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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第3章「歌姫の物語〜晩夏」
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第2話「そんな馬鹿な!」

 まだ言葉を交わしたことはありませんが、歌の練習をしているとき脳裏に浮かぶのは、私の歌を静かに聴いてくれているジークさんなのです。

 いったい、どうしてそこまで惹かれるのでしょう。

 どこか寂しげな木賊色の瞳、グラスを包む大きな手。

 ステージからではよく見えないけれど、腕まくりをしたときの腕の筋肉がステキ。


 まだ聞いたことがないからわからないけれど、きっとあの人の声は低くてがっしりしていて、それでいて柔らかくて優しいに違いない。

 その声で、いつか私の名前を呼んでくれる日が来るのかも……

 ジュスティーヌ……

 ひゃあぁぁぁ……

 ……


「あ、つ、着いた……」


 いつの間にか早足になり、いつの間にかカンタービレ先生のお宅に辿り着いていました。

 私は、真っ赤になった顔を手でバタバタと扇ぎながら、玄関の呼び鈴を鳴らしました。



★彡☆彡★彡



「あら、ジュスティーヌ。今日は夜会巻きじゃなくて、三つ編みにしているのね。なかなか似合っているじゃないの」


 カンタービレ先生は、私の部屋ほどの大きさがある玄関ホールで出迎えてくださりました。

 今日も濃紺の長い髪をくるくる巻いてポニーテールにし、家の中でもパリッとお化粧をしていらっしゃいます。

 まるで、いつでもお出かけできそうな格好です。


 繁華街の住宅地、その一等地にある豪華な邸宅に、カンタービレ先生はおひとりで住んでいらっしゃいます。

 母さまと同年代のステキなおばさまですが、亡くなったご両親の莫大な遺産で、気ままなひとり暮らしをなさっているとかいないとか……

 直接ご本人に伺ったわけではないので、確かなことはわかりませんが、そこがミステリアスで、私のお気に入りでもあります。


「もう寒くなってきたのに、ワンピースとカーディガンでお出かけできるなんて若い子は羨ましいわぁ」


 カンタービレ先生は、私の格好を見てニコニコと微笑んでいます。

 でも、私はというと……

 季節を考えない薄桃色の薄手のワンピースに、とりあえず着て出てきた同系色のカーディガン。

 夜会巻きは腕がだるくなるので、長い髪が邪魔にならないようにとだけ考えて1本の三つ編みにしてきただけ。

 その場しのぎの格好だというのに、カンタービレ先生も褒め上手でいらっしゃいます。

 褒められてしまった私は、満面の笑みを浮かべるカンタービレ先生に曖昧に微笑んでみせました。


「もしかして、今度のステージもその髪型で歌うのかしら?」

「……へっ?」


 そんな馬鹿な!

 こんな格好じゃ、ステージのスポットライトのほうが目立ってしまいますよ先生!


「ちゃんと夜会巻きで歌いますよ! だから、新しい歌も大人っぽいものがいいなぁと思っています!」


 カンタービレ先生は、私の慌てように目を丸くしていましたが、


「あら、そうなのね。新しい歌は、大人っぽいもの……!」


 そうおっしゃって、ふふふと笑われました。


 そろそろ新しい歌を……

 と、先生に提案されたのが2週間ほど前のこと。

 知っている歌の少ない私は、さてどうしたものかと思っていたのですが、やっぱり先生に決めていただくことにしたのでした。


「カンタービレ先生、この髪飾りに似合う大人っぽい歌なんてありますか?」


 私は、手提げかばんの中からステージ用の髪飾りを取り出しました。

 涙型のサファイアがちりばめられた、あの髪飾りです。

 先生は、私の手の中で輝く髪飾りを前に、目を細められました。

 その表情の美しいことといったら……

 この方は本当にキレイなものをご覧になるのが大好きなようで、ほんのりと頬も染めていらっしゃいます。


「あら、なんてステキなんでしょう。でも、これは……」


 カンタービレ先生は、髪飾りと私を何度も見比べながら「う~ん、そうねぇ」と呟いていらっしゃいます。

 きっと、良い歌がないかと考えてくださっているのでしょう。

 ワクワクしてきました。

 先生が何度目かに顔を上げられたとき、玄関の壁掛け時計が15時を知らせました。

 私が歌の練習を始める時間です。


「あら大変、こんなところで長話なんかしてしまって。音楽室へどうぞ、ジュスティーヌ。練習しましょう」

「はい!」


 少し慌てたように廊下の奥へと進んでいく先生について歩いていくと、先生はふと足を止めて振り返られました。

 先生は私よりほんの少し背が高くていらっしゃるので、自然と見下ろされる形になります。

 髪飾りを手に私を上から下まで眺めると、先生は「う~ん」と唸ってから、


「やっぱり、ジュスティーヌには明るい色が似合うと思うわ。この髪飾りも金色の髪によく映えるけれど、でもあなたは、もっと可愛らしい恰好をしたほうがいいと思うの」


 いつにもまして、真剣な表情でいらっしゃいます。

 漆黒の美しい瞳が、まっすぐ私を見つめていらっしゃいました。


「そ、そうですか……?」


 そんな先生に、私は首を傾げてみせました。

 おっしゃっていることがよくわからなかったのです。


 私は、物心ついたときから、大人っぽい恰好が好きでした。

 どちらかというと、可愛いものよりもキレイなものを選んでしまいます。

 そのほうが、自分には似合っていると思っていたのですが……

 カンタービレ先生は、そんな私の疑問には気がついてくださらなかったのか、力強くコクコクと頷いていらっしゃいました。


「絶対可愛いほうが似合うわ! 今度の歌も、可愛らしいものにしましょうよ。絶対にそのほうがジュスティーヌらしくて、ステキなものになるに違いないわ!」


 楽しみねぇ~、と歌うように一回転したカンタービレ先生は、そのまま音楽室へと入って行かれました。

 先生のおっしゃる可愛らしい歌を歌うということは、歌に似合う可愛らしい恰好をするということで……


 私は想像してみました。

 フリルのたくさんついたピンクのワンピース、大きなリボンで飾ったツインテール、そして何もかもがフワフワしたパステルカラー……

 な、なんて子どもっぽい!


 そりゃあ、可愛らしいものには少し憧れるけれど、でもそれって子どもっぽいのと紙一重なわけで……

 うう…

 考えただけで「すっぱい」顔になってしまう!


「先生! 私、もう17歳なんです! 子どもみたいなワンピースは着たくありませんよぉー!」


 大人の女性を目指したい私は、楽しそうなカンタービレ先生の後について、あわあわと音楽室へと入っていったのでした。



★彡☆彡★彡



 2時間の歌練習が終わり、私は先生に見送られて玄関先から通りに出ました。

 日が短くなり、いつの間にか夕日の差し込む時間が私の帰宅時間と重なるようになりました。

 この夕焼けを眺められるのも含めて、歌練習のある日はとても楽しいのです。

 なので、普段であれば美しい夕焼けを左手に見ながら帰るのですが……


「あらあら……今日はなんだか、いつもと違う夕焼けねぇ」


 見送りに来てくださったカンタービレ先生が、西に広がる空を見て、ほうっとため息をつかれました。

 私も先生の視線の先を追って、


「えっ……」


 思わず息をのみました。

 空が、燃えているのです。

 ほかにどう表現したらよいのか、私にはわかりません。

 西の空は怒りに震えているかのように、真っ赤に燃え上がっているのでした。


「向こうで火事があった、というわけではなさそうだけど……」

「はい。火事だとしたら、もっと騒ぎになっているでしょうし……なんだか、雲まで燃えているみたいです」

「あら、ほんと。ちょっと不気味ねぇ」


 夏空に広がるはずの入道雲……

 それが西の秋空に陣取り、夕日を浴びています。

 その姿は、まるで大きな岩石のよう……

 夕日のつくる陰影が、掴みどころのない雲に実体を与えているかのようです。



つづく

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