第11話「ステキな船ですね!」
本屋の通りを抜けて、さらに大きな通りを左に曲がると……
下り坂の真下に、波立つ海が見えてきました。
潮騒の音、潮の香り……
あの日見た夕暮れの想い出が、頭をよぎります。
「あれが、レーカーの港だ。この世界で唯一、北向きに作られた港だから、風向きの影響で船の停泊が難しく、人も少ない」
「へぇ……」
坂を下りながら、ジークさんはレーカーの港について説明してくれました。
この世界では、半年に一度ずつ風向きが変わります。
風向きが確実に切り替わるのには多少時間はかかりますが、大体は……
春先から夏の終わりまでは、西大陸の南西から東大陸の北東へ抜ける風。
秋から冬の終わりまでは、その逆です。
そのため、内海に面した港町は季節によって賑わいの度合いが違うのですが、北向きの港レーカーは風の吹かない場所にあるため、普段は釣り人しかいない、もはや街でもないただの寂れた港なのだそうです。
「どうして、そんな場所に港が作られたのでしょう?」
「先代の国王の、そのまた先代の先代の頃からある港だということはわかっているんだが……残念ながら、記録は残っていないそうだ。ペルガミーノ王国じゃ、昨日食べた晩ご飯すら忘れている人が当たり前で、細かいことを気にしない国だから、仕方がないことなのかもしれないが」
「ああ、なるほど、お国柄ですか……」
坂を下りて港の中に入ると、至るところに釣り人が佇んでいて、釣り糸を垂らしているのが見えました。
なんというか、港というより釣り堀に見えなくもありません。
しかし。
「あっ……」
無駄に広い港の東側……
まだ高い場所からの太陽に照らされて、大きな帆船が鎮座していました。
雲間からのぞく太陽に、今にも届きそうにそびえる帆柱……
板張りの船体は年季が入っているのか、渋みのある海老茶色に染まっています。
私は船のことはあまり詳しくありませんが、この船がジークさんとともに長い年月を過ごしてきたことは、一目でわかりました。
「ステキな船ですね!」
私が身を乗り出して感想を述べると、ジークさんは苦笑いを浮かべました。
「ああ、ありがとう。もうかなりのボロ船で、その上だいぶ痛めつけてしまったから、あまり褒められる船ではないんだが……」
そういえば、ジークさんはソニード王国へ入国するために、ここで船を壊したと言っていました。
ぱっと見ただけでは、どこがボロボロなのかわかりませんが……
近づいて手で触れてみると、かなり木材がガサガサと荒れているのがわかります。
ほかにも、潮が引いているおかげで背伸びをして見える甲板にも、小さな穴がいくつかありました。
これは、かなりのボロ船というのも頷けます。
甲板の端には、簡易型の階段が取り付けられていて、私の頭と同じ高さの甲板から、人が楽に乗り降りできるようになっています。
ちょうどそのとき、船から見知った顔が降りてきました。
その人は、靴音を響かせて私たちのほうへと近づいてきて、私を一目見た後、後ろに控えていたジークさんにペコリと頭を下げました。
ジークさんは、大柄な彼に向かって、ほんの少しだけ口角を上げました。
「ご苦労だったな、エフクレフ。積み荷の手はずは済んだのか?」
「はい、船長の支度は整っています。あとは……」
エフクレフさんは大柄な身体を屈めて、私に視線を向けました。
まるで、何かを探しているような目の動き……
もしかして、と気がついたときには、もうジークさんが口を開いていました。
「ジュスティーヌの旅支度なら、もう少し待っていてくれ。そろそろ到着するはずだ」
そうなのです。
私は、大急ぎでソニード王国を飛び出してしまったので、手荷物が小さな旅行カバンひとつなのでした。
しかも、手に持っているのは常にジークさんです。
このままでは長旅はできそうにないと思いつつ、相談するにもなんだかわがままを言うようで申し訳なくて、しんみりと黙っていたのですが……
はてさて、いったい何がここに「到着する」というのでしょう……?
「……」
エフクレフさんはというと、ジークさんの言葉に対してむすっと眉間にシワを刻んでいました。
おそらく、
「もう少しって、どれくらいですか船長」
と、言いたいのでしょう。
もちろん、ジークさんにもそれは伝わっているようで、
「曖昧ですまない。風向きの関係で、見通しがつかないんだ」
そう言って苦笑いを浮かべるのでした。
風向きの、ということは、何かがこの港へと船で向かってきているようです。
いったい何がやってくるのでしょう。
私は、北の海へと視線を向けました。
太陽がようやく西に傾いてきたのか、海はうっすらと光を帯びて波が煌めいています。
視界を遮るものは何もなくて……
色合いの違う空の青と、決して混じり合うことのない海の青の水平線がどこまでも続いています。
潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ、そのときです。
「おおーい! みなさーん!!」
港の東側から、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
振り向いてみると、豆粒ほどの大きさの人影がこちらに走ってくるのが見えます。
その髪の毛は、トマトのように真っ赤な色をしていて……
「ポモさん!」
どう見ても、ポモさんです。
セレアル侯国のご令嬢が、どうしてこんな寂れた港にいるのでしょう……?
私が急いで駆け寄ると、ポモさんは息を切らしながらも、
「今……今、運ばせてますから……びっくりするくらい大きなカバン……! ジュスたんは愛されてますね!」
そう言って、ニコニコと微笑んでいます。
まさか……
私がだいたい何の話かわかってきたとき……
大きな旅行カバンを両手で抱えた男の人が、こちらにやって来るのが見えました。
旅行カバンがあまりに大きいので、男の人の顔はここからでは見えないほどです。
ああ、やっぱり。
見覚えのある旅行カバンです。
「あ、来た来た。ここに置いてくださーい」
男の人は、ポモさんが指さした場所に旅行カバンを丁寧に下ろすと、ポモさんの隣に背筋を伸ばして立ちました。
上下黒の背広に、黒のネクタイ、短く刈り込んだ黒い髪、そして四角縁の黒のサングラス。
大柄な感じはエフクレフさんと似ていますが、サングラスをしているせいか、エフクレフさんよりも感情の読みにくい人です。
ポモさんは男の人の顔を覗き込んで微笑むと、両手を可愛らしく胸の前で合わせました。
「どうもありがとです。もう戻ってていいですよー」
男の人は、ポモさんと私たちに深々と頭を下げると、そのまま来た道を戻っていきました。
遠ざかっていく大柄な背中に、ジークさんがぽつりと呟きました。
「黒服隊に手伝ってもらったのか。どうりで到着が早いわけだ」
「いえいえ、思ったよりかかってしまいました。なかなか風向きが読めなくて……内海に流されちゃうところだったんです。それをうちのイカスミ軍団が力尽くで船を漕いだり、沿岸に停泊させたり頑張ってくれたんですよ」
「なるほど。では、少し労ってこよう」
ジークさんはエフクレフさんに旅行カバンを積み込むよう指示すると、あの男の人を追いかけていってしまいました。
「ふふふ、これはイカスミたちも喜びますねぇ」
うんうんと頷くポモさんに、
「イカスミ……?」
と首を傾げてみせると、
「イカスミっていうのは、ボクの家の専属SPのことです! 今の人みたいなのが数十人ぐらいいて、家のこととか力仕事とか警備とか、頼めばなんでもやってくれるんです。見た目では区別がつかないので、ボクはまとめてイカスミたちって呼んでます!」
ポモさんはニコニコと説明してくれました。
つづく




