第3話「なんでこんなとこに!?」
わたしは、アッチェレさんを探して楽屋とステージ裏を右往左往した。
迷いながらも、ステージ裏の扉を開けて、ようやく店内へと出てくることができた。
朝日が照らすバーカウンターは、昨日とは同じ場所には見えないほど印象が違っていた。
昨日は営業中、今は準備中……
看板に書いていなくても、そんなふうに見える。
そして、昨日と同じ椅子には、アッチェレさんが昨日と同じように腰かけ、足を組んでいた。
カウンターの上にはウイスキーグラス……
ではなく、1冊の雑誌が広げてある。
アッチェレさんの真剣な横顔から、どうやら熱心に読み込んでいるようだとわかる。
定期購読している雑誌……?
表紙は見えないけれど、お酒の特集とか……?
声をかけにくい状況ではあるけれど、盗み見みたいになっているのも嫌なので、わたしはできるだけ静かに、
「おはよう、ございます……」
と、挨拶してみた。
するとアッチェレさんは、はっとしたように雑誌から顔を上げた。
「……」
そしてそのまま、何も言わずに正面の酒棚を凝視している。
……なんというか、まるで「こちらの世界」に引き戻されたような横顔だ。
ということは、雑誌は別世界への入り口……
小説、かもしれない。
いいなあ、いったいどんな小説なんだろう。
ソニード王国は音楽の国って呼ばれることもあるし、音楽がモチーフになった小説とか……?
ちょっと、読んでみたいな。
わたしが雑誌をよく見ようと身を乗り出すと、
「シーナサン!!」
アッチェレさんは、もう別世界から完璧に帰ってきたらしく、わたしをじっと見つめていた。
透き通るような柿色の瞳は、キラキラと輝いている。
そんなに面白いんですか!?
と、尋ねようとすると、
「これ、面白いよ! あたしは大好きだ!」
アッチェレさんは、嬉しそうに笑った。
へぇ~、そんなに面白いんですか。
これは、本好きとしても小説を書く者としても、ぜひ読んでみなくちゃ。
わたしはバーカウンターに近づき、裏向きに置かれた雑誌に目を向けた。
あれ……
小説が載っているわりに、やけに薄い。
ペラペラだ。
このペラペラ感……
なんだか、懐かしいな。
わたしが休職願を出して飛び出してきた香辛出版の『週刊さんぱんち』も、同じくらいペラペラだったっけ。
ソニード王国にも、同じようにペラペラの雑誌があるなんて思わなかった。
アッチェレさんに断って中を広げてみると、スキャンダル特集らしいページもイマイチ迫力がない。
雑誌自体がペラペラなせいだろう。
それにしても、装丁やレイアウト、さらにはフォントまで『週刊さんぱんち』に瓜二つ……
「……」
いやコレ実物だよっ!
どっからどー見ても『週刊さんぱんち』だよっ!!
どゆこと!?
なんでこんなとこに!?
ってか、なんでここまで気づかないんだよ、わたし!!
……と、自分の鈍感さに愕然としていると、アッチェレさんは「ここ、これが面白くてね」と、連載小説のページを開いてくれた。
ああ、なるほど……
そういうことでしたか。
アッチェレさんの嬉々とした表情を見て、わたしは納得して頷いていた。
この『週刊さんぱんち』の連載小説で面白くて人気があったものといえば、船長の書いていたものだろう。
タイトルは確か「恋という名のスパイス」……
懐かしい……
すぐに物語の中に引き込まれたことを思い出す。
きっと、アッチェレさんも船長の小説を読んで面白いと思っ
「この王子様もカッコ良いし、従者のパンデローが良い味出してる! うん、さすがは主人公だ。あたしは、こーいうのもけっこう好きだよ」
「……」
いやソレわたしのだよっ!!
どっからどー聞いても、わたしの連載小説だよっ!!
しかも……
なんだか、すごく褒められているっ!!
「そっ……そう、ですか……?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
……わたしは、アッチェレさんの言葉を素直に受け止められなかったのだ。
脳裏に蘇ってくるのは、あの雨の日の記憶……
突き返された真っ赤な完成原稿、部屋を飛び出したわたし、呼び止める声、ヒールの音、曇天、湿った空気、冷たい雨……
もちろんアッチェレさんは、わたしの心を知る由もなく、ただの謙遜と受け取ったらしい。
何度も面白かった面白かった、大好き大好きと頷いて、どうしてわたしの小説を読んでいるのか説明してくれた。
「まだ日が昇って間もない頃に、アイツがひとりでここに来て、ぜひ読んでほしいってコレを渡していったんだよ」
「え、船長が……?」
なるほど、船長なら『週刊さんぱんち』を持っていても不思議はない。
なんてったって、わたしの熱心な読者様なのだから。
でも、それにしても……
まだ許してもらえていないだろう相手に会いに来るなんて、勇気のいる行動だったろうなぁ。
わたしがそんなことを考えている間にも、アッチェレさんの話は続いている。
「これを読んで、もっとシーナのことを知ってほしいとかなんとか言ってたねぇ……『小説はまだまだ修行中といったところだが、ぜひ』だってさ。まったく、何様のつもりだってんだよ」
「……」
「こんなに読みやすくて面白い話だってのに。ねぇ? シーナサン」
アッチェレさんは、うまく船長を貶しながら、わたしの小説を褒め称えている。
それほど、船長の言葉が信じられないらしい。
確かに、アッチェレさんが読んでいるのは船長の助言をもとに手を加えて直したものだから、若干ではあるけれど面白くはなっているかもしれない。
でもやっぱり、にわかには信じがたい。
そんなわけで、ついつい愚痴っぽく呟いてしまった。
「実は、その小説……第1稿は船長に赤で消されて直された作品なので、自分では良いものかどうか、よくわからないんですよね……」
これは、ほぼ自分に向けて口にした言葉だったというのに、アッチェレさんには相当強烈な一言だったらしい。
「あんのばっきゃろぉーっ!!」
お、おわーっ!?
アッチェレさんの腹式呼吸の怒りに、わたしは文字通り飛び上がった。
「人様の作品にケチ付けるなんざ、正気の沙汰じゃないね! 頭のネジ、1本ぐらいどっかに吹っ飛んでるんじゃないのかい!?」
次々と浴びせられる罵詈雑言に、わたしは開いた口が塞がらなかった。
こんなにズタボロに言われる船長って……
まあ、アッチェレさんならこれぐらい言ったっていいとは思うけど……
でも、小説のことに関しては、船長だけが悪いわけじゃない。
「あの、アッチェレさん……そもそもは、わたしが自分に似合わない堅苦しい文章を書いてしまったのが原因なんです。船長に言われて直したから良くなったわけで、だからアッチェレさんも面白いと」
「何言ってんだいシーナサン!!」
船長を擁護するわたしの言葉を遮るように、アッチェレさんは拳を握り、カウンターをダンと叩きつけた。
……こちらを見つめる強い眼差しに、わたしは思わず姿勢を正していた。
「シーナサン、あいつの言うことばっか聞いてちゃダメだよ」
「は、はあ……」
「大切なのは、シーナサンがどうしたいかってことなんだから」
「わたし、が……?」
船長の助言を素直に受け止めて、文章がキレイになったのだから、それでいいんだ……
そう思っていたわたしは、突然アッチェレさんの口から「シーナサンがどうしたいか」という言葉が飛び出して、首を傾げた。
すると、アッチェレさんは身体全体で大きく頷いてみせた。
「そりゃそうさ、シーナサンが書きたい話を書いているんだから、どんな文章にするかを決めるのも、シーナサンだろう?」
「……」
アッチェレさんの言葉に、わたしは雷に打たれたような衝撃を受けていた。
つづく




