第12話「でも、それが嬉しい!」
ジークさんの後ろ姿を見ながら、フェルマータさんが感嘆の声を上げました。
「まあーっ! 店の奥で着替えるから、外に出る必要なんてないのに! 律儀な人だこと! うちのおとーさんに似て、いい男じゃないのぉ!」
フェルマータさんの平手打ちが命中し、私の背中はパァンという小気味良い音を立ててジンジンと火照り始めました……いてて。
でも、なぜでしょう……
自分が褒められたわけでもないのに、誇らしく思えてきます。
「ああ、そうだ! ついでにさっきの髪飾りで髪もまとめて、あの方に見てもらいましょう!」
フェルマータさんは私を店奥の小部屋にいざなうと、テキパキとスズランドレスを着せてくれました。
ドレスを着せてもらいながら私は、これはひとりで着られるものなのかしらと、少し不安に思っていました。
けれども、フェルマータさんが手にしている腰のベルトは、どうやら後ろ手で簡単に付けられるもののようで、これならひとりでも楽に着られそうです。
……なんだか、ワクワクしてきました。
「あら、丈も腰回りもピッタリ……お腹は? きつくない?」
「はい! 問題ないです!」
私がハキハキ返事をすると、フェルマータさんは「よかったよかった」と頷きました。
「それじゃあ、ちょっと胸回りを調整させてちょうだいね。ひとりで着ても、形が崩れないようにしてあげるから」
フェルマータさんが私の肩のあたりを、何やらガサガサとしています。
何をしているのか、いったいどんな魔法を使っているのか……
気になるものの、上を向いていないといけないようで、何をされているのかは見えません。
うーん、残念。
「……」
珍しく、無言の時間が流れています。
フェルマータさんは、かなり集中しているようです。
壁に掛けられた鳩時計の規則正しく時を刻む音だけが、宝石箱のような店内に響いています。
店奥から漂う甘い香りは、フェルマータさんのお家のお菓子か、それとも窓から入ってくる別のお家のものか……
思わず、目を閉じて深呼吸をしてしまいました。
もうすっかり、お茶の時間のようです。
早いなあ……
あとどれくらい、ジークさんと一緒にいられるのかな……
そんなことを考えながら、しばらく経った頃、
「はい! できたよ! あらまあステキ! あたしの若い頃より、断然似合ってるわぁ! 可愛らしいわねぇ!」
今まで黙っていた分の勢いそのまま、フェルマータさんは声を張り上げました。
「鏡、鏡……と思ったけど、髪も先にやっちゃいましょう! もっともっと可愛くなるわぁ!」
フェルマータさんは嬉々として私の三つ編みをほどき、ブラシでとかしてくれました。
そして、慣れた手つきでクルクルとまとめ上げると、あの美しい髪飾りをすっと差し込んでくれました。
なんの力も入れず、それはもう、ケーキの飾りつけをするみたいに、優しく優しく……
「え……? あれ、ちゃんと留まってる……!」
いつも櫛をぎゅうぎゅうと押し込んでも髪がまとまらず、何本も櫛を壊してきた私は、思わぬ出来事に声を上げていました。
すると、フェルマータさんは、よくあることなのか大きく頷いて、
「良い櫛はね、あんまり力を入れなくてもキレイにまとめ髪ができるのよ。逆に力を入れすぎると、バキッと壊れちゃうの」
よくある失敗なのよねえ、と私を見つめて目を細めています。
「へぇ、そうなんですね……」
とても良いことを教わりました。
おかげで、この髪飾りは長持ちしそうです。
やった!
って、待って待って!
私ってば、せっかくのキレイな髪飾りを壊す気満々だったの!?
「ええっと、確かこの辺に全身鏡が……あった! ほら見てごらん! 似合ってて可愛いでしょう!」
ホクホクと嬉しそうなフェルマータさんによって、壁際の洗濯物だまりに埋まっていた全身鏡が掘り出され、私の目の前に立てかけられました。
鏡の中には、
「……」
私の知らない私が、ポカンとした顔で突っ立っていまいた。
真っ赤なドレスに金髪がよく映えて、合わせ鏡にしてもらった小さな鏡の中で、髪飾りもキラキラと際立って輝いてみえます。
『やっぱり、ジュスティーヌには明るい色が似合うと思うわ……あなたは、もっと可愛らしい恰好をしたほうがいいと思うの』
大地震があった日にカンタービレ先生がおっしゃっていたことを思い出しました。
先生には、ここに映る私の知らない私が、すでに見えていらしたのかもしれません。
「大人っぽい恰好もいいけど、年相応の可愛らしい恰好は今しかできないもんだからねぇ。ジュスティーヌは可愛いのが似合うんだから、もっと着こなせるはずだよ。大人っぽいのは、そのうちイヤでも着られるようになるんだから」
フェルマータさんの言葉は、自分が洋梨体型になったこともあって(ごめんなさい)、なんだかとっても説得力のあるものでした。
鏡の前で回ってみると、スカートがひらりと揺れて、髪飾りが午後の陽光を浴びて煌めきました。
この色が似合うと言ってくれたジークさんには、いくら感謝してもしきれません。
「さて! ぜひあの人にも見てもらわなくちゃ! えーっと……?」
「ジークさん、です」
「そうそう! ジークさん! ジークさーーーん!! 終わったわーっ! どうぞ入ってーっ!」
フェルマータさんは、私よりも嬉しそうに勢いよく店先へと出ていきました。
しばらくして、入り口の鈴がけたたましく鳴り響き、
「ほら、ジュスティーヌ! こっちにいらっしゃいな!」
私は、フェルマータさんの甲高い声に呼ばれて店内へと顔を出しました。
「ほらほら! 見て見て! 可愛いでしょう!? きっとステージでは、ライトを浴びてもっともっと輝いてみえるはずよ! 今日も歌うんでしょう? あたしもアッチェレの店に行こうかしらねぇ~」
店内へぎゅうぎゅうと押し込まれたジークさんは、まだ続いているフェルマータさんのお喋りにも動じることなく、私をじっと見つめていました。
ただ、言葉もなく、じっと……
私ではなく髪飾りやドレスを見ているんだろうけど……
やっぱり胸がドキドキしてきます。
「ど、どうですか……?」
フェルマータさんのお喋りの中、小声で尋ねると、
「……確かに、よく、似合う……と、思う」
「……」
ジークさんのぽつりと呟いた言葉は、喋り続けるフェルマータさんの声の間を縫うようにして、私の耳へと届きました。
よく、似合う……
……
「ん? ジークさん、何か言った?」
喋り続けていたフェルマータさんが何かを察知して尋ねましたが、ジークさんは「い、いや……」と、口ごもって俯いてしまいました。
耳が朱色に染まっています。
よく似合う……
ジークさんが絞り出してくれたその言葉は「可愛い」でも「きれい」でもなくて……
「……」
でも、それが嬉しい!
ああ……
口元が、ふやけてしまいます。
と、そこでフェルマータさんがぽんっと手を叩きました。
どうやら、沈黙に耐え切れなくなったようです。
「さ、ジュスティーヌ、そのドレスと髪飾りは包んであげるから、向こうで脱いだりしておいで! あ、ジークさんはここで髪飾りの代金を払っておくれよ!」
私とジークさんにテキパキと指示を飛ばし、自分もテキパキと動き回り……
「それじゃ、またおいでね! 今日のステージはあたしも見に行くから、ぜひこのドレスと髪飾りで歌ってね!」
気がつけば、私とジークさんは店の外で、大きな紙袋とともに通りにポツンと立っていました。
あたりはすっかり日が傾いて、通りを行く人の影を長く伸ばしています。
私たちは、立ったまま顔を見合わせて、
「突風……!」
ふたり同時に呟いて、ふたりで一緒に吹き出しました。
つづく




