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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第1章「平和な国の作家志望、船長と出会う」
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第4話「船長って呼んでもいいですか!?」

 ポモさんは窓の下にある石段にちょこんと腰掛けると、わたしにも隣に座るよう促した。


「いつもここに座って、ジークさんとエフさんのことを待ってるんです。シーナたんも、ぜひ」


 言われるがまま、少し硬い石段にちんまり腰掛けると、ポモさんは心底嬉しそうに微笑んだ。

 ……なんだか、初めて同年代の友人ができた、みたいな笑顔だ。

 しかし。


「……」


 その笑顔とは裏腹に、ポモさんはそれから一言も話してはくれなかった。

 今にも鼻歌を歌い出しそうに身体を左右に揺らしている。


 ……気まずい。

 ここは、わたしから何か話しかけたほうがいいのだろうか……


 あ、そういえば、ポモさんはジークさんとエフクレフさんと親しいようだけど、


『いつもここに座って、ジークさんとエフさんのことを待ってるんです』


 クミンちゃんが教えてくれた「ジークさんの呼び方」では呼ばないらしい。

 どうしてだろう。

 話しかけないと気まずいままだし、いい機会だから、ちょっと質問してみよう。


「あの……ポモさんは、ジークさんのことを船長って呼ばないんですか?」


 尋ねてみると、ゆらゆらと揺れていたポモさんは首を傾げて「う〜ん、そうですねぇ……」と少し考えてから、


「ボクの家には、船長さんがたくさんいるから、ジークさんのことはジークさんって呼んでるんですよー」


 と、歌うように教えてくれた。


 船長さんがたくさんいる……?

 うーん、ポモさんは船乗りさんなのだろうか?


 またゆらゆらと揺れながら、大通りを見つめているポモさんをちらりと観察してみる。


 変わった名前に、変わった髪色……

 この国の人ではなさそうだ。

 けっこう小柄で、わたしと同じ背丈だけど、歳上かどうかはわからない。


 そして、醸し出される雰囲気は、なぜかエスペーシア城に住んでいらっしゃるターメリック王子様によく似ていた。


 そういえば、仕事が変わると知らされた後、クミンちゃんには会えたけれど、ターメリック王子様やお世話になったパンデロー君には挨拶もできてないなぁ。

 今度、菓子折りでも持って行こうかな。

 例えば……

 トマトを使ったお菓子、とか。


 目の端にチラつくポモさんの真っ赤な髪のせいか、そんなことを考えていると、


「あっ!」


 突然ポモさんが立ち上がり、そのトマトのような髪の毛がふわっと揺れた。


「ジークさーん! エフさーん!」


 嬉しそうに手を振るポモさんの向こうに、人影が2つ見えた。

 少し日が陰ってきたのか、ポモさんが来たときよりは、通りの向こうがよく見える。


 目を凝らすと、スラリとした男の人が、先に立って歩いてくるのが見えた。


 ふわふわの髪の毛は煉瓦色(れんがいろ)で、ちらりと見えた瞳は木賊色(とくさいろ) 。

 軽く羽織っている、焦げ茶のロングコートがとてもオシャレだ。


「ポモコ、来ていたのか」


 こちらまで歩いてきた男の人は、木賊色の瞳で優しくポモさんを見下ろしている。

 よく通る声は若干渋めで、貫禄のある顔から、わたしより10は歳上に違いない……はっ!

 わたしってば、じーっと観察して、しかもなんだか失礼なことを……!


「ジークさん、こんにちはー。こちら、シーナたんです」


 ポモさんがサクッと軽く紹介してくれたので、わたしはアワアワとカバンの中から名刺を出した。


「こんにちは、ジークさん。わたしは、香辛出版のシーナと申します。今週からジークさんの原稿受け取り係に任命されました。よろしくお願いします」


 実はこの挨拶、今日の朝から妹のマーサに煙たがられつつも必死に練習していたもので、噛まずに言えてよかったと、わたしは内心ほっとしていた。


 それにしても……

 と、ちらりとジークさんの様子を伺う。

 木賊色の瞳は、まっすぐわたしの名刺を見つめていた。


 この人が、あのとてもステキな小説を書いているんだ……!

 目の前にいるってだけで、なんだか緊張する……!


「……なるほど。担当が代わるとは聞いていたが、こんな可愛らしいお嬢さんが来るとは思わなかったな」


 ジークさんは、名刺とわたしの顔を見比べていたけれど、そこで顔を上げて涼やかに微笑んだ。


 お、おおお嬢さん……?

 わたしが……?

 しかも可愛らしいって!


「……どうした?」


 ぽかーんとしていたせいか、ジークさんは心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。

 木賊色の瞳と目が合う。

 ……息が止まるかと思った。


「す、すみませんっ……お、お嬢さんなんて呼ばれたことなかったので驚いてしまって……あ、可愛らしいっていうのも」

「なんだ、そういうことか。これは失礼。名刺をもらったのだから、ちゃんと名前で呼ぼう。よろしく、シーナ」

「よっ、よろしくお願いしますっ!」


 名前呼んでもらっちゃったー!

 なんて、興奮して上ずった声で応えると、


「船長」


 ジークさんの後ろから、背が高くて大柄で、胸板の厚い男の人が現れた。

 黒い瞳には若干の苛立たしさが滲み出でいて、なんだかとっても怖い顔だ。

 おそらくこの人がクミンちゃんの言っていた、エフクレフさんというジークさんの相棒なのだろう。


「どうした?」


 ジークさんが尋ねても、彼はムスッとするだけで答えない。

 ジークさんは彼のそんな態度に慣れっこらしく、構わず「シーナ」とわたしに話しかけた。


「シーナも、俺のことは好きなように呼んでくれて構わない。まあ、できることなら船長と呼んでくれるとありがたいな」

「……」


 船長って呼んでもいいですか!?


 って聞こうと思っていたのに、なんと先を越されてしまった。

 これは、こちらとしてもありがたい!


「はい! 喜んで!」


 あまりに嬉しかったので、なんだか注文を受けた居酒屋の店員さんみたくなってしまった。


 しかし、ジークさん……いや、船長は気にすることなく楽しそうに笑っている。

 そして、隣りに佇むエフクレフさんに目配せしてみせた。

 それはまるで「これでいいんだろう?」と言いたげな仕草だった。


 初対面のわたしには到底わからない、ふたりだけの何かが、そこにはあった。


「それじゃあ、改めまして……よろしく、シーナ」


 目の前に差し出された手を、わたしはしっかりと握りしめた。


「こちらこそ……よろしくお願いします、船長」


 大きな手だった。


 どんなに辛いこと、悲しいことが起こっても、優しく背中を叩いてくれるような大きな手。

 握っているだけなのに、大丈夫だよと言われているような気がしてくる。


「あっ!!」


 そのとき、成り行きを見守っていたポモさんが突然大声を上げたので、わたしは驚いて船長の手を離してしまった。

 船長とエフクレフさんも目を見開いている。


「ど、どうしたポモコ」

「予定の順番、間違えてました。ジークさんに会う前に、お買い物に行くんでした」

「それなら、エフクレフを連れていくといい。気をつけて」

「はーい」


 船長の言葉を背中に受けつつ、ポモさんはエフクレフさんと一緒に大通りへと歩いていった。

 そんなふたりを見送っていた船長は、くるっとわたしに向き直ると、


「原稿なんだが、手直ししたいところが残っているんだ。時間を貰えるだろうか」

「はい! どうぞ! わたしが早く来てしまっただけなので! というか、時間ならまだまだありますから、どうぞお気の済むまで直してください!」


 船長の申し訳なさそうな顔に、わたしはつい早口になってしまった。

 それでも船長は「そうか、ありがとう」と安心したように隠れ家の扉を開けた。


 外で待っていようと立ったままでいると、船長は中に入って振り向き、


「嫌じゃなければ、どうぞ中へ」


 と、困ったように笑った。


 嫌なわけない!


 わたしは、紳士な振る舞いの船長に「お邪魔します!」と声をかけて、隠れ家へと入れてもらったのだった。



つづく

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