第4話「確か、南の国の……どこだったかしら」
「私は、全然怖くないですよ」
ぽつっと呟くと、むすっとしたエフクレフさんは私に怪訝な顔を向けてきました。
「何を言っているんだ」
って、言いたいんですよね。
「ただ怖く見えるってだけですもの。私はエフクレフさんの言いたいこと、顔を見ればわかりますから。何にも怖いことなんてありません」
「……」
私が微笑んでみせると、エフクレフさんはじっと私を見た後、ぷいっと顔を背けてしまいました。
その横顔には「余計なことを」と書いてあります。
すると、今まで成り行きを見守っていたジークさんが笑い出しました。
「ははは、エフクレフ、諦めろ。ジュスティーヌには、お前の考えていることは何もかもお見通しだ。俺と同じだな」
ジークさんと同じ……
ジークさんにも、エフクレフさんの言いたいことはお見通しのようです。
「ジュスティーヌ。無口なエフクレフの顔に出やすい性格を見抜いたのは、女の子では君が初めてだ」
ジークさんは、私に向かってにっこり笑ってみせました。
……なんだか、胸がドキドキしてきます。
嬉しさと、あとは懐かしさのせいでしょうか。
感動の追体験なんていうと、ちょっと格好つけすぎのような気もしますが、まさにその通りで、なんだか身体が火照ってきました。
「船長。先ほどから、お連れ様が店内でお待ちです」
エフクレフさんは、私に顔に出やすい性格を見破られたことがよほど悔しかったのでしょう。
まるで、物を放り投げるかのようなぶっきらぼうな口調で、私とジークさんを店内へ入るようにと手招きしていました。
けれども、ジークさんは中には入らず、窓から中を覗いています。
そして、私にも覗くように言って場所を空けてくれました。
「あのテーブル席に座っている女性が見えるか?」
頭上からの言葉に、見慣れない人影を確認した私はこくこくと頷きました。
するとジークさんは、
「実は……彼女のおかげで、またここへ戻ってくることができたんだ」
と、囁くように告げたのでした。
★彡☆彡★彡
母さまたちは、私が外へ出たのでジークさんの仮装をお開きにしたようです。
もう、こげ茶のロングコートとレンガ色のかつらは、どこにも見当たりません。
その代わり……
テーブル席にひとり、見慣れないお客さんが座っていました。
ここからでは後ろ姿しか見えないのですが、その印象は強烈でした。
それもそのはず……
その人の首元までのストレートヘアは、トマトのように真っ赤だったからです。
「それじゃあ、中に入ろう」
ジークさんに促されるまま、私はお店のドアを押し開けました。
扉に付いた小さな鈴が鳴って、常連客さんたちが振り向きます。
「ああ、ジュスティーヌ。会えたんだね、ヨカッタ」
母さまが私の後ろに立つジークさんに視線を走らせて、声をかけてきました。
しかも、これっぽっちも「よかった」なんて思ってない抑揚のない声。
ジークさんが半年ぶりに現れても、母さまはいつもの母さまのようです。
ほかの方々も、もうジークさんと挨拶し終えていたようで、再会できた私たちを微笑ましげに見つめてきます。
そのお客さんたちの中に、あの真っ赤な髪の女性もいらっしゃいました。
20代前半くらいの、ステキなお姉さんです。
上下揃いのパンツスーツは上品な薄茶色で、確か蕗色という色だったはずです。
真っ赤な髪は、首元までのストレート。
前髪は、眉毛の上で切り揃えられています。
にっこりと細められた常盤色の瞳は、ジークさんではなくて私を見つめていました。
そして、
「ジュスたん! 会いたかったですー!」
ステキなお姉さんは大声を上げると、そのまま駆け寄ってきて……
私をぎゅっと抱きしめたのです。
「……」
ほんのりバニラの香りのするお姉さんの肩越しに、驚く母さまや常連客の皆さんが見えます。
あわわ……
私は、いったい、どうしたら……
というかジュスたんって……
私のこと、でしょうか??
「ポモコ、嬉しいのはわかったから、そろそろジュスティーヌから離れなさい」
ジークさんの言葉とともに、私に抱きついてきたお姉さんは、すっと離れていきました。
離れはしたものの、ずーっとニコニコと私を見つめています。
「ジュスティーヌ、驚かせてしまってすまなかった。彼女の暮らしている国では、今のが一般的な挨拶なんだ」
挨拶……
そういえば、こういう挨拶も世界にはたくさんあるって本で読んだような。
確か、南の国の……どこだったかしら。
「ごめんなさい、ジュスたん。びっくりさせちゃいましたね」
ジークさんにポモコと呼ばれたお姉さんは、てへっと舌を出しています。
どうやら、ジュスたんというのは私のことみたいです。
そんな風に呼ばれたことがないので、少し恥ずかしいですが……
なんだか響きが可愛くて、嬉しくなってきました。
「ジュスティーヌ、こちらは……」
ジークさんが紹介しようとするのを遮って、お姉さんは私にぎこちなく一礼すると、
「ボクは、セレアル侯国出身のポモドーロといいます。ジークさんとエフさんはポモコって呼ぶけど、ジュスたんは気軽にポモって呼んでくださいね!」
そう言って、にっこり微笑みました。
セレアル侯国……
天使の背中西大陸の北東から南半分を領土とする、西大陸最大の侯国です。
小国の、しかも内陸国のソニード王国とは、間に大国ムーシカ王国を挟んで離れている国なので、挨拶も含めてあまり情報もありませんが……
いったい何がどうして、セレアル侯国の方が私に「会いたかったですー!」となるのでしょう??
そんな私の疑問を察したのか、お酒でご機嫌になったリットさんが軽やかに教えてくれました。
「じゅっちゃん! このポモさんっちゅうお嬢さんは、ポモドーロ・カペリーニ嬢といって、セレアル侯国第7侯爵家のご令嬢なんだそうだよ!」
先にポモさんからお話を聞いていたのでしょう、ほかの方々もうんうんと頷いています。
なかでも、小物屋さんのフェルマータさんは身を乗り出す勢いです。
「良いわねぇ。侯爵家のご令嬢なら、何でも好きなことができて、何でも好きなものが手に入ったりするんでしょう?」
その質問に、ポモさんは一瞬困ったような顔をしましたが、すぐにクスッと笑って、
「まぁ、そうですねぇ……今までやりたいことは、けっこうさせてもらいましたし、大抵のものは頼めば何でも手元に届けてもらえますよ。それで満足できなくても、お買い物だって自由自在です。でも……」
「自分自身に自由がない。そうだろう?」
だんだんと歯切れの悪くなるポモさんの代わりに、ジークさんが口を開きました。
「どこに行くにもお付きの者がついてくる。侯爵が許した場所にしか立ち入ることができない。ポモコの家は、7つある侯爵家の中でも一、二を争う厳しい家なんだ」
「あら、そうだったの……ごめんなさい、勝手なこと言って羨んだりして」
フェルマータさんは困ったように頭を下げましたが、ポモさんは首を振ってにこっと笑いました。
「いえいえ、気にしていませんよー。ボクが侯爵令嬢で、自由に行動できなかったおかげで、ジークさんに会えたわけですから。ボク、生まれて初めて侯爵令嬢で良かったって思ったんです。それに」
ポモさんはそこで言葉を区切ると、私に片目をつむってみせました。
「ジークさんに会えたおかげで、こうしてジュスたんや皆さんにも会えたんですから! ボク、本当に嬉しくてたまらないんですから!」
実は……彼女のおかげで、またここへ戻ってくることができたんだ。
先ほどのジークさんの言葉の意味が、ようやくわかるときが来たようです。
つづく




