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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第1章「平和な国の作家志望、船長と出会う」
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第6話「びっくりさせてごめん」

 船長の原稿を香辛出版に届けてしまえば、わたしの今日の仕事は終了である。

 帰宅して家事をテキパキとこなし、ひとりの夕食を済ませて部屋にこもる。

 翌日は仕事が休みなので、わたしは夜遅くまで執筆を続けていた。


 船長のための、短編小説……

 さて、どうしよう。

 とある有名な歴史小説家が『小説を書くことは雲を掴むことよりも難しい』という言葉を残しているけれど、まさにその通りだなぁ……


「……むぅ」


 机に向かってはいるものの、なんのアイデアも降ってこないし湧いてこない。

 煮詰まったわたしは、居間でひと息入れることにした。


 わたしの部屋は2階の南側にある。

 1階に降りる前に、隣の部屋の前で立ち止まってみたけれど、残念ながら人の気配はなかった。


 今日も遅くまで稽古なんだねぇ、お疲れ様。

 4歳年下の妹であるマーサとこの家に住み始めてから、もうすぐ3年になる。

 実家も城下町の中にあるのにふたりで暮らしているのは、マーサの舞台の稽古場が実家から遠いからだ。


 どうしても帰りが遅くなるため、行き帰りのほうが稽古より疲れるということで、マーサは思い切って稽古場の近くに住むことにした。

 そんなマーサに便乗して、わたしも実家を出て一緒に暮らすことにしたのである。


 稽古場に近い家ということで決めたので、わたしの勤めている香辛出版からは少し離れているけれど、このほうが行き帰りにエスペーシア城の前を通ることになるので気に入っている。

 そして、ふたり暮しといってもマーサは舞台の本番が近くなると帰りも遅くなるので、わたしは家でひとりきりになることも多い。


 今日もわたしが帰宅したときには、家の中は水を打ったような静けさだった。

 それからしばらく部屋にこもっていたわけだけれど、部屋外からは人の気配は感じられなかった。

 もう夜も更けてしばらく経つのに、マーサはまだ帰ってきていないようだ。


 わたしが出勤する時間には部屋で爆睡しているし、わたしが家にいる時間帯は舞台の稽古に出かけているし……

 最近は、なんだかすれ違いが続いている。

 担当していた『月刊王室』が廃刊になったこと、新しい週刊誌の連載小説が素晴らしいこと……

 たくさん話したいことがあるのになぁ、と残念に思いながら階段を降り、居間のドアを開けると、


「あ、ただいま、シーナ。まだ起きてたんだ、珍しいね」


 テーブルに半額シールの付いたパンを山積みにしたマーサが、その中からあんぱんを選んで頬張っていた。

 わたしの髪より少し赤みがかったショートカットは、朝ついた寝ぐせが残っているのか内巻きになっている。

 いつも早寝のわたしを珍しがる藍色の瞳は母譲り、わたしの父譲りの紫の瞳とは似ているようで濃淡が全然違う。


 わたしより4つも歳下なのに、なんでも自分でやっちゃう大人っぽい雰囲気のせいか、年の差なんて感じない。

 いや、わたしが子どもっぽくてあまり姉らしくないというのもあるかもしれないけど。

 というか、帰ってきたなら部屋に挨拶ぐらいしてくれればいいのに。


「お、おかえり。全然気がつかなかった」

「シーナ、明日も仕事でしょう? 起こしたら困るかなと思って。まだ寝なくて大丈夫なの?」

「明日は休みだよ。担当だった『月刊王室』が廃刊になったからね」


 明るく言うことではないけれど、お休み前に夜更かしできる嬉しさで、ちょっと声が高くなってしまった。

 この嬉しさをマーサにも伝えたかったのだけれど、


「……は? え、は、廃刊……? じゃあシーナ、今何してるの? ひょっとして……仕事クビになった、とか……!?」


 わたしの言葉を聞いたマーサの手から、半額のあんぱんが滑り落ちた。

 あー、そうか、そうだよね。

 マーサ、びっくりさせてごめん。

 わたしは、順を追って昨日と今日の出来事を語った。


 担当していた『月刊王室』が廃刊になったこと。

 新しく担当になった『週刊さんぱんち』に連載されている小説と船長のこと。

 その小説の受け取り係に任命されたこと。

 そして、船長のためにちょっとした短編小説を書いていること。


 真夜中というのもあったかもしれない。

 話し続けているうちに、わたしのテンションは斜め上にかっ飛び続けていった。


「船長ってば、わたしのこと『お嬢さん』なんて呼ぶの! 最初はだれのことかわからなくて、すっごく驚いちゃった!」


 わたしが嬉々として語ると、マーサはあんぱんを食べながら飲んでいた牛乳を吹き出しそうになったらしく、盛大に咳き込んだ。


「ゲホゴホッ……し、シーナがお嬢さん? ぐふっ……聞き間違いでしょー? そんな『年頃の女の子』の対義語みたいな生活してるのに『お嬢さん』なんて」

「ヒドイなぁ、聞き間違いなんかじゃないよ! だってその後『お嬢さんじゃなくて名前で呼ぼう』って言われたし!」

「ふぅん、そっか。じゃあホントなんだねぇ……でもシーナってば『年頃の女の子の対義語』のほうは否定しないんだね」

「……」


 否定もなにも、そっちだってホントだから仕方ないじゃないのよ。

 というか、なんでそんなウマいこと、作家志望のわたしより早く言っちゃうかなぁ。

 なんてボヤきたいところだけど、そこはぐっと堪えて咳払い。

 わたしには、伝えたいことがあるのだから。


「それよりマーサ、聞いてよ。その船長の連載小説っていうのが、とんでもなく面白いの!」


 ニヤニヤしながらまたあんぱんをモグモグ食べ始めたマーサに、わたしはここぞとばかりに船長の小説の良さを力説した。

 美しい文章、ワクワクするストーリー、魅力的な登場人物……


「……そんなに?」


 わたしの熱弁にマーサは呆れているようで、あんぱんを食べる手が止まらない。

 ……まあ、いいや。

 それでも構わない。

 わたしは一度自分の部屋に戻り、机に置いていた『週刊さんぱんち』を持ってくると、船長の小説のページを広げてマーサに差し出した。


「時間があるときでいいから、読んでみて!」

「….…はいはい」


 マーサはというと、目の前に置かれた小説よりあんぱんの次に食べるパンのほうが大事らしく、テーブルに積み上げたパンの山を物色している。


 うーん……

 まあ、そんなものか。

 わたしだって、マーサの舞台の本番を観に行くのが面倒くさいときばっかりだし、これはお互い様ってやつだよね。


 ああ、そうだ。

 舞台といえば、マーサに嬉しいお知らせがあったんだ。


「今日ちょっとお城に寄ってきたんだけど、クミンちゃんが観に行けそうだって言ってたよ、マーサの舞台」

「え、まじで!? やったぁ!」


 パンの山から2個目のあんぱんを選んだらしいマーサは、わたしのお知らせにパッと真昼の太陽並みに瞳を輝かせた。


「今回は大きな劇場だから、お客さん大勢入れないといけないんだー。あたしも準主役級の役もらっちゃったから、張り切ってるの!」

「へぇ〜」

「シーナも、早く日にち決めてね。席埋まっちゃったら観られないんだからね」

「はーい」


 テンションの高いマーサとは正反対に、わたしの返事は雑になっていく。

 マーサには申し訳ないけど、インドア派のわたしは、こういうのがけっこう面倒くさいのだ。


 わたしたち姉妹は、仲が悪いわけじゃない。

 ただ、お互いに好きなことが違うだけ。

 自分の好きなことを相手に喋るだけで満足する、不思議な姉妹……

 でも、それでいい。

 この距離感がちょうどいいのだ。


 ふと壁掛け時計に目をやると、もう日付が変わってしばらく経っていた。


「じゃあ、もう寝るね。また明日」

「はーい、おやすみー」


 マーサは手にしたあんぱんの最後のひとくちを飲み込んで、居間を出るわたしに小さく手を振ってくれた。



つづく

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