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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第4章「歌姫の物語〜初春」
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第3話「どうやら、本物のようです」

「きゃっ……!」


 私は、曲がり角から現れた人影に、盛大に体当たりを喰らわせてしまいました。

 人影は背が高くて、私が体当たりをお見舞いした場所も顔ではなく、胸元のあたりだったようです。

 なので、ぶつかった私が逆に弾かれてしまい、足がもつれて転びそうになってしまったのですが……


「お……っと……」


 人影さんが咄嗟に腕をつかんでくれました。

 その途端……

 私は、強い既視感に襲われたのです。

 この腕のつかみ方……

 優しいけれど力強くて、それでいて安心できるような……

 でも、いったいいつ、どこで……?

 記憶の海に潜りこんでいると、頭上から声が降ってきました。


「……ジュスティーヌ?」

「……」


 息が、止まるかと、思いました。

 この声にまた名前を呼ばれたいと、何度思ったことでしょう。

 まさか……

 いや、でも……

 そんなはず、ない。

 あの人はもう、ここへは来ないのだから。


 なんてひどい幻聴……

 母さまにもう大丈夫そうだと言われてから、それほど経っていないのに。

 全然、大丈夫なんかじゃありませんでした。

 ぶつかってしまったことを謝って、早くここから立ち去ろうと思った、そのとき。


「ああ、やっぱり……こんばんは、ジュスティーヌ」

「……」


 まさか、とは思いつつも、私はなかなか顔を上げられずにいました。

 私の腕をつかむ、がっしりとした大きな手……

 その先の、鳶色の袖口とこげ茶のロングコート。

 目線を上げると、胸元に光る黒紫色のブローチのボウタイが視界に入ってきました。

 アッチェレの店から出てきた、あの人の格好をしただれかでしょうか。

 別人だったときにがっかりしたくなくて、私は心にバリケードを立てていました。


 本物なわけがない……

 本物が、こんなところにいるはず、ないんだから……っ!

 しかし……

 雲間から三日月が顔を出した、その瞬間。

 木賊色の瞳が、月明りを帯びて瞬いたのです。


「ジーク、さん……」


 あの人の名前が、思わず口をついて出ていました。

 どうやら、本物のようです。


「久しぶりだな」

「は、はい……」


 ふっと口角を上げて小さく微笑むジークさんに、私は何と応えたらいいのかわからず、ただポカンとしていました。

 目の前にいるのは、確かにジークさんだというのに。

 半年間、ずっと会いたくてたまらなかった人……

 それなのに、いざとなると何も言えなくなるなんて。


「……どうした?」


 私が身動きひとつしないからでしょう、ジークさんは訝しんで私の顔を覗き込みました。


「え、えっと、あの……」


 私は、本物の証である木賊色の瞳に向かって、一言一言を絞り出していきました。


「信じ、られないんです。なんだか、まだ夢を見ているみたいで、実感がわかなくて……ジークさんが、目の前にいるのに」

「もちろん、本物だ。証拠もある」


 ジークさんは、私を安心させたいのか、胸ポケットから二つ折りになった小さな紙きれを取り出しました。

 開いてみると、そこから……


「これを、ずっと手元に置いていた。ジュスティーヌのことを、忘れないために」


 金糸雀色の薔薇の、花びらが1枚……


「花は枯れてしまったが、花びらだけは押し花にして残しておいたんだ」


 あの日、たまたま目に入ったから手渡した、金糸雀色の薔薇の花。

 あれから半年も経っているのに、花びら1枚だけになっても手元に残してくれていた……


「大事に、してくれていたんですね……」


 私の言葉に、ジークさんは大きく頷いて、また紙きれを折りたたむと、胸ポケットにしまい込みました。

 そんなジークさんが、ぼやけて見えます。

 ようやく、目の前の人物が私の想像の産物ではないと実感できたようです。


「また、君の歌を聴かせてくれないか」


 穏やかなジークさんの声に、私は唇をぎゅっと引き結んで頷いていました。

 夜風がジークさんのロングコートをはためかせていきます。

 あの日と同じように。



★彡☆彡★彡



 母さまの店へ帰る道々、ひとつの疑問が浮かんできました。

 ジークさんは、どうしてソニード王国にいるのでしょう?

 確か母さまの手紙には、ソニード王国への入国も、私に会うことも禁じられているという話だったはずです。


「ああ、それは店の中で説明しよう。ジュスティーヌや、アッチェレに会わせたい人もいるから」


 私の質問に、ジークさんはクスッと笑って答えをはぐらかしてしまいました。

 答えは、ともかくとして……

 私に会わせたい人って??

 ……考えても、疑問符が出てくるばかりです。

 夜半の風は身に染みて冷たく、大通り沿いの建物からはすっかり灯が消えていました。

 おかげで、母さまの店から漏れる明かりがよく見えます。

 中から聞こえてくる騒がしい声は、おそらくアッラルさん。

 お酒の飲みすぎでしょうか、若干声が枯れ


「船長」

「ひゃっ!?」


 突然、店の陰から大きな人影がぬっと現れました。

 そのあまりの気配のなさに、私は飛び上がって思わずジークさんの腕をつかんでいました。

 い、いったいいつからそこに……?

 こんなに大柄な人なら、遠くからでもすぐに気がつきそうなものなのに……


「エフクレフ、その気配を消す特技はもう必要ない」


 私の驚きが腕越しに伝わったのでしょうか……

 ジークさんは、突然現れた人影を窘めるように声をかけました。

 その大柄な人影は、ジークさんの言葉に俯いていましたが、背が高いせいか見上げていた私と目が合いました。

 あっ。


「あのときの……!」


 なんと彼は、私にジークさんからの手紙を渡した後に忽然と姿を消した、あの大柄な男の人でした。

 男の人は、あのときと同じ仏頂面で私に目礼してみせました。

 それを見ていたジークさんが口を開きます。


「こいつは、エフクレフ。長年俺の下で働いてくれている信頼できる奴だ。俺がいない間、ジュスティーヌの身に何か起こってはいけないと思って見張りに付けていた」


 ジークさんに紹介された大柄な男の人エフクレフさんは、私をじっと見つめて不思議そうな顔をしています。


「あのとき会った子よりも、化粧が濃いな」


 とでも言いたげな……

 まあ、私の想像にすぎませんが。


「実は、エフクレフは常にアッチェレの店の近くにいてジュスティーヌを見守っていたんだが、気がついていたか?」

「……え?」


 なんですって?

 得意げに説明するジークさんに、私は首を傾げるしかありませんでした。

 だって、こんな大きな人が近くにいたら、すぐにわかるはずですから。

 そんな私の反応に満足したらしいジークさんは、


「いついかなるときでも、自分の気配を消すことができる……エフクレフの特技なんだ」


 そう言って笑うと、自分より少しだけ身長の高いエフクレフさんの肩に、ぽんっと手を置きました。

 エフクレフさんは、そんなジークさんを見下ろしていたかと思うと、ほんの少しだけ、見ていなければ気がつかないくらい僅かに口元を緩めました。

 やっぱり……

 この人、自分の気持ちが思ったより顔に出やすい人なんだわ。


「エフクレフさん、ジークさんに褒められて嬉しそう……」


 意外と表情豊からしいエフクレフさんを見ていたら、ついつい口からぽろっと思っていたことが出てしまいました。

 これでは、顔に出やすいエフクレフさんのことを笑えないなぁと思っていたら、ジークさんがほぅと感嘆の息を漏らしたのが聞こえました。


「これは珍しい。普通の女の子は、エフクレフの仏頂面を見ると逃げ」

「船長」

「あぁ、すまん。逃げるは言い過ぎか。でも、人好きのする顔じゃないのは確かだろう?」

「……」


 エフクレフさんは、まだ「納得しかねる」といった表情でむすっとしています。

 おそらく、この顔が女の子の逃げ出してしまう顔なのでしょう。



つづく

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