第10話「……相変わらず、押しが強い」
ソニード王国の城下町南エリアには、カンタービレ先生の邸宅のすぐ近くに、洗練された小物を扱う雑貨店『フェルマータ』があります。
髪飾り以外にも、ネックレスやブレスレット、ピアスやイヤリングといった装飾品がたくさん置いてあるお店ですが、私は、小さな髪飾りしか買い求めたことがありません。
なぜなら、すべての売り物の値段が、私の予算より一桁多いからです。
母さまに「近場のお店にしておきなよ!」と口を酸っぱくして言われてしまった手前、この『フェルマータ』に行くしかなくなってしまったのですが、ジークさんの懐具合が心配です。
乾いた石畳の上に、私とジークさんの足音が並んで響いています。
ふと気がついたのですが、ジークさんは、どうやら私の歩幅に合わせて歩いてくれているようです。
なんて紳士らしい気遣い……!
この人は、いったい何者なのでしょう。
隣を歩くジークさんを見上げてみても、逆光で横顔の表情まではよく見えませんでした。
どこに住んでいるのか、お仕事は何をしているのか。
この機会にいろいろ尋ねてみようとは思うのですが、残念ながら踏ん切りがつかないのです。
……何も知らなくたって構わない。
この人は、私の歌を聴きに来てくださるお客様。
それだけで満足。
いったい何の不満がありましょう。
それに、詮索しすぎてジークさんの気分を害してしまったら……
もう、お店には来てくれないかもしれません。
それだけは、絶対に嫌です!
私は、ジークさんが現れなかった10日間を思い出し、肩から下げたポシェットの紐を握りしめていました。
……もうすぐ夕暮れ時です。
繁華街である城下町北西エリアを歩いていると、飲食店で働く方々が店先から顔を出し、
「ジークさん、こんにちは!」
「今日もいい天気ですね!」
と、次々ジークさんに声をかけるのには驚きました。
ジークさんは、ここらでは知らない人のいない、いわゆる顔の広い人物のようです。
私はそんな人々と挨拶をするジークさんを観察していたのですが、話しかけてくる人の中には、
「ジュスティーヌちゃん! お出かけなの?」
と、私の名前を知っていて私に話しかけてくる人もいたのです!
「……?」
いったい、なぜ名前を知られているのでしょう。
私は、疑問を浮かべた表情を隠すことなく盛大に首を傾げていました。
口を開けてぽかんとしていると……
なんと、ジークさんがぷっと吹き出しました。
「君は、この近辺ではけっこうな有名人なんだよ」
「え……?」
いったいどういうことなのか、まだよくわかりません。
詳しく教えてほしいと目で訴えると、ジークさんは、
「みんな、君の歌を聴いていた。あの日、噴水広場で」
そう言って、目を細めました。
ああ、なるほど。
そうでした……
あのときの即席ステージのお客様は、ほとんどが北西エリアに帰れなくなってしまった人たちです。
それなら、私のことを知っている人たちがいても、不思議ではありません。
でも、ジークさん。
有名人は、ちょっと言いすぎというか……
「さて、急がないと」
ジークさんは、照れくさくなって目を伏せていた私を促して、また歩き始めました。
★彡☆彡★彡
大地震から10日経った今でも、南エリアにあるカンタービレ先生の大きな邸宅は、家を失った人たちで混み合っていました。
帰る場所を無くして悲しくないわけがないでしょうが、邸宅に居候している人たちは皆、笑顔なのでした。
まるで、最初からここで暮らしている人のように。
近くまできたので挨拶を、と思いましたが、少し覗いてみたところ、カンタービレ先生はお忙しそうでした。
あまりお邪魔するわけにもいかず、私とジークさんは玄関先で軽く会釈するだけにして、先を急ぎました。
会釈をしたとき、庭先で落ち葉掃除をしていらっしゃった先生は、私たちを見つけて「まあ……!」と口を動かされた後、満面の笑みで頷かれたのでした。
私には、いったい何の頷きかわかりませんでしたが、考えているうちに目的地に到着してしまいました。
住宅地の片隅、四つ角の東側にある小さなお店です。
入り口も、それと知らなければ見過ごしてしまうくらい小さく、看板も出ていません。
店内は商品でいっぱいなので、お客さんは大人が3人入るといっぱいになってしまいます。
いわゆる、隠れた名店なのです。
ジークさんも、一目でそれとわかったらしく、面白いものを見るように、くっと口角を上げています。
……値段を聞いて、腰を抜かさないことを祈るばかりです。
★彡☆彡★彡
ガラスののぞき窓がついたドアを押し開けると、ドアの上部に付いた小さな金色の鈴が可愛らしい音を鳴らしました。
「はい、いらっしゃい……あら、ジュスティーヌ! こんにちはぁ!」
店内の狭い通路の向こうで、カウンター内に座っていた店主のフェルマータさんが、これでもかと目を細めています。
フェルマータさんは、洋梨のようなぽっちゃり体形の可愛らしいおばさまです。
ご近所のカンタービレ先生とは、余りものをお互いにお裾分けするくらい仲が良いそうで、私も先生の紹介でフェルマータさんと出会い、ステージでの衣装協力をしていただいたこともあります。
店内は、相変わらず可愛らしいもので溢れかえっています。
ダンスホールで着るようなフリルのたくさんついたドレスや、色とりどりのネックレス、ピアス、ブレスレット……
中には、どうやって使うのかわからない装飾品まで、壁一面にずらりと並んでいるのでした。
この光景は、私にとっては普通のことですが……
初来店のジークさんは、可愛いものの洪水にやられて店の入り口でたじろいでいます。
男の人だから、でしょうか……
外で待っていてもらおうと声をかけようとした、そのときでした。
「あら……? あらあら……! ジュスティーヌ! ステキな殿方を連れてきたのねぇ!」
なんと、フェルマータさんが店の入り口に向かって突進してきたのです。
普段はカウンターから出ることもなければ立ち上がることもないフェルマータさんが、です。
店内の商品に、ぶつかりそうでぶつからないギリギリの距離感で近づいてきたフェルマータさんは、私とジークさんを交互に見て、キラキラした少女のような瞳で私に説明を求めてきました。
挨拶もそこそこに、私はお店の常連であるジークさんと髪飾りを選びに来たことを説明しました。
細かいところは省いたので、どこまで伝わっているかはわかりませんが、フェルマータさんは大きく何度も頷いて、
「そーいうことなら、おばさんに任せなさい! とっときのを出してきてあげるからね!」
と、外で呼び込みができるのではないかというほどの大声で言い残し、いそいそとカウンターの裏に引っ込んでいきました。
……相変わらず、押しが強い。
少し話しただけでヘトヘトになってしまうけど、どうしてか、これが楽しかったりするのです。
「……台風」
私の真後ろに立っていた(避難していた)ジークさんが、ふいにぽつりと呟きました。
台風……?
窓の外へ目を向けてみましたが、相変わらずのいい天気です。
「……」
少し考えて、わかりました。
どうやら、フェルマータさんのことだったようです。
「ぷっ……あははは!」
気がつけば、私は堪えきれずに吹き出していました。
なんてピッタリな表現なのでしょう!
当のジークさんは、私の笑い声が本人に聞こえてしまうのではないかと心配そうに、私とカウンターを交互に見比べています。
その表情がなんだかとても愛おしくて、私はしばらくクスクスと笑い続けていました。
つづく




