第4話「こんにちは、ジュスティーヌ」
メヌエさんは、アッチェレさんと同じく、没落した貴族の忘れ形見だった。
孤児院ではアッチェレさんの家のほうが上級貴族だったため、アッチェレさんばかりが目立っていたが、メヌエさんの家も負けず劣らずの大貴族だった。
同じ貴族出身の、アッチェレさんとメヌエさん……
置かれた境遇も同じ彼女たちだったけれど、メヌエさんはアッチェレさんと違って、自分が貴族であることを何よりも誇りに思っていた。
だからアッチェレさんは、メヌエさんが赤ちゃんを抱っこしながら、
「よしよし、良い子ね。ほら、見てごらんなさい。この人はアッチェレ。お母さまの古くからのお友達よ」
なんて、自分のことを「お母さま」なんて呼んでいても、決して驚いたりなんてし
……って待て待て待てぇーい!!
メヌエ!!
あんた、いつから「お母さま」なんだい!?
戸籍には、あんたひとりの名前しかなかったじゃないの!
それなのに、子どもがいるなんて……
父親は!?
ここには、ふたりしかいないの!?
アッチェレさんには、いろいろと尋ねたいことがあったけれど、メヌエさんの腕の中の赤ちゃんを見つめているうちに、なんだかどうでもよくなってきた。
そして、数々の疑問の代わりに口をついて出た言葉は、
「可愛いね……メヌエに、お母さんにそっくりだ」
だった。
メヌエさんの腕の中で、赤ちゃんは母親譲りの大きな紫色の瞳で、じっとアッチェレさんを見つめていた。
まだ赤ちゃんだというのに髪の毛はフサフサで、これもまた母親譲りの輝く金髪だった。
メヌエさんは、アッチェレさんの呟きに満面の笑みで「ありがとう」と頷くと、
「でもね、アッチェレ。私は『お母さん』じゃなくて『お母さま』よ。お・か・あ・さ・ま!」
そう言って、赤ちゃんに「ね?」と微笑みかけた。
お母さま……
メヌエらしいね。
今でも、貴族だったことを誇りに思っているメヌエさんに、アッチェレさんは何年経っても変わらない友人の姿を見ていた。
「なるほどね、お母さま……それで、この子の名前は何て言うの?」
アッチェレさんが尋ねると、メヌエさんは、よくぞ聞いてくれましたとばかりに瞳を輝かせ、赤ちゃんに微笑みを向けながら教えてくれた。
「この子の名前は、ジュスティーヌ。プラデラに伝わる、自らの正義に生きた聖女の名前をもらったの。ステキでしょう? とても気に入っているのよ」
ジュスティーヌ……?
そりゃまた、仰々しい名前だねぇ。
あたしだったら、もうちょっと短くて呼びやすい名前にするけど。
なんてことを考えながらも、アッチェレさんは抱っこされた赤ちゃんに、
「こんにちは、ジュスティーヌ」
と、話しかけてみた。
すると赤ちゃんは、穴が開くのではと思うほど真剣に、アッチェレさんを見つめていた。
それを見守っていたメヌエさんが「まあ!」と歓声を上げた。
「もしかして、アッチェレのことがわかるのかしら? 偉いわジュスティーヌ! アッチェレも、よかったわね! 普段なら、知らない人が名前を呼んでも知らん顔なんだから!」
「え、そうなの……?」
「きっと、お母さまの大切なお友達だってわかってくれたんだわ。そうでしょう? ジュスティーヌ! 良い子ねぇ」
優しく声をかけて赤ちゃんをあやすメヌエさんは、もうすっかり、立派な母親の顔になっていた。
あたしが、いろんな別れを経験している間に、ひとつの命が生まれていたんだねぇ。
アッチェレさんもまた、感慨深く赤ちゃんを見つめていた。
……この赤ちゃんこそが、後々自分の娘として育てていくことになるジュスティーヌさんだとは、この頃のアッチェレさんは夢にも思っていなかった。
★彡☆彡★彡
ジュスティーヌさんは春先の生まれで、生後半年を過ぎていた。
メヌエさんは、ジュスティーヌさんと過ごしている間は、それはもう元気よく楽しそうにしている。
おかげで、笑うことすら忘れていたアッチェレさんでさえ、自然と笑みがこぼれてくるくらいだった。
それほど、ふたりは愛おしい母娘だったのだ。
行く当てのないアッチェレさんが、メヌエさんのテントでお世話になり始めて数日が経った頃……
アッチェレさんは、ようやくメヌエさんの異変に気がついた。
顔色が悪いまま、いつまで経っても治らない。
それどころか、食欲もだんだんとなくなっていき、夕食などはアッチェレさんが食べている間ジュスティーヌさんと寝ていることが多くなり、そのまま朝になることもしばしばだった。
横になったメヌエさんは「大丈夫だから、心配しないで」と言いながら、よく胸のあたりを手でさすっていた。
アッチェレさんは、その動作に見覚えがあった。
あの日、倒れる前日まで元気に振る舞っていた義母も、今のメヌエと同じことをしていた……
メヌエ、あんた心臓が……!
「メヌエ! 病院は!? どこにあるんだい!? 一度良いお医者さんに診てもらったほうがいいんじゃないのかい!?」
まだ間に合うかもしれない。
病院が遠くにしかなくても、あたしが担いで連れていってやる!
苦しそうなメヌエさんに、アッチェレさんは慌てて声をかけていた。
元貴族のメヌエさんに笑われないように封印していた普段の言葉遣いが出てしまうほど、アッチェレさんは気が動転していた。
それでもメヌエさんは、アッチェレさんの喋り方に驚くこともなく、横になったまま、
「病院には、もう、行ってきたのよ」
と、力なく微笑んだ。
「ジュスティーヌを生んですぐに、心臓の病気だって診断されて……もう治らない、長く生きられて半年ぐらいだろうって」
「……」
アッチェレさんは絶句した。
ジュスティーヌさんは、もう生後半年を過ぎている。
『今まで普通に生活していたことが奇跡のようなものだ』
アッチェレさんの頭の中を、もう何年も昔に聞いた義母の医者の言葉が流れていった。
「アッチェレ……今まで、何も言わずにいてごめんなさい。せっかく遊びに来てくれたのに、あんまり心配させたくなくて……」
メヌエさんは上体を起こして、アッチェレさんに話しかけていた。
それなら、お互い様だよ。
アッチェレさんはそう口にする代わりに、メヌエさんの肩に自分が羽織っていた肩掛けを羽織らせた。
お互い様……
メヌエさんが自分の病気のことを黙っていたように、アッチェレさんもまた、自分がここへ来た本当の理由を教えてはいなかったのだ。
大切な人を失ってここへ来たっていうのに、ここでもあたしは……
アッチェレさんには、心配させまいと微笑むメヌエさんが、あの日の義母と重なって見えた。
『これも人生なんだから』
義母の享年は38歳。
たとえ人生の酸いも甘いも経験できていたとしても、あまりにも若すぎる。
あの頃のアッチェレさんは、運命というものに憤っていた。
それなのに……
メヌエさんは、まだ24歳だ。
しかも、娘なんてまだ1歳にもなっていない。
まだまだ、娘と一緒にしたいことがたくさんあっただろう。
一緒にご飯を食べたり、手を繋いで散歩をしたり。
好きなものの話、例えばキレイなお花や可愛い動物、面白い本の話をしたり。
もう少し大きくなったら、好きな人の話が出てきて……
きっとメヌエなら、この子とふたりきりでも毎日楽しく過ごしていけるだろうに。
どうして、どうして……!
アッチェレさんは、危うく零れ落ちそうになった涙を必死に堪えた。
泣きたいのは、あたしじゃなくてメヌエのほうだ。
「……」
目を閉じ、深呼吸をする。
心を落ち着けてから、アッチェレさんは尋ねた。
「メヌエ……あんたがいなくなったら、この子は……ジュスティーヌのことは、どうするつもりなんだい」
つづく




