第3話「持つべきものは友人」
「お、王室広報部……? そんなのできるんだぁ、知らなかったなぁ……」
クミンちゃんは、やはり王室広報部については初耳のようで、いつもと同じ間延びした喋り方で驚いて、わたしの話に聞き入っていた。
まぁ、メイドさんは王室の情報に詳しくなくたっていいから、知らされてなくてもいいと思うけど……
やっぱり仕事の無くなるわたしが知らないのってどうなんだろう。
なんて、愚痴ってる場合じゃない。
わたしは、気を取り直して『週刊さんぱんち』の話を始めた。
すると、連載小説の話になった途端、クミンちゃんは瞳をキラキラと光らせて、
「ああ! 船長さんのでしょう? わたしも楽しみにしてるんだぁ。原稿受け取り係なんて羨ましい! 船長さんから原稿貰ったら、すぐに読めるなんて夢みたいだねぇ!」
いつもの間延びした口調で、嬉しそうに口を開いた。
やっぱり、あの小説にはファンが多いようだ。
小説目当てでも雑誌を買ってくれるなら、出版社に勤めている者としては嬉しい限りだけど……ん?
「え……? せ、せんちょう……さん?」
「そうそう、ジーク船長さん! 変わった名前だよねぇ。なんか、とっても遠い国からいらっしゃった人みたいなんだぁ。城下町で何でも屋をやってるんだけど……」
「ま、待ってクミンちゃん!」
どこまでもひとりで喋り続けそうなクミンちゃんを、わたしは必死に止めた。
気になることは、すぐに聞いておきたい。
「船長って……ジークさん、船乗りの仕事もしてるの?」
「え? うーん……わたしも、詳しくは知らないなぁ……」
あら、そうなんだ。
「でも、いつも一緒にいる相棒みたいな用心棒のエフクレフさんが、ジークさんのこと船長って呼んでるんだ。それで、街の人たちも船長って呼んでるんだと思う」
「相棒みたいな、用心棒……」
そうだった、その人に会うのが不安で、わたしはクミンちゃんに愚痴を聞いてもらいに来たんだった。
しかし。
「エフクレフさんって、とっても親切で良い人なんだよねぇ」
クミンちゃんがそんなことを言うので、わたしは危うく「え?」と聞き返すところだった。
そんなわたしの気持ちを知る由もなく、クミンちゃんはニコニコと話を続けていた。
「この前ね、わたし、おつかいの帰りに転んで紙袋に入れていたりんごを道にばらまいちゃったんだけど、通りがかったエフクレフさんが全部拾ってくれたの!」
「へ、へぇ……」
「エフクレフさん、見た目はちょっとイカつくて怖いけど、優しい人だよ。シーナもきっとすぐ仲良くなれるから、大丈夫!」
「そ、そうかなぁ」
「うん、そうだよぉ」
クミンちゃんは、いつもと変わらない笑顔で、顔に不安と書いてあるわたしに頷いてくれた。
そんな優しいクミンちゃんが、優しくて良い人だというのだから、きっとそのエフクレフさんは、とても良い人……なのだろう。
ほんの少し、本当にほんの少しだけど、なんだか元気が出てきた。
「ありがとう、クミンちゃん」
「ん? どういたしまして……?」
クミンちゃんは、どうしてお礼を言われているのかわからないというように首を傾げていた。
わたしは、クミンちゃんのこういうところが大好きだ。
するとそのとき、中庭に面した食堂の窓に明かりが灯った。
気がつけば、あたりはもう薄暗くなっている。
思ったよりも長居をしてしまったようだ。
クミンちゃんは、夕食時の仕事が忙しくなる頃だろうに、わたしを城門まで見送ってくれた。
「もう仕事で会える日はなくなっちゃうみたいだけど、今日みたく遊びに来てくれると嬉しいなぁ。あ、マーサちゃんに、舞台の本番は観に行けるようになったって伝えておいて!」
「うん、わかった。また遊びに来るね。ありがとう、マーサも喜ぶと思う」
わたしはクミンちゃんに大きく頷いて、エスペーシア城をあとにした。
持つべきものは友人……
そんなテーマの小説も、今度書いてみよう。
ほんの少しだけ明日を楽しみにしている自分に驚きながら、わたしは薄闇の石畳を我が家へ向けて歩き始めた。
★彡☆彡★彡
翌日の午後、わたしは編集長から渡された地図を片手に、城下町の裏路地を歩いていた。
初夏の風は素肌に心地よく染み込んでいく。
おろしたてのワンピースがはためき、いつもより高めに結ったポニーテールも、優しい風の中で嬉しそうに揺れていた。
路地裏といっても、ほんの少し建物の陰になった通りは薄暗いだけで、もちろん荒んだ様子はない。
エスペーシア城の警護団である騎士団が見回りをしているため、小さなゴミひとつ落ちていないのだ。
地図に従い、キレイすぎる裏通りをコツコツと歩いていき、ようやく目的地にたどり着く。
「あれ、ここって……」
そこは、よく見知った場所だった。
冬の間、食料を保存しておく物置のような小屋。
入口は路地裏に面しているが、切り立った場所に建てられているため、反対側は大通りからよく見える。
ここは今から2年前、誘拐されたターメリック王子様が紙飛行機を飛ばして助けを求めたことで有名な小屋だ。
どうやらジークさんは、ここに相棒のエフクレフさんと一緒に住んでいるらしい。
腕時計を見ると、約束の時間まで、まだ10分ほどある。
早すぎても失礼なので、時間まで少し待つことにした。
小屋の扉には、表札だろうか……
小さな木の板が下げられていて、そこにはト音記号とヘ音記号が彫られていた。
ジークさんとエフクレフさんのことを表しているらしい。
わたしは、昔学校で暗記させられた「人名変換表」を必死に思い出そうとしていた。
確か、合唱の練習で人名の話題になったことがあったような……
あ、そうそう!
エフクレフって、ヘ音記号のことだ!
ということは、ト音記号がジークさんってこと?
ジーク……
ト音記号は、確か……
「ジークレフ……」
なるほど……
と、わたしは扉の前でうんうんと頷いていた。
変わった名前だとは思ったけど、ジークレフだから、通り名がジークなんだ。
それって、わたしのシーナに似てる、かも……
いったいどんな人なのか、会うのがますます楽しみになってきた。
さて、何分ぐらい経ったかなと、腕時計を見ようとした、そのとき。
「ジークさんなら、お留守ですよー。もうすぐ帰ってくるかなーと思いまーす」
大通りから声が聞こえてきた。
逆光になっているせいでよく見えないが、声のトーン的に女性のようだ。
「エフさんも一緒に出掛けてるみたいで、朝から見かけてませーん」
てくてくと近づいてくる彼女がだんだんと見えるようになって、
えええっ……
と、わたしは声もなく驚いていた。
彼女の首もとで切りそろえられた髪は、まるで瑞々しいトマトのように真っ赤に輝いていたのである。
彼女はわたしの視線に気がついたのか、髪を指に絡ませて「地毛でーす」と楽しげに笑った。
「ボクの名前はポモドーロ。周りからはポモって呼ばれてるけど、ジークさんとエフさんからはポモコって呼ばれてまーす。ポモコのコはボクっ娘のコだそうでーす」
ボクっ娘……
自分のことをボクって呼ぶ女の子のことだ。
「ボクはジークさんにお仕事を依頼してて、今日はちょっと相談に来たんです。えーっと……?」
彼女の戸惑った様子に、わたしはまだ自分が何も喋っていないことに気がついた。
「あ、わたしはシナモンといいます。香辛出版でジークさんの原稿受け取り係を任命されました。周りの人はシーナと呼ぶので、ぜひ……ポモさんも」
「はーい! よろしくです、シーナたん!」
ポモさんは、にっこり笑ってくれた。
シーナ、たん?
まあ、いいか……なんか可愛いし。
つづく




