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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第3章「歌姫の物語〜晩夏」
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第8話「その声が、何度も鼓膜を揺らします」

 巨大な直下型地震がソニード王国南部、及びムーシカ王国北東部を襲ったあの日から、今日で10日が経ちました。

 ソニード王国は内陸国で、地震に不慣れな人々も多いのですが……

 地震の多い外海に面する隣国などの助けもあり、人々の生活は徐々に通常のものへと戻っていきました。

 家を失った人々も少なくありませんでしたが、彼らは家が再建されるまでの間、カンタービレ先生の邸宅でなんとか暮らしていくことになったそうです。


「幸い、全焼した物置小屋にそれほど大事なものはなかったし、石畳を敷き詰めた庭だったおかげで、邸宅には燃え移らずにすんだのよ。こう言うと不謹慎かもしれないけれど……わたしは、自分の家にたくさんお客様が来てワイワイ楽しく過ごせて、ちょっと楽しいわね」


 歌の練習で訪ねたとき、先生は玄関先で子どもに帰ったような満面の笑みを浮かべていらっしゃいました。

 残念ながら、歌の練習室も貸し出し中だそうで、先生と練習できる日はまだまだ先になりそうですが……

 私は、とても楽しそうにしていらっしゃる先生にお会いできて、満足していました。


「あと、これもちょっと不謹慎かもしれないけれど……あの大合唱、とってもとっても楽しかったわ! ありがとう、ジュスティーヌ。あ、そうそう……また大合唱するときは、あの人にも歌ってもらいましょうね」


 カンタービレ先生は、いたずらっ子のように瞳をキラリと光らせました。

 先生のおっしゃっている「あの人」というのは、何を隠そうジークさんのことです。

 あの日『いつでも歌が』を上でハモっていらっしゃった先生も、ジークさんがただひとり歌わずにいたことに気がついていらしたようです。

 けれど……

 私は家路を急ぎながら、ひとり思いを馳せました。


 カンタービレ先生には申し訳ないのですが……

 残念ながら、ジークさんはこれからも一緒に歌ってはくれないでしょう。

 なぜなら、彼は……



★彡☆彡★彡



 あの日……

 正確には、翌日の明け方。

 私は、ジークさんと一緒に開通した夏大橋を渡って、アッチェレの店へと帰りました。


 店の前には、寝巻きにショールを羽織った母さまがウロウロしていて……

 私の姿に気がつくと、風のような速さで駆け寄って来ました。

 そして何も言わずに、私をぎゅっと抱きしめてくれました。

 私は、ずいぶんと心配させてしまったことと、大切な髪飾りが瓦礫の下敷きになって壊れてしまったことを謝りました。

 でも、母さまは首をぶんぶんと横に振って、


「あんたが無事でいてくれたほうが、嬉しいに決まってるだろう!」


 と、私の頭を撫で続けてくれました。


『……俺がアッチェレだったら、君が無事でいてくれたほうが嬉しい』


 なんと、ジークさんの言ったとおりになったのです。

 それから私とジークさんは、地震が起こってからのことを説明しました。

 私が火事の噂を聞いて来た道を戻った話をしたときには、さすがの母さまも真っ青になっていましたが……

 ジークさんに助けてもらった話では、ほっとしたような、申し訳ないような顔をしていました。

 そして、噴水広場での大合唱の話になると、私よりもジークさんのほうが熱を込めて話すので、私はただ頷いているだけになり、母さまの瞳は面白いものを見るように怪しく光っていました。


 その後、ジークさんはまた南エリアへ戻るというので、私は彼が止めるのも聞かずに、近くの曲がり角まで見送ることにしました。

 別れ際、疲労のためか気分が高揚していた私は、思い切ってジークさんに「噴水広場で歌っていなかった理由」を尋ねてみました。

 するとジークさんは、突然の質問に目を丸くしていましたが、ふっとばつが悪そうに小さく笑いました。


「実は、酷い音痴でね。歌うよりも、聴くほうが好きなんだ。特に、君の歌は」

「……」


 山際から顔を出した朝日が、ジークさんの横顔をほんのりと照らしています。

 特に、君の歌は。

 私が黙って見つめていると、ジークさんは珍しく言葉を重ねていきます。


「綺麗だから、邪魔をしたくなかった。それで、一緒には歌わなかったんだ。ずっと君の歌声に耳を澄ませていた。好きな歌を、好きな歌声で聴けることは、何より幸せなこと、だと……」


 最後のほうは囁き声のようになってしまって、よく聞き取れませんでした。

 どうしたのかと見ていると、ジークさんは私から顔を逸らしてしまいました。

 俯いた顔、その耳の先は、ほんのりと赤く染まっています。


 こ……

 こんなジークさん、見たことない……!

 なんだか、私まで照れくさくなってきました。

 そして、気がついたのです。

 自分が何のために、だれのために歌を歌っているのか……

 という問いの答えに。

 ……意外と、身近なところに転がっていたのね。


「あ、朝は冷えるな……」


 ジークさんは、その場の空気を変えようとしたのか、大きめの咳払いをしたかと思うと、


「それじゃ、また」


 と、朝日に向かって石畳を足早に歩いていってしまいました。

 あああ、早い早い!


「こ、これからも聴きにいらしてくださいねー!」


 慌てて小さくなっていく背中に向かって声を張り上げると、ジークさんは身軽にロングコートをはためかせて振り返りました。

 そして、


「もちろん行くよ。ありがとう……ジュスティーヌ!」


 そう言って手を振ると、また足早に石畳を駆けていきました。

 次の角を左に折れて、その姿は見えなくなりました。


「名前、呼んでもらっちゃった……!」


 思わず、声が出ていました。

 胸の高鳴りが治まりません。

 先日まで声も知らなかったジークさんが、思ったよりも高くもなく低くもない、それでいて深みのある声で、私の名前を呼んでくれました。

 その声が、何度も鼓膜を揺らします。


 ジュスティーヌ……

 ジュスティーヌ……

 ジュ


「ああ、そうだね。名前呼んでもらった、だ・け、だね」

「ぎゃっ!?」


 突然の声にびっくり仰天して振り向くと、いったいいつからそこにいたのでしょう……

 腕組みした母さまが、ジークさんが左に折れた曲がり角を睨みつけていました。

 その顔は、怒りというより、不機嫌そのものでした。

 なんというか「人の娘に手だししたら承知しないからね!」みたいな表情です。


「か、母さま!? 私、ジークさんとはなんでもな」

「さ、帰るよジュスティーヌ。一緒に朝ごはんを食べて、家の掃除をしよう。地震で落ちたものの片付けは任せたよ」

「へっ、ええ!? ちょっ」


 母さまは通りを見つめたまま早口にまくし立てると、私の返事も待たずに来た道を戻り始めました。


「待って母さま! 待ってったらー!」


 私が必死に後を追いかけても、母さまは不満そうな顔のまま、ずんずん歩いていってしまうのでした。

 ……


 それから10日が経ち、今日になります。

 母さまの機嫌は、日を追うごとに元に戻っていきましたが……

 私の元気は、次第になくなっていきました。

 あの日以来、ジークさんがお店にいらっしゃっていないからです。



★彡☆彡★彡



 あの日の夏の日差しはどこへやら、いつの間にか季節は巡って、本格的な秋がやってきました。

 私の普段着も厚手のワンピースとカーディガンになり、三つ編みは首の後ろを覆うように背中へと流す髪型に変わりました。

 こうすると、首元が暖かいのです。


 楽屋の窓辺で頬杖をつきながら、私は通りの景色を見るともなしに眺めていました。

 でも、こちらは裏通り。 

 お目当ての人物が現れたとしても、ここからでは見えません。

 私は、本日34回目のため息をついて、目を閉じました。

 今までの夜を思い出します。


 ステージから見える、カウンターの奥の席……

 もちろん行くよ。

 そう言ってくれた、あの人の特等席……

 だれも座っていないなんて、ありえないのに……



つづく

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