第5話「キレイな、可愛い人」
わたしは動揺を隠すように、
「えっ……な、何ですか?」
と、勇気を出して尋ねてみたけれど、
「……」
エフクレフさんは何も教える気がないらしく、そのまま食堂を出て行ってしまった。
えー
と思いつつ、わたしは大股のエフクレフさんを追いかけて、駆け足で船内を歩いていった。
目指すは船首甲板の真下……
エフクレフさんの船室である。
「……」
わたしとエフクレフさんは、お互いに無言のまま船内を歩いていく。
窓のない船内はいつでも薄暗いけれど、廊下には壁沿いに等間隔で灯りが付けられていて、暗くて困るということはない。
はてさて……
エフクレフさんが、わたしに渡したいものって、いったいなんだろう……?
うーん……
シャレみたいになるだけで、見当もつかない。
黙々と歩くこと、数分。
エフクレフさんを追いかけて早足で歩いていたせいか、意外と早くエフクレフさんの船室へとたどり着いた。
エフクレフさんはドアを押し開け、
「……中へ、どうぞ」
そう言うと、いそいそと船室の奥へと入って行ってしまった。
いったい何を渡されるのだろう。
わたしもいろいろ聞きたいことがあるけれど、それはまあ、あとでもいいか。
わたしは「お邪魔します」と一声かけてから船室へ入り、後ろ手にドアを閉めた。
「……」
汚いとこだけど、とか、適当に座っていて、とか……
そういう声掛けは一切なく、エフクレフさんは部屋奥へと消えた。
うん、とても彼らしい。
彼らしいといえば、この部屋もなかなか……
エフクレフさんの船室は、わたしのゴタゴタした船室とは違って、ベッドとテーブルしかない簡素なもので……
「……」
と、わたしが船室を見回すよりも早く、エフクレフさんは部屋奥から戻ってきた。
ここから少しだけ見えているテーブルに置いてあったのだろう、1冊のノートを手にしている。
わたしはというと、入り口で棒立ちになって、エフクレフさんの手にしたノートを見つめていた。
かなり分厚いノートだ。
しかし、表紙には何も書かれていない。
そしてよく見ると、とても立派な本のような装丁のノートだった。
「あなたに、これを読んでもらいたいんです」
エフクレフさんは、いつもの仏頂面で躊躇いなく告げた。
もしかして、船長の小説だろうか。
完成作品をエフクレフさんに預けてあって、ちょうど船長がわたしの小説を読み終わったタイミングで渡すよう言われていたのかもしれない……
なんて想像をしていたというのに。
エフクレフさんは、ノートを見つめるわたしに淡々と口を開いた。
「これは……彼女が船長に読んでもらうために日記を書き直した、彼女の物語です」
「彼女、の……?」
「おそらく、あなたの知りたいことはすべて書いてあります。だから、あなたに読んでもらいたいんです」
「……」
あまり説明にはなっていないけれど、無口なエフクレフさんにしては、長い言葉の連なり……
それほど、大切なノートらしい。
というか……
彼には、わたしが尋ねたいことなど、最初からお見通しだったみたいだ。
エフクレフさんが口にした、彼女という言葉……
なんとなくだれのことかはわかったけれど、エフクレフさんは答えを教えるように、ノートの表紙をめくってくれた。
ノートの扉には、書類を挟んでおけるポケットがついていて、そこに1枚の絵が挟み込まれていた。
「……! これ……!」
わたしは絵を一目見て、ぐっと息をのんだ。
それは、女の人の肖像画だった。
美しい金髪をまとめ髪にしていて、髪と同じ色の凛々しい眉、優雅に細められた紫色の瞳……
耳には、丸い翡翠のイヤリングが煌めいている。
多少着飾ってはいるものの、その女の人は、まさしくわたしが船長室で見た幻影そのもの……
ポモさんのハンカチに刺繍されている女の人に瓜二つだった。
「……」
引き込まれるような美しさ……
それは女の人のものでもあるし、この絵そのものからも漂って来ているのがわかる。
この絵のタッチ、どこかで見たことがあるんだけど、どこだったかな……
と思っていると、
「これは、船長が彼女のために描いたものです」
何も言わないわたしにしびれを切らしたように、エフクレフさんが口を開いて教えてくれた。
ああ、やっぱり。
雑誌に掲載されていた挿絵で見たことがあったんだ。
船長ってば、文章だけじゃなくて、画力も人並み以上なんだから。
「キレイな、可愛い人……ですね」
じっと見つめているうちに、そんな言葉が口をついて出た。
キレイな、可愛い人……
絵の繊細さもそうだけど、なにより描かれている彼女が美しくて、それでいてとても可愛らしいのである。
その、少女のようでいて大人の雰囲気を醸し出している笑顔に、わたしはもちろん、自分より年上のステキな女の人を想像した。
しかし……
「彼女は、あなたより年下ですよ。この絵を描いてもらったのが確か……18歳の誕生日だったはずですから」
エフクレフさんが信じられないことをサラリと口にしたせいで、わたしの驚愕は「え?」を通り越して、
「はあ!?」
となってしまった。
な……
何を言ってるんじゃいこの人は……っ!
こ、こんなにキレイで可愛い人が18歳!?
う、うううっそだぁ。
そんなこと言ったって、騙されないからね!?
「……」
不信感丸出しで睨んでみたものの、エフクレフさんの表情は揺らがない。
それどころか、エフクレフさんは眉間にしわを寄せると、軽く咳払いをした。
大事な話があるから、細かいところを気にしていないで、ちゃんと聞いてほしい。
……と、言いたいらしい。
わたしが小さく頷いてみせると、エフクレフさんは話し始めた。
「彼女は、東大陸にあるプラデラ地方の出身で、幼いころに両親を亡くし、母親の友人である女性に引き取られました。その女性が西大陸にあるソニード王国の城下町で小さな酒場を経営していたため、自然と彼女も店を手伝うようになりました。お客さんのために、ステージで歌を歌うようにもなりました。船長は、その酒場の常連客だったんです」
「……」
「このノートは、彼女が船長と出会ってからの日々を物語にしたものです。だから……あなたの知りたいことは、すべてここに書いてあるんです」
「ど、どうして、わたしに……?」
そんな大切なもの……
わたしみたいな、船長のことを何も知らない人間が読んでいいものなんだろうか……
そんなわたしの心の声なんてお見通しなのか、エフクレフさんは一呼吸置いてから、
「……船長が、そうして欲しいと言ったので」
と、告げた。
「船長が、わたしに……ですか?」
「あなたにも知ってもらいたいと……そう言っていました」
「……」
「僕は反対したんですが……どうしてもと押し切られてしまったんです」
そこまで言うと、エフクレフさんは盛大にため息をついた。
いつもの仏頂面にも増して不機嫌そうだったのは、このためらしい。
そして、むすっとした顔でノートを差し出してくるので、わたしは恐る恐る大切なノートを受け取った。
ソニード王国の女の子が書いた、船長との日々。
ノートをめくると、船長の描いた彼女がにっこりと微笑んでいる。
酒場で歌を歌っていたってことは……
歌姫、だったのかな。
あ……
いちばん大事なこと、聞き忘れるところだった!
「あの、エフクレフさん……」
わたしは、もう要件は済んだとばかりに部屋奥へ引き上げようとしているエフクレフさんを引き留めて質問した。
「彼女……お名前は何ていうんですか?」
「……」
エフクレフさんもまた、そういえば忘れていたなという表情になって、それからふっと一息つくと、大切なものを手渡すように教えてくれた。
「彼女の名前は、ジュスティーヌ……です」
第2章 おわり




