第14話「絶好の出航日和です!」
「ところで……お嬢さんは、ソニード王国の人だそうね」
レンゲさんにニコニコと話しかけられて、私は自分が何も話していないことに気が付きました。
まずは自己紹介です。
「あ、えっと、ソニード王国から来ました! ジュスティーヌといいます! よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げると、頭上から華やかな声が降ってきました。
「よろしくね、ジュスティーヌちゃん……あら! ステキな髪飾り! よく似合っているわぁ!」
頭を下げたので、後頭部の髪飾りが見えたのでしょう。
顔を上げると、レンゲさんが満面の笑みを浮かべていました。
なんだか、こちらまでつられて笑顔になってしまいます。
大切な髪飾りですから、褒められたら嬉しいに決まっています!
「そ、そうですか……!」
「ええ! 可愛らしくって、とてもステキよ!」
可愛らしい……!
ステキ……!
顔を上げた私が思わずはにかむと、レンゲさんはうんうんと頷いて、
「それを選んでくれた人が、どれだけあなたを大切に思っているか、よくわかるわ」
「……」
私は、まだ何も言っていません。
どうして、髪飾りが贈り物だとわかったのでしょう……?
レンゲさんは、そんな私の疑問に答えるように、
「そういう髪飾りって、自分ではよく見えないところにつけるものでしょう? でもジュスティーヌちゃんは、とっても似合っていてステキな髪飾りをつけていたから……だれかが選んでくれたものなんだって、すぐにわかったの」
そう言って、ジークさんに「良いものを選んであげたのね」と微笑んでみせたのです。
突然、話が飛んできたジークさんへと視線を向けてみると……
レンゲさんには敵わないとでも言いたげに苦笑いを浮かべていました。
まるで、あの買い物をしているところにレンゲさんも一緒にいたかのような、不思議な感覚です。
と、そこへ。
「おおい、船長さん。おれたちは、これからどこへ行くんだい?」
会話が途切れるのを待っていた様子のトンスイさんが、テーブルに大きな地図を広げました。
私たちは、後ろで佇んでいたエフクレフさんも含めて、みんなで地図を覗き込みました。
海の上に浮かぶ、天使が羽を広げたような美しい形の大陸……
この大きさの地図では、私が住んでいるソニード王国城下町北部なんて、ただの点にも満たないようです。
みんなが思い思いの場所を覗き込む中で、ジークさんが口を開きました。
「ジュスティーヌ、どこに行きたい?」
「え?」
途惑う私を余所に、ほかの皆さんもなんだか乗り気のようで……
「ああ、いいわねぇ! ジュスティーヌちゃんに決めてもらいましょう!」
「おお、それがいい! 賛成だ!」
「……」
なんと……
この大事な航海の行き先を、船に乗るのも初めての私が決めることになってしまったのです。
★彡☆彡★彡
春先の風向きは、身体がカタイ人のY字バランスのように安定しないから、読むのが難しい。
そう教えてくれたのは、トンスイさんでした。
風向きが安定しない間は、まだ内海への航海は危険だということで、イスパーダ号は西大陸の内海沿岸を揺蕩っていました。
が、ただ揺蕩っているわけではありません。
『ジュスティーヌ、どこに行きたい?』
船長室という名の会議室のテーブルに置かれた世界地図を前に、ジークさんは木賊色の瞳をキラリと光らせて尋ねました。
一緒に地図を覗いていたトンスイさんとレンゲさんも、ニコニコと私を見つめています。
『……』
私は、ふと東大陸へと視線を向けました。
せっかく長期間の船旅になるのだから、遠い国に行ってみたいと思ったのです。
東大陸にも、大きな国はたくさんあって、その中にはトンスイさんとレンゲさんの出身国であるコシーナ王国もありました。
ああ、ここにしましょう、ちょうどコシーナ王国ってどんな国か気になっていたところ……
そう思った私の目に、その文字は飛び込んできたのです。
まるで、待ったをかけるように……
コシーナ王国の北東に位置する、この世界の中で唯一、国ではない地名。
プラデラ大平原。
『……ここに、行きたいです』
海に面していない内陸を指さすと、トンスイさんとレンゲさんは、もちろん目を丸くしていました。
けれども、ジークさんは満足そうに口角を上げて、
『わかった。行こう』
と、簡単に目的地をプラデラに決定してくれたのです。
まるで、最初から私がプラデラへ行きたいと言い出すことを知っていたかのように。
こうして決まった目的地ですが、そこからが大変でした。
先ほどのトンスイさんの話の通り、風向きが安定するまでイスパーダ号は西大陸の沿岸を揺蕩っているわけですが……
このときに船体を後退させ、船首の向きを変えなければいけないということになったのです。
ジークさんとトンスイさん、そしてエフクレフさんは、なんとポモさんが数人ほど残してくれた黒服隊の皆さんと協力して、船首の回転に取り掛かりました。
風向きに合わせて帆を広げたり畳んだり、船体を横から強風に煽られないように注意しながら南下を続けること丸3日……
セレアル侯国との国境付近にて、ようやくイスパーダ号は船首をプラデラの方角へと向けたのです!
甲板で様子を見守っていた私とレンゲさんは、船内から嬉しそうに出てきたジークさんを見て、何か言われる前にもう喝采を贈っていました。
太陽は東の空で眩しく輝き、暖かい春の風を甲板に運んでくれています。
今日は、絶好の出航日和です!
「よぉし! エフ! 錨を上げろぉーっ!」
「了解っ!」
トンスイさんとエフクレフさんが甲板を駆け回る中、船長であるジークさんの珍しく張り上げた声が甲板に響きます。
「目的地、東大陸プラデラ大平原! イスパーダ号、全速前進っ!!」
ついに、私の初めての船旅が始まったのです。
★彡☆彡★彡
船内での私の生活はというと……
母さまの店での生活と、あまり変わりませんでした。
決まった時間に起きてきて、食事の支度や船内の掃除をして日中を過ごし、夜は大きな休憩室でジークさんたちに歌を披露する日々。
違うところといえば……
仕事を手伝う相手が、母さまではなく料理長のレンゲさんになったこと。
歌の伴奏が、アルペジオさんのピアノからトンスイさんのギターになったこと。
……それぐらいです。
ギター伴奏の『いつでも歌が』は、ピアノ伴奏のものより歌声が目立ちます。
そのため、自分の歌の荒さがよくわかって、練習不足を痛感させられる日々です。
甲板の掃除や食事の支度も、私はついつい海の上にいることも忘れて、水を無駄遣いしてしまうことがよくあります。
レンゲさんはとても優しい方で、私が怒られるということはないのですが、逆にそれが私を尚更申し訳なくさせるのでした。
出港して5日が経ち、自分の至らなさに落ち込むこともある船での生活ですが……
それでも楽しく過ごせているのは、もちろんジークさんがいるからでした。
どんなに心が沈んでいても、ジークさんが私の歌を聴いてくれている……
休憩室の小さなステージに立ち、仄暗い部屋の中を見回せば、ステージから離れた席でウイスキーグラスを傾けているジークさんの姿が目に入ります。
エフクレフさんはいちばん後ろの席で、レンゲさんはいちばん前の席で、私の歌とトンスイさんのギターを聴いています。
まるで、母さまの店で歌っているかのような幸せな錯覚を味わいながら、私は歌い続けるのです。
今日も良い一日だったと思える、ステキな歌を届けるために。
そして、6日目も7日目も、船旅が終わるまでずっと、この生活が続いていくと思っていたのですが……
つづく




