第2話「探さなきゃ、見つけなきゃ」
『また、助けられた。次は自分の番だ』
東大陸でジュスティーヌさんを探しているときに、船長がよく口にしていた言葉……
その「また」という部分が気になったわたしは、西大陸の人々に話を聞かせてもらおうと思いついた。
そして……
無事に、謎は解明した。
やはり船長は、以前にもジュスティーヌさんに助けてもらったことがあったのだ。
しかも、赤ちゃんだった頃のジュスティーヌさんに!!
それから、同時にもうひとつの謎も解明した。
いつぞやの真っ白いノートに書いた疑問、
『船長にとって、ジュスティーヌさんとはいったいどんな存在?』
の、答えである。
あのノートには、後で書き入れておかなければ。
……『命の恩人』と。
船長にとってジュスティーヌさんとは、命を救われた自分が必ず守り抜かなければならない大切な存在だったのだ。
そうか……
そうだったんですね……
エフクレフさんたち3人は、好き以外の理由でこんなに気にかけたりしないって言ってたけれど、やっぱりほかに理由があったのだ。
しかもそれは、好きなんて言葉じゃ言い表せないほどの深い深い愛情で……
ふたりはきっと、お互いに魂が呼び合う存在なんだ。
長い人生の中でたったひとり、出会えるかどうかもわからないような、大切な人……
つまり、出会えたことが奇跡。
そして船長は……
もう一度、奇跡を起こそうとしている。
「……」
わたしの鼻息だけが響くこの部屋は、もう3年もの間、帰らぬ主を待ち続けている。
南向きの窓からは、ほんのりと月明りが差し込んでいるものの、今はランプを手にした眠そうなわたしの顔が映っているだけだ。
朝が来て外が明るくなれば、おそらく路地裏がよく見えるのだろう。
アッチェレさんの長い物語の後、わたしは晩ご飯をご馳走になり、寝室まで用意してもらっていた。
明日の朝ご飯の時間も教えてもらい、そこでお開きになったのだけれど……
わたしは最後に「ジュスティーヌさんのお部屋を見せてください」とお願いしてみた。
できるだけ自分が目にしたものを書きたくて、でも駄目ならすぐに諦めようと思っていたら、アッチェレさんは「好きなだけいるといいよ」と快諾してくれた。
「ジュスティーヌの部屋の鍵は預けておくよ。だから、気が済んだら戸締りだけしっかり頼むね」
アッチェレさんはそう言って、わたしに鍵を1本渡すと「それじゃ、また明日。おやすみ」と自分の寝室へと引き上げていった。
……そんなわけで、わたしはジュスティーヌさんの部屋の中で、窓に映った自分をじっと見つめていたのである。
頭の中を整理整頓できたことだし、わたしは改めて部屋の中をランプでぐるりと照らしてみた。
南向きの窓の下には、大きめのベッド。
フカフカそうに見えるのは、アッチェレさんが手入れしているからかもしれない。
足元のほうには、立ったまま入れるような豪華なクローゼット。
扉を挟んで置かれた机は西向きで、椅子の右手には楽譜の詰まった本棚がある。
残念ながら、ランプの灯りだけでは、どんな楽譜かわからない。
机の上はキレイに整頓されていて、ホコリひとつない。
ジュスティーヌさんのノートによれば、ここを出るときは突然だったはずだ。
それなのにこんなに片付いているということは、きっとアッチェレさんが毎日丁寧に掃除しているからだろう。
そんなキレイな机の上には、小さな本棚があって、美しい花柄の装丁がされたノートが並んでいた。
1冊ずつ、表紙の花の色合いが違う。
どれもパステル調だが、暖色だったり寒色だったりしている。
そして……
左側の端に、ちょうど1冊分の隙間が空いていた。
ここに隙間があるということは……
横書きノートのいちばん新しいものがここに収まるってことじゃないか!
わたしは急いで用意してもらった部屋へと戻り、旅行カバンを開けた。
いちばん上には、あのジュスティーヌさんのノート。
それを抱えて、急ぎつつ静かにジュスティーヌさんの部屋へと戻る。
自分の船室で何度も読み返した、歌姫ジュスティーヌさんの物語。
わたしは、この物語のあらすじはもちろん語って聞かせられるし、台詞の一言一句を間違えることなく暗唱できる自信がある。
だから……
わたしには、もう必要ない。
あるべき場所に、返してあげるべきなんだ。
この物語の、あるべき場所……
それはもちろん、わたしの手元なんかではない。
「……」
わたしは、ジュスティーヌさんのノートを本棚左端の隙間に差し入れた。
ノートは何の抵抗もなく収まり、ほかのノートの背表紙に馴染んでいった。
一面に広がる花畑……
その中で、わたしがもとに戻したノートは、ほかのノートたちに暖かく迎え入れられているように見えた。
あるべきものを、あるべき場所へ……
たったそれだけのことをしただけで、この部屋は夜でもほんの少し明るくなったような気がした。
でも……
まだ、すべてが揃ったわけじゃない。
この部屋にあるべきものは揃ったけれど、この部屋にいるべき人がいないのだから。
探さなきゃ、見つけなきゃ。
そして、絶対にここへ連れて帰ってくるんだ……
そんな決意を胸に抱いていると、なんだかノートの背表紙たちに応援されているような気がしてきた。
……いやそんなことあるかーい、疲れてるだけでしょーが。
と、言われてしまえば確かにその通りかもしれない。
それでもわたしは、口を動かしていた。
「……ありがとう。わたし、頑張るよ」
物言わぬ彼らにも、きっと心が宿っていて、持ち主の帰りを待ち望んでいる。
そう思うと、声をかけずにいられなかったのだ。
「あなたたちは、ここで待っていてあげてね。わたしが、ジュスティーヌさんと一緒に帰ってくるまで……」
その言葉に、ノートたちが頷いてくれたような気がした。
……うーん、やっぱり少し疲れているみたいだ。
★彡☆彡★彡
今がいつなのか、ここがどこなのか、自分はいったい何をしているのか……
目が覚めたとき、自分が何者なのかすらわからないほど、わたしは深い眠りについていたらしい。
一瞬で朝になってしまったから、夢すら見ていない。
いや、覚えていないだけかもしれないけれど。
アッチェレさんに用意してもらった部屋は、南向きの窓がついた居心地の良いステキな客室だった。
大きめのベッドは跳んだらどこまでも跳ねていきそうなほどフカフカで、船室のものはもちろん、自分の部屋のものとは比べ物にならないほど寝心地が良かった。
……自分が何者かわからなくなるほど、よく眠れるわけだ。
人に見られても大丈夫なくらいには身支度を整えて、客室を出る。
廊下を歩いていくと、楽屋へと通じる扉があって、そこを抜けると居間へと出られるようになっていた。
扉を叩いて顔を出してみたものの、そこにアッチェレさんの姿は見当たらない。
しかし、2人用テーブルには、すでに朝食の支度が整っていた。
葉野菜とトマトの入ったボウル、卓上バター、イチゴジャム、コーヒーポット……
あとは、焼き立ての食パンを用意すればできあがり、といったところ。
すべての支度を整えたアッチェレさんは、わたしと一緒に朝食にしたいと思って、このまま待っていてくれているのではないか。
個別に用意するのが面倒だから、ご飯はなるべく家族一緒に……
ふと、わたしの母が決めた、わたしの家のルールを思い出す。
いつも稽古帰りの妹を待っていたなぁ……
ということは、このテーブルの状態は……
絶賛わたし待ちの状態ってことじゃないか!
ああああ、寝坊したわけじゃないのに、なんだか申し訳ない!
寝坊したわけじゃないのにーっ!
つづく




