しているあたしの家族やらが全員集まることになってるんだよ。まあ、アイツが帰ってきたからってことにはなっているけど、みんな口を揃えて言っていたよ。シーナサン……あんたに会ってみたいって」



第9章 おわり

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