第5話「絶対に見つけなきゃ」
つまるところ……
すべてが「お芝居」だったのだという。
「すまなかったな、シーナ。下手な芝居に付き合わせて」
その日の夕刻、いつにもまして豪華なご馳走が並ぶ食堂で、わたしたちはいつものようにテーブルを囲んでいた。
船長がシャンパンのグラスを手にわたしに声をかけると、食器を片付けようとしていたエフクレフさん、グラタンを取り分けていたレンゲさん、丸パンを頬張っていたトンスイさんが、フォークを片手にグラタンを待つわたしに視線を向けた。
「エフクレフが、ジュスティーヌと無関係のシーナを、どうしても巻き込みたくないと言ってね」
ここで名前を出されたエフクレフさんは、むすっとした顔で空いた食器を器用に積み重ねていた。
エフクレフさんがポモさんと協力して、シーナには何もかも秘密にしておこうと、船長には内緒でそんな「お芝居」を始めた。
なぜなら、シーナはジュスティーヌを知らないから。
もし仮に事情を説明しても、協力してくれるとは限らない。
船長に向かって「もう諦めたほうがいい」なんて言い出すかもしれない。
それだけは絶対に避けたかったエフクレフさんは、わたしに対して船長の過去を詮索してはいけない雰囲気を醸し出そうと「お芝居」をすることにした。
ポモさんの「ジークさんは大切な人を海で亡くしている」という言葉(これには当のエフクレフさんが耐え切れずに反論してしまったが)……
カイサーの港にて、エフクレフさんがポモさんの家の紋章が付いたハンカチを隠し続けているという話……
そのすべてが、エフクレフさんの苦肉の策だったのだ。
「しかし、あれはさすがにやりすぎだったな。俺がポモコの家の紋章を知らないわけがないんだから。それに俺は、シーナにならジュスティーヌのことを話してもいいと思っていたんだ」
わたしがモンターニャ号に乗り込むことになったとき、船長はエフクレフさんの「お芝居」のことを知り、シーナには話しておいたほうがいいと「お芝居」の継続を否定した。
けれどもエフクレフさんは、この件に関してかなり頑固になっていて(わたしの家での失敗を引きずっていたらしい)、どうしても自分の意見を曲げなかった。
わたしが疎外感とともに甲板を磨いていたあの頃、ふたりの仲は険悪になっていたとか。
そこで、
「事情を聞いたあたしが『それならあの子が本当に諦めましょうよって言うかどうか、確かめてみたらいいじゃない』って提案したのよ」
レンゲさんは、シーナにジュスティーヌのノートを読んでもらって、意見を聞いてみるという方法を考えていた。
ジュスティーヌは生きていると思うか、生きていると思うなら探したいか。
この質問にどう答えるかによって、シーナの運命は変わっていたのだ。
「でも、みんな信じていたのさ」
トンスイさんの言葉に、レンゲさんと船長は大きく頷いた。
エフクレフさんは、ばつが悪そうにわたしから目を逸らしていた。
「こうして、俺がシーナの言葉に合格を出して、今に至るというわけだ」
船長の笑顔は、今まででいちばん柔らかく、優しさに溢れていた。
『書きたいんですよ、船長とジュスティーヌさんの物語。ラストシーンは、もう決まっていて……ふたりが再会を果たす、ハッピーエンドです』
ちょっと恥ずかしい台詞だけど、船長は気に入ってくれたみたいだ。
「きっと、ポモコもシーナが仲間になってくれたと聞いたら喜ぶだろう」
「ああ、ポモさん……」
「セレアル侯国の侯爵令嬢という身分を活用して、ポモコは一足先に西大陸を捜索してくれている。アッチェレへの報告という辛い役回りも引き受けてくれてね。侯爵令嬢ということで風向きに関係なく人海戦術で先に帰ってしまったが、ポモコはこちらでも積極的に情報を集めてくれていたんだ」
「なるほど。でも、どうしてたったの6人で?」
そう尋ねてみると、エフクレフさんが盛大にため息をついた。
「考えてもみてください。たったひとりの女の子が海で行方不明になって、何の見返りもないと思われるのに一国が動いてくれると思いますか」
「……あ」
「エフクレフの言う通りなんだ、シーナ。それで、俺たち4人は東大陸で3年、情報を集め続けた」
「3年……」
なるほど、あのノートは3年前の物語だったんだ。
広い海で行方不明になった、たったひとりの女の子ジュスティーヌ。
物語の中では18歳だったから、生きていれば、21歳。
うわわ、妹のマーサと同い年!
と、わたしが違うところで感動している間にも、船長の話は続いていた。
「内海に面した国を中心に、4人で必死に情報を集めて回って、1年後にポモコも合流してくれたんだが、有力な情報はまったくなかった」
「……」
「結局、一度西大陸へ戻ろうということになったんだが、ちょうど風向きが変わってしまったんだ。仕方なく俺たちは、最後に立ち寄ったプラデラ大平原で解散した」
「プラデラ……」
東大陸にある、どの国にも属さない大平原プラデラ。
もしも全員が無事に東大陸に到着していたら、みんなで一緒に行くはずだった場所だ。
「そこにも、ジュスティーヌさんは……?」
わたしの質問に、船長は「残念ながら」と、ゆっくりかぶりを振った。
「東大陸で手を尽くした俺たちは解散した。風向きが安定してくる秋の始めに、エスペーシア王国の港町カイサーで合流することを約束してね。トンスイさんとレンゲさんには、故郷のコシーナ王国へと戻ってもらって」
「あ、船長とエフクレフさんとポモさんは、もしかして……」
わたしの呟きに、船長はクスッと笑ってから話を続けた。
「エスペーシア王国の城下町で、とある週刊誌に書いた小説を載せてもらっていた。新しくやってきた編集者と小説の話ができたのは、本当にいい思い出になったよ」
「……」
「ジュスティーヌがいなくなってから、だれかと話して心から楽しいと思えたのは、あのときが初めてだった。とても、ありがたかった」
「……」
船長、そんなふうに思ってくれていたんだ。
ちょっと嬉しいな、なんて思っていたのに、
「まさか、彼女がここまでついてくるとは思ってもみなかった」
「……」
すみませんね、勝手についてきちゃって。
ふてくされて目を逸らそうすると、船長は急に真剣な顔になって、
「だから、シーナにはジュスティーヌのことを話したいと思ったんだ。何かを劇的に変えてくれる気がしてね」
「……」
「これから先、きっとシーナの力が必要になるだろう。どんな力かは、まだわからないが、俺はシーナを信じている」
船長はそう言うと、立ち上がってわたしに右手を差し出した。
わたしも慌てて立ち上がり、差し出された手を力強く握り返した。
船長の手は大きくて、ほんのりと温かかった。
トンスイさんとレンゲさんが拍手してくれていて、エフクレフさんも渋々といった様子で手を叩いている。
その表情は、いつもより晴れやかだった。
……と、思う。
「シーナにも聴かせたいな……ジュスティーヌの歌声を」
椅子に座りなおしながら、船長がポツリと呟いた。
「わたしも、聴きたいです!」
その言葉に身を乗り出して答えると、船長は満足げに頷いていた。
船長と歌姫の物語……
ふたりが再会するところを、この目で見届けて、それを文章にしたい。
わたしに、書けるんだろうか……
いや、書けるかどうかじゃない。
わたしが書かなきゃいけないんだ。
だから、絶対に見つけなきゃ。
船長の大切な人、ジュスティーヌさんを……!
椅子に座り込んだわたしは、目を閉じて大きく深呼吸をした。
これから始まる、長い物語に思いを馳せながら。
第5章 おわり
これにて第2部(第2章〜第5章)完となります。ようやく「あらすじ」に書いた部分まで来ました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。感想などお寄せくださると嬉しいです。
第3部(第6章〜第10章)では、ついにシーナが歌姫の義母と出会い、歌姫の生い立ちを深く知ることになります。そこから、怒涛の展開が……!
第10章の終わりに、また皆様と出会えるよう、楽しく書き進めて参ります。
これからもどうぞご贔屓に!




