第2話「流れ星!」
「ああ、やっぱりよく似合うねぇ……そのイヤリング、とっても軽いだろう?」
母さまの言葉に、私はこくこくと頷きました。
すると、
「重たそうに見えるものほど、軽くて耳に負担がかからないようにできているそうだよ。フェルマータさんが言ってた」
母さまは、あの嵐のようなフェルマータさんの言葉を教えてくれました。
なるほど、オシャレが大好きでこれまでいろいろなイヤリングを見て触ってきたであろうフェルマータさんの言葉は深いです。
「これ、母さまがフェルマータさんのお店で?」
「選んだのはフェルマータさんだけどね。ジュスティーヌの髪の色なら、青もいいけど緑もよく似合うだろうって。あの殿方の目の色に似てるわねぇなんて、余計なことも言ってたよ」
「え、ジークさんの目の色に……?」
そうかしら……
私は鏡に映る翡翠のイヤリングを、穴が開くほどじーっと見つめました。
「うーん、確かに似ているけれど……でも、ジークさんの目の色は木賊色よ。もっと緑色が濃くて、茶色がかっているの。どんな宝石にも負けないくらい、澄んでいてキレイで……あっ!」
大変!
私ってば、勢い余って酷いこと言っちゃった!
「違うの母さま! イヤリングが気に入っていないわけじゃなくて……! ごめんなさいっ!」
「あはは! そんなに謝らないでおくれよ! 気にしちゃいないし、あいつの目の色なんて全然覚えちゃいないんだから!」
母さまは、頭を下げた私を前に盛大に笑うと、
「でも、安心したよ」
そう言って、ふっと優しい目になりました。
「安心……?」
「あいつのことを、そうやって元気に話せるようになったってことは、もう大丈夫なんじゃないかい?」
「……」
確かに、母さまの言う通りでした。
私の冷たく凍っていた心は、いつの間にか温かいものに変わっていたようです。
もう、ジークさんのことを考えても、だれかにジークさんのことを話しても、涙で何も見えなくなることは、ないのかもしれません。
「さて、そろそろだね」
母さまは壁掛け時計を見上げると、ステージ裏へと入っていきました。
そして、ひょこっと顔を覗かせると、
「準備万端、あとは主役を待つばかり、だってさ」
と、私にステージへ出るよう合図をくれました。
さてさて、いったいどんなパーティーなのでしょう。
いろんなご馳走があるはず……
私の大好きなチーズケーキ、あるといいなぁ。
そんな期待に胸を膨らませた私がステージに立った途端……
盛大にクラッカーが鳴り響きました。
「ジュスティーヌ! お誕生日おめでとう!」
店内には、至るところに大きなランプが置かれ、まるで昼間のような明るさです。
テーブルを並べて広くしたところには、これでもかという量のご馳走が並んでいます。
鶏の唐揚げ、ミモザサラダ、ハンバーグ……
ナポリタンにオムレツ、ミートボール、ソーセージ……
全部美味しそう! もう全部食べるっ!
食べ過ぎた後のことなんか考えないで食べ尽くすわっ!!
そこら中に漂う美味しい香りに、私は大きく深呼吸しました。
……そうして目を閉じていたせいでしょう。
残念ながら、私は皆さんの期待を裏切ってしまったみたいです。
「なんだい、じゅっちゃん。花より団子ってやつかい」
「……?」
常連客リットさんの言葉に、私は目を開けて……
とんでもないことが起こっていることに、ようやく気がついたのでした。
「えっ……えぇっ!?」
「遅いよジュスティーヌ! この格好、けっこう暑いんだからね!」
アッラルさんの怒ったような、それでいてあたたかい言葉……
私は、集まってくれた人たちの格好を見て呆然としていました。
リットさんやアッラルさんはもちろん、バーテンダーのコーダさん、ピアニストのアルペジオさん、そして小物屋さんのフェルマータさんまでもが、みんな同じ格好をしていたのです。
レンガ色のフワフワのかつらをかぶり、鳶色の上下に黒紫色のブローチのボウタイ、そしてこげ茶のロングコート……!
「ジュスティーヌへのプレゼントなら、これしかないだろうって……もうだれが言い出したのかも忘れちまったけど、こんなことになっちまったよ。あはは」
「じゅっちゃん、本物じゃなくてごめんなぁ」
ロングコートを無理やり腕まくりしているアッラルさんと、かつらが大きすぎて今にも顔が埋まってしまいそうなリットさんが、ステージの下から手を振っているのが見えます。
私の背後にいた母さまは、
「あたしは本物至上主義だからね、こんなプレゼントはもらうのもあげるのも嫌だから、イヤリングにしたんだよ」
そう囁くと、ステージ脇の階段から下へ降りて、
「ほら、偽ジークども! とっとと今日の主役にご馳走を取り分けな!」
と、手を打ち鳴らしました。
なんだか海賊団の女親分みたいですが、母さまはまんざらでもなく、むしろ私より楽しそうです。
おかげで、ステージから降りた私の前には、あっという間にご馳走が山と積まれていきました。
「この形のいい唐揚げが、あたしの揚げたほうだよ」
「違う違う! 姉さんのはこっちの歪なほう! それはあたしの揚げたやつ!」
「ええっと……どちらも変わりなく美味しそうだけど……?」
「そりゃあそうさ、どっちもわしが揚げた唐揚げだからねぇ。お前さんたち姉妹のは焦げてたから、わしが食べておいたよ」
「……」
「ほれ、じゅっちゃん。わしの揚げた唐揚げをおあがり」
お料理上手なリットさんの逸品をもらった後で、常連客の皆さんも思い思いに料理を取り分けて……
全員に飲み物が行き渡ったところで、乾杯の音頭を取るらしいリットさんが白ワインの入ったグラスを高々と掲げました。
「え~、それでは、簡潔に……じゅっちゃんの18歳のお誕生日に、カンパーイ!」
カンパーイ、とグラスを合わせ、私は注いでもらった白ワインを一口飲みました。
初めての白ワインはいい香りがして、でも酸っぱくてほろ苦くて……
大人の味がしました。
★彡☆彡★彡
酔いを醒まそうと店の外へ出た頃には、もうすっかり夜は更けていました。
灯りの漏れる店から少し離れただけで、満天の星空が広がっているのが見えます。
春が近いとはいえ、まだまだ冷え込む日は続いていて……
はぁっと息を吐けば、煙突の煙のように白い雲が、たなびいて闇夜へと消えていきました。
頭がぼんやりして、ドキドキして、手のひらが熱くて……
少し、飲みすぎてしまったようです。
ちょっと外の空気を吸って来ようと、私はひとり、店を出たのでした。
大通りに人影はなく、私はすぐそこの角まで夜空を眺めながら歩くことにしました。
近くを流れる川のせせらぎと、私のヒールの音が耳に心地よく響きます。
まだ雪の匂いが残る中、私は夜空に目を細めました。
星や星座について私はまったく詳しくないので、いちばん明るく輝いている星の名前も知りません。
ただ、キレイだなぁと思いながら、コツコツと歩いていきます。
ああ、まるで絨毯みたい……
この上を歩いているような気さえしてくるわ……
と、そのとき。
視界の端のほうで、星空が瞬きました。
その方向に目を凝らすと、ほんの刹那、星が南西へ向かって尾を引いているのが見えました。
「流れ星!」
私は通りの真ん中で足を止めて、しばらく夜空に見入っていました。
もう一度、流れないかな……
そうしたら、願い事を3回唱えるだけでいいのに。
だって、もう内容は決まっているんだから……
「……」
残念ながら、その場では星は流れず……
私は場所を変えようと、夜空を眺めながら歩き始めました。
大通りは相変わらず人気がありませんでしたが、人のいる気配に気がついたときには、もう手遅れでした。
つづく




