第20話「人が多すぎる……」
わたしがバクリッコさんと寒月号と一緒に港町カイサーへ辿り着いたのは、翌日の午後のことだった。
船長が城下町を離れてから、今日で3日。
たったそれしか経っていないけれど、もうここにはいない確率は、確実に上がっている。
ここで船長たちに出会えないと、もう行方の手がかりがなくなってしまう。
つまり、わたしの一人旅が始まる前に終わってしまう、ということだ。
うわあぁ……
それだけは嫌だぁ……!
「……じゃあシーナちゃん、オレたちは材木置き場のほうに行くからさ。ここでお別れだ」
町の入口付近、人気のない材木置き場と繁華街への分かれ道で、わたしは馬車を降りた。
不安で胸がいっぱいで、顔が強ばっていたのかもしれない。
「……シーナちゃん!」
わたしを呼び止めたバクリッコさんの声は、少し切羽詰まった感じがした。
まるで、この世ではないどこかへ足を踏み入れようとするわたしを、必死に止めようとするかのように。
はっとして振り向くと、バクリッコさんは後ろ頭をポリポリとかいていた。
「本当は、クミンちゃんも誘ってたんだよ。一緒にシーナちゃんを見送ろうって。でも……わたしは行かないって言われちゃって」
バクリッコさんは、このことをわたしに伝えるかどうか迷っていたようだ。
そりゃあ友だちが見送りに来ないって言ってたなんて聞いたら、ちょっと心が荒むよね。
でもね、バクリッコさん。
わたしには、クミンちゃんがなんて言って見送りを断ったのかわかる気がするよ。
こういうことだよね。
「……クミンちゃんは『シーナが好きなことを追いかけてるんだから、わたしも好きなことをする!』って言って、今日もお城で掃除したり洗濯したり、好きなことをやってるんでしょう?」
「……」
バクリッコさんは、わたしの言葉に目を丸くしていた。
今にも「なんでわかったの??」なんて言いそうな顔だ。
それは、だって……
「友だちだからね。クミンちゃんのそういうところが、わたしは大好きなんだよ」
そう言ってニコッと笑ってみせると、バクリッコさんは、ほうっと息を呑んだ……ように見えた。
そして、
「オレも、そういうクミンちゃんが……」
と呟いたかと思うと、バクリッコさんは寒月号に優しく鞭を入れて材木置き場へと行ってしまった。
あらら、まだお礼も言ってないのに。
「バクリッコさーん! ありがとうー!」
後ろ姿に手を振ると、バクリッコさんは左手を後ろ手に振り、親指を立ててグーサインを出してくれた。
グッドラック、シーナちゃん。
そんな声が聞こえてくるようだった。
★彡☆彡★彡
陽の当たる繁華街と、暗く陰った材木置き場。
陽と陰のコントラスト。
材木置き場のさらに奥は、広大な森林「昇らずの森」が広がっていて(太陽が昇らないほど真っ暗な森なのだ)、その南側は隣国コシーナ王国。
小さい子どもが悪さをすると、よく「昇らずの森に置いてくるよ!」なんて叱られる。
わたしも、そのひとりだった頃があった。
それに比べて……
繁華街のなんと明るく、賑やかなことか。
足を踏み入れた途端に広がるお土産屋さんの数々、趣向を凝らした高級宿、見るからに観光客向けの海鮮料理店。
そして、見渡す限りの人、人、これまた人……
「……」
旅行カバンを手に、わたしは途方に暮れてしまった。
多い、多い……
人が多すぎる……
この中から、たったひとり、いや3人を探せっていうの……?
「……」
少し弱気になってしまったわたしは、旅行カバンを両手でぎゅっと握りしめ、ぶんぶんと頭を振った。
諦めるわけにはいかない。
わたしを応援してくれている人たちのためにも!
お土産屋さんにたむろする観光客たちをかき分け、わたしは客船が停泊している港の一角へと向かって歩き出した。
船長たちは繁華街ではなくて、もう港にいる。
今まで発揮されたことのない直感というやつが、わたしの頭の中で叫んでいる。
急げ急げ……!
旅行カバンを持つ手に力が入り、いつしか早歩きになっていた。
港に近づくにつれ、潮の香りが強くなっていく。
耳をすませば、喧騒の中から遠慮がちな潮騒が聞こえてきた。
繁華街の喧騒が遠くなり始めた頃、わたしは船着き場に着いた。
似たような帆船が、所狭しと並んでいる。
風向きの関係で、この時期は東大陸の港に船が溜まりやすいのだ。
この世界では、風向きは半年ごとに変わると決まっている。
春から夏にかけては、西大陸の南方から吹き付ける南西の風。
秋から冬にかけては、東大陸の北方から吹き付ける北東の風。
夏の終わりと春の初めは風向きが安定しないため、航海するには危険といわれている。
しかし、一部の富裕層あたりは人海戦術で内海に漕ぎ出し、風向きが安定したときにはもう内海の中央あたりにいる、ということがほとんどらしい。
つまり、ここにいる出航予定の人々は、一部の富裕層ということになる。
まあでも、半分以上の人が見送りで来ている家族みたいだ。
旅に出る娘さんの回りを、心配そうな顔でウロウロする、見るからに過保護そうなお母さん。
持って行けば役に立つからと、なんでもかんでも持たせようとするおばあちゃん。
お父さんはというと、言葉少なだけど片時も娘さんのそばを離れようとしない。
……面白いなぁ。
なんだか、とっても小説が書きたくなってくる。
想像の翼を広げて、心躍るような文章を並べて……
あの人たちの物語を紡いでみたい……!
って、ダメダメ!
今は船長を探さないと!
こんなに人がいるんだもん、きっと探していれば会えるはず!
……さっきまで途方に暮れていたというのに、わたしってば調子いいなぁ。
まあ、楽観的なのも長所のひとつか。
そんなことを考えながら、わたしは船着き場を歩き続けた。
「……」
客船の合間を縫うように、黙々と探し続ける。
目印は、煉瓦色のふわふわの髪の毛。
隣に従えているであろう、黒いボサボサ頭の背の高い男の人。
もしくは、トマト色の髪の女の人。
……そうだ、目立つ髪色のポモさんを探していれば、船長に行き着けるかもしれない。
そのとき、ふと、
「船長!」
と呼ぶ声が聞こえて胸が高鳴ったけれど……
ここにはいろんな『船長』がいて当たり前なんだということに気づいて、わたしは大きく深呼吸を繰り返した。
ああ、ドキドキした……
相変わらず、船着き場はごった返している。
こんなに船があって、こんなにたくさんの『船長』がいるのに……
わたしが探している『船長』は、どこにも見当たらない。
ジーク船長……!
心の中で叫びながら、わたしは船着き場を歩き回った。
普段の運動不足か、もう足が動かなくなってきた。
旅行カバンを持つ手も痺れてきている。
いつの間にか日は傾き、まあるい夕日が海へ向かって下降を続けていた。
そういえば、船長を探すのに精一杯で、見つからなかったときのことを考えていなかった。
このまま日が暮れたら、わたしはどうなってしまうのだろう。
ここで一晩泊まることになるのか……
でも……
その間に、船長がもっと遠くへ行ってしまったら……?
「それだけは、避けないと……!」
ここはもう、情報を持っていそうな人に話を聞くしかない。
「そんな人は知らない」
……そう言われるのが怖くて、なかなか使えずにいた最後の手段だ。
ああ……
使うしかないか。
船着き場を10周して、わたしはようやく決意した。
さて、話しかけやすそうな人はいないかな……
なんて船着き場をウロウロする理由が変わった、そのときだった。
「だから〜それはボクのことなんですってば!」
騒がしい船着き場の中で、その声ははっきりとわたしの耳に届いた。
つづく




