第1話「これも人生なんだから」
ジュスティーヌさんが養子であるように、アッチェレさんもまた、幼い頃にリットさんの奥様に引き取られた養子だった。
ソニード王国が、まだひとつの大国だった頃……
自治領区の境界付近では、小さないざこざといった紛争が絶えなかった。
やれ領地がどうの、跡目争いがどうの……
そんな小さな問題に大きな派閥が生まれ、問題も大きくなっていく。
アッチェレさんは、そんな紛争で家族を亡くし、ひとり生き延びた貴族出身の女の子だった。
ここで出てくるのが、お家再興の話。
当のアッチェレさんを差し置いて、大人が進めていくだけの問題だ。
なので、アッチェレさんは面倒くさいものは勘弁してくれとばかりに、逃げるようにして自ら孤児院に入所してしまった。
ここでなら、普通の子どもとして扱ってもらえるに違いない。
そう考えての行動だったが……
思い描いた通りに進まないのが、人生である。
アッチェレさんは、孤児院でも「貴族の子」として、それはもう腫れもの扱いを受けることになるのだった。
自分を特別扱いする人間は嫌いだが、見返りを求めて優しくしてくる人間はもっと嫌いだ。
嫌いなものを遠ざけているうちに、アッチェレさんはいつの間にかひとりになっていた。
気心の知れた唯一の親友が東大陸へと引き取られていったことで、自分がたったひとりになってしまったことに気がついたのだ。
あたしは、このままひとりなんだろうか……
死ぬまでずっと、ひとりなんだろうか……
あたしは、いったい何のために生まれてきたんだ?
自分のためにしか生きられないなら、もう生きていたってしょうがないじゃないか……!
アッチェレさんは、このときまだ10歳だった。
たった10歳の女の子が、嫌気の差す自らの人生に終止符を打とうとしている……
そのことに気がついて、手を差し伸べてくれた大人がいた。
ラレンさんという、孤児院でお手伝いをしていた絵描きの女性である。
「アンタ、この先どうするの? よかったら、うちに来て一緒に暮らしたらどうだい? ここよりは、まだ過ごしやすいかもしれないよ」
ラレンさんは、自分の人生に居心地の悪そうなアッチェレさんに、そんな言葉をかけてくれた。
アッチェレさんは、いずれ孤児院を出てひとりで生活していかなければならない身の上である。
どうせ出て行くのだから、長居は無用だと常日頃から思っていた。
ラレンさんは、アッチェレさんをことさら特別扱いしたりしない。
もちろん、格別優しくしてくるわけでもない。
アッチェレさんを、子どもではなくひとりの人間として見てくれている数少ない良い人だった。
孤児院にいたって、未来はたかが知れている。
出て行くなら、今しかないじゃないか。
これは、渡りに船というやつに違いない。
アッチェレさんは、ラレンさんの養子として、大手を振って孤児院を出たのだった。
★彡☆彡★彡
ラレンさんは、本名をラレンタンドといい、高級ホテルの受付で働く旦那さんと、2人の子どもがいる30代の絵描きの女性だった。
旦那さんの名前はリタルダンド、通称リットさん。
子どもは、アッチェレさんより3つ年上の、つまりお義兄さんにあたるアタッカさん。
そして、アッチェレさんより2つ年下の、つまり義妹にあたるアッラルガンドことアッラルさんだ。
アタッカさんは、母譲りの瑠璃色の瞳に父譲りの卵色の髪。
アッラルさんは、父譲りの若草色の瞳に母譲りの銀髪をなびかせていた。
ラレンさんは、もちろんアッチェレさんを特別扱いしなかったし、家族にも「そんなことはしなくていい、何かあったら本気で喧嘩して絶対に仲直りするように」と厳しく言い含めていた。
最初の頃は「本当の子どもじゃないくせに」と何かにつけて口にするアッラルさんとのつかみ合いの喧嘩も数えきれないほどだったが、それでもアッチェレさんは、特別扱いとは無縁のこの家族が大好きだった。
三兄妹は、ともに褒められ、ともに叱られ(時折ここに父親が入ることもあった)……
そして、ともに愛された。
そりゃあ、長い間一緒に暮らしていれば、つかみ合いの喧嘩どころか数日以上にも及ぶ家出騒動なんかもあったわけだけれど、そんな家族崩壊の危機に直面するたび、ラレンさんは「本当の家族」なんて関係なしに、兄妹をとことん叱りつけ、家族を丸ごと愛したのだ。
そうか……
これが、よく物語の中に出てくる幸せってやつなんだね。
その頃にはもうすっかりラレンさんの口調がうつっていたアッチェレさんは、初めての幸せを心から味わい、堪能していた。
アッチェレさんは、まだ知らなかった。
どんなものにも、必ず終わりがあることを。
★彡☆彡★彡
アッチェレさんが、ラレンさんたち家族のもとで暮らし始めて8年の月日が流れ、アッチェレさんは18歳になった。
もうすぐ義母の誕生日、お祝いは何にしようか……
そんなことを考えていた矢先のことだった。
ラレンさんは、アトリエで倒れているところをリットさんに発見され、病院に運び込まれた。
それは、まさに青天の霹靂だった。
まさかそんな言葉を自分の人生で使う日が来るとは思ってもみなかったアッチェレさんは、義父や兄妹とともに義母の入院することになった病院へと向かった。
ラレンさんの容体を確認してくれた医者は、だれがどう見ても明るい話をするようには見えなかった。
その沈痛な顔で、医者は集まった家族にラレンさんのことを話し始めた。
医者によると、ラレンさんの心臓の病はかなり進行しており、今まで普通に生活していたのが奇跡のようなものだったという。
苦しんだりしていた様子はなかったかと聞かれて、家族は全員首を横に振った。
ラレンさんの不調に気がついていた者は、アッチェレさんを含めてひとりもいなかったのだ。
そうまでして、ラレンさんは自分の家族に心配させまいと無理して振る舞っていたらしい。
何も気がついてあげられなくて、ごめんなさい。
お見舞いに行くたびに謝る家族に、ベッドから起き上がったラレンさんは、病人とは思えない剣幕で、烈火のごとく怒り散らした。
そうやって言われるのが嫌だから、今まで必死に隠してきたのに!
……と。
「できるだけ、一緒の時間を過ごしてあげてください」
あの日、沈痛な顔の医者は、最後にそう告げた。
もうだれも、その言葉の意味がわからないほど子どもではなかった。
もちろんラレンさんも、自分の身体のことは自分がいちばんよくわかっていた。
ともに過ごしてきた家族として、お互いにわかりきっていることを口にすることはない。
家族は、いつも通りの家族として、短い最期の時を過ごしていった。
残される家族がお見舞いに来て、とりとめのない話をして帰っていく。
帰り際、少し寂しげな顔をする彼らに、ラレンさんは、
「大丈夫、大丈夫。これも人生なんだから」
そう言って、いつもにっこり微笑んでいた。
ラレンさんは、このとき38歳。
まだまだこれからという歳で、人生の楽しみも悲しみも、儚さもすべて知っていたというのだろうか……
詳しいことは、アッチェレさんも知らない。
もっと聞いておけばよかったと思うことも、言いたくないこともあっただろうと思うこともある。
でも、
これも人生なんだから。
その一言に込められた思いだけは、家族のもとへと届いていたのだった。
そして、ラレンさんが入院して数ヶ月が過ぎた、ある小春日和の昼下がり……
ラレンさんは、自分が大切にしてきた家族に見守られ、眠るように息を引き取った。
窓の外では、街路樹の銀杏並木から、黄金色の雨が降りしきっていた。
つづく




