第21話「どこだどこだ」
「どーしてわかってくれないのかなぁ! この髪、見てください! この色が証明してるでしょうボクがだれなのか!」
聞き馴染んだ声を頼りに、必死にあたりを見渡す。
どこだどこだ……
あっ。
夕日が刺すように照りつける船着き場の南側、眩しさに目を細めた先で、真夏のトマトみたいな髪の毛が風に揺れていた。
その隣には、ボサボサ頭の背の高い男の人。
ポモさん!
エフクレフさん!
ああ、よかった。
まだここにいてくれたんだ。
ほうっと息をつきながら、ふと思う。
ふたりがここにいるということは、きっと船長も一緒のはずだ、と……!
わたしは、船着き場に佇むふたりに近づく足を速めた。
近づくにつれ、ポモさんの声が大きくなっていく。
おかげで内容がよく聞き取れて、何を揉めているのかも理解できた。
どうやら乗船の手続きに何かの手違いがあり、ポモさんの身分証明ができていない状態らしい。
そのため、どれほど説明しても乗船手続きが進まずに揉めているようだ。
「上の人から聞いてないんですか!? この船は、ボクが乗らないと動かないんですよ、それでもいいんですか!?」
普段おっとりとしたポモさんにしては珍しく、かなり憤慨している様子が遠くからでも見て取れる。
身振り手振りが大きくなっているのが、その証拠だ。
そしてエフクレフさんはというと、憤慨するポモさんと杓子定規で融通の利かない船員さんに挟まれて、かなり困惑している様子。
傍から見ると、その表情は助けを求めているかのように見えなくもない。
さて……
観察ばかりしていないで、手伝いますか。
ポモさんがだれなのか証明できるのは、今ここにいるわたしだけ……なのだから。
「ポモさん! エフクレフさん!」
船着き場はもうだいぶ人波が落ち着いていて、わたしの大きくない声でもふたりの耳に届いたようだった。
早足を通り越して駆け寄ってくるわたしを見つけたポモさんとエフクレフさんの目が大きく見開かれる。
やがて、ポモさんが大きく手を振り始めた。
「シーナたーん!」
「ポモさん、お久しぶりです。あ、エフクレフさんも」
わたしは、満面の笑みのポモさんと怪訝な顔にもほどがあるエフクレフさんに簡単に挨拶を済ませると、旅行カバンを開けて中身を漁った。
どこだどこだ……
うわ、けっこう奥底に……
わたしは着替えたちの下から、お目当ての品をグイッと引っ張り出した。
そう……
あのハンカチである。
「これ、役に立ちますよね?」
刺繍が見えるようにして差し出すと、ポモさんはすぐに何をするべきか理解してくれたらしい。
「わあ! これ、シーナたんが持っててくれてたんですねー! 役に立ちます立ちますよー! ありがとうー!」
ハンカチを受け取ったポモさんは、顔に「何が起こっているのか?」と書いてある船員さんに向かって、ハンカチの刺繍を突きつけた。
「これ! 見たことあるでしょう!? ボクの家の紋章です!」
ポモさんの家の紋章……
やっぱり、思った通りだった。
だって、ただの刺繍にしては凝っているし、色も糸も多くて、緻密で繊細で……
ってポモさん!
それ、ちょっと近すぎて逆に見えないかも!
ハンカチの刺繍を顔面に突きつけられた船員さんは、迷惑極まりないといった顔で少し離れてから、改めて刺繍を確認していた。
そして、ようやく納得したらしく、これまた杓子定規な動きでポモさんを手招きつつ船内へと入っていった。
「ああ、よかった。シーナたんのおかげで、自分の国に帰れます。ありがとです」
ポモさんは、ハンカチをカーディガンのポケットにしまいながらニコニコしている。
どうしてわたしがここにいるのかとか、何をしに来たのかとか……
そういうことを尋ねる気はないらしい。
この、ふんわりと浮世離れしたかんじは、やっぱりエスペーシア王国のターメリック王子様によく似ている。
あのときは理由に気がつけなかったけれど、今ならわかる。
ふたりとも、平民ではない雰囲気を醸し出しているのだ。
「……気づいていたんですね。ポモコがセレアル侯国の一侯爵家の娘、ポモドーロ・カペリーニ嬢だということに」
ポモさんが船員さんの後を追うように客船の中へと入っていくと、それまで気配を消して成り行きを見守っていたエフクレフさんが、すっとわたしの隣に並んだ。
ポモドーロ・カペリーニ嬢……
さすがに名前まではわからなかったけれど、でもポモさんの正体に気がつけたのは、もちろん……
「それは、エフクレフさんのおかげです。いろいろヒントくれましたよね、ポモさんの言葉をメモしておいたほうがいい……とか」
「……」
「特ダネですからね。今頃、城下町中がポモさんの話題で持ち切りのはずです」
「そうですか」
無口なエフクレフさんは、それきり黙ってしまった。
水平線の彼方に真っ赤な夕日が浮かんでいて、水面に光の道を浮かび上がらせている。
もうすぐ、凪いだ海に溶けて沈んでいくだろう。
そういえば、船長は
「船長なら宿屋ですよ」
あたりを見回そうとしたわたしの先回りをするようにして、エフクレフさんの声が人気のなくなった船着き場に響いた。
自分から話すだけでも珍しいのに、エフクレフさんはまだ話し続けている。
「船長には見せたくないものがあったので」
「見せたくないもの……?」
「あなたが持ってきた、ポモコのハンカチです。てっきりポモコが持っているとばかり思っていたので驚きました」
「はあ、あはは……」
「……」
「……船長に、ハンカチを見せたくない理由が何かあるんですか?」
なかなか話し続けてくれないので尋ねてみると、エフクレフさんは初めて仏頂面を崩し、苦い顔で小さく笑うと、
「ポモコの家の紋章が似ているからです。船長の……いや、船長を大切に想っている人に」
そう呟いた。
「……」
それは、凪いだ海に響く微かな潮騒にすら飲まれそうな、ひどくか細い声だった。
わたしの頭の中で、ハンカチの刺繍が蘇る。
豊かな金髪をなびかせた、美しい女の人の横顔。
凛々しい眉に、優雅に細められた薄紫色の瞳。
「キレイな人だったんですね、船長の大切な人って」
「……」
「ああ、船長のことを大切に想っていた人、でしたね。すみません」
「……」
エフクレフさんは黙りこくってしまった。
わたしが過去形で話したからだろうか。
船長のことを大切に想っていた人……
まだ行方不明の状態なのに、と怒っているのかもしれない。
謝ったほうがいいかなと思って、口を開きかけたそのとき。
ポモさんを乗せた大型客船が動き出し、甲板でポモさんがひょこっと身を乗り出して、大きく手を振っているのが見えてきた。
エフクレフさんが小さく手を振っていたので、わたしも負けじと手を振りまくった。
すると、腕がエフクレフさんにバシバシ当たってしまい、迷惑そうな顔をされてしまった。
「あ、あはは、すみません」
ここで謝れたから、まあいいか。
それにしても、ハンカチの刺繍ひとつにまで気を遣うなんて、エフクレフさんの船長への思いやりは半端じゃない。
あ、もしかして……
黙りこくっていたのは、あの刺繍に似ている彼女と、船長との思い出に浸っていたからかもしれない。
わたしには洞察力なんて欠片もない、ということが証明されてしまった……
やっぱりまだまだ勉強が足りないな、と心でため息をついた、そのとき。
「エフクレフ! ポモコは無事に船に乗れたか?」
宿屋の建ち並ぶ大通りから、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
これといって特徴のない声。
でも、わたしにとっては大切な人の声だ。
「船長!!」
たまらず呼びかけると、その人は大通りの真ん中で足を止めた。
つづく




