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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第11章「歌姫の3年間」
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第37話「高級ホテルの小さな机にて」

★彡☆彡★彡


 前略。

 小料理屋『なんもなんも』にお集りの皆さま。


 おれは今、ペルガミーノ王国一の高級ホテル『ぺパール』でこの手紙を書いています。

 すごいんすよ、このホテル。

 何が高級って、毎日びっくりするほど美味しい海の幸が大皿に盛られて、部屋まで運ばれてくるんす!

 最初はなんだか緊張しちゃって、せっかく出された大きい海老をかじっても何の味もしなくて、もったいないなぁ……

 って、こんなことを書いている場合じゃないんでした。


 どうして、おれがこんな高級ホテルに泊まっているのか、説明しないとっすよ!

 皆さん、覚悟してくださいね。

 この後のことを読んだら、きっと大きな海老の話なんて、本当にどうでもよくなりますから。

 ああ、すみません、手紙なのに要領を得なくて。

 ちゃんと説明しますね。


 おれがレーカーの港に降り立った日、ほかに停泊している船は見当たりませんでした。

 それほど混雑しているわけでもなくて、これなら整備中の港町イトマーコマのほうが賑わっていたなぁと思いながら、おれはレーカーの港を散策していました。

 少ない所持金と相談した結果、とりあえずソニード王国まで足を伸ばすと決めて地図を買おうと思ったんです。


 閑散としたレーカーの港は、船着き場の隣が釣り堀になっているようで、近くには露店が立ち並んでいました。

 レーカーの港に来る人より、この露店のほうが人が多かったかもしれません。

 そんな数ある露店をチラチラ眺めつつ歩いていたときでした。

 おれは、ふと後ろから声をかけられて足を止めたんです。


 振り向いた先にいたのは、口元にお洒落な髭を生やした、一言で言うと名家の紳士のような人でした。

 年の頃は……なんというか、ちょうど「お兄さん」と呼ぶか「おじさん」と呼ぶか迷う外見なんすよね。

 ま、それは置いといて。

 おれを呼び止めた紳士は「この人を知っていますか」と1枚の似顔絵を差し出してきました。

 どうやらおれは、人探しのためにレーカーの港に張り込んでいた紳士に声をかけられたようです。


 西大陸に初めてやってきたおれなんかに声をかけるなんて、人選ミスにもほどがあるよなぁと思っていたんすけど……

 そのときにはもう、おれは差し出された似顔絵から目が離せなくなっていて、それどころじゃなかったんすよ。


 そこに描かれていたのは、ひとりの女性の似顔絵でした。

 金髪を後ろでまとめ髪にしていて、耳には大きな翡翠のイヤリングが輝いていました。

 紫色の瞳が力強くこちらを見つめていて、今にも吸い込まれてしまいそうで……

 それはもう、ジュスティーヌさんにしか見えなかったんすよ!!


 まさかこんなところで、こんなにも早くジュスティーヌさんと出会うなんて思ってもいなかったおれは、思わずジュスティーヌさんの名前を口走っていました。

 すると紳士は目を見開いたものの、大きく深呼吸した後で冷静に「この人を知っているのか」と聞いてきました。


 ……今度はこっちが驚く番っす。

 そしておれは、驚きすぎて紳士に確認するのを忘れたんす。

 似顔絵の女性はジュスティーヌさんで間違いないってことっすよね!?

 ……って。


 おれは紳士の質問に「もちろんっす!!」と答えてから、聞かれてもいないのに3年前のジュスティーヌさんに関する経緯を手短に語りました。

 すると紳士は瞳を潤ませながらおれの話を聞いてくれて、何度も何度もお礼を言っては頭を下げたんす。


 この人、こんなに必死になって……

 嬉しかったんだなぁ。

 あ、もしかしてこの人がジュスティーヌさんの『大好きの君』なのでは……?

 とも考えたんすけど、でもなんていうか……

 この人じゃないって、おれのカンが囁くんすよね。

 理由? うーん……

 ワカメ要素が見当たらない、からっすかねぇ。


 紳士は、ダルセーニョと名乗りました。

 見るからに高そうな背広に身を包んで、背筋は定規が入っているみたいにピンと伸びています。

 レーカーの港は、もともと釣り堀だったせいか疲れたオジサン風の釣り人が多くて、そのダルセーニョさんという紳士は確実に浮いてました。

 それでも、そんなことは気にせずに、ダルセーニョさんはおれに「少し待っていてほしい」と言い残して、風のような素早さでその場を去りました。


 おれは何がなんだかわからないまま突っ立ていたんすけど、ダルセーニョさんはすぐに戻ってきて「連絡があるまで、この部屋に泊まっていてもらえませんか」と言って、おれに鍵を差し出したんす。

 それが、今おれが泊まっている高級ホテル『ぺパール』の一等客室の鍵だったんすよ!!


 ホテルへ向かう途中、ダルセーニョさんは「何か予定がおありの旅でしたら、非常に申し訳ないのですが」と謝ってくれました。

 でも、おれはもともとジュスティーヌさんを知っている人に会うのが目的でここまで来たわけなんで、むしろありがたいほどでしたよ。

 そう伝えたら、ダルセーニョさんは穏やかに微笑んで「同じ目的を持つ者同士、協力していきましょう」と言ってくれました。


 ……そんなわけで、おれはレーカーの港に降り立ったその瞬間、旅の目的をほぼ完遂してしまったんです。

 いやぁ~、まさかこんなことが起こるなんて、運が良すぎませんか??

 なんかおれ、無事に皆さんと再会できるかどうか不安になってきてます……

 まあ、それは置いといて。


 ダルセーニョさんは、この後ソニード王国に「使いの者」を送ったそうです。

 ジュスティーヌさんのことを知っている青年(おれのことっすね)がノルテ王国からレーカーの港に来ていることを伝えたって言ってました。

 それからしばらくは、ソニード王国からの連絡待ちでした。

 どうやら、向こうではジュスティーヌさんを必死に探していた人たちが集まっていたみたいで、そりゃもう大騒ぎだったそうなんです。


 で、数日後……

 ついに、ノルテ王国にいるジュスティーヌさんに会いたいって人がレーカーの港に向かっているっていう連絡が来たんす!!

 おれは連絡があってからこっちに向かってくると思っていたんで、ここまでのダルセーニョさんの仕事の早さには呆然とするしかありませんでした。

 ああ、おれもこんな風になれたらなぁ……

 あ、すみません、話が逸れました。


 ジュスティーヌさん。

 やっぱりジュスティーヌさんって、ソニード王国の人みたいですよ。

 ダルセーニョさんは忙しそうだったんで、ちゃんと確認したわけじゃないんすけどね。


 あと……すみません、ダルセーニョさんのせいってわけじゃないんすけど、おれ、ジュスティーヌさんが記憶喪失だってこと、まだだれにも話せてないんです。

 うーん……

 聞かれなかったから言ってない、で済まされるようなことじゃないっすよねぇ。

 ああ、ちょっと憂鬱です。


 でも……きっといつか話せる日が来ると思うので、その日が来たら頑張ろうと思います。

 特に、そのジュスティーヌさんに会いたいって人たちに会えたときには……


 ああ、今「人たち」って書いたのは、ジュスティーヌさんに会いたい人が3人いるからです。

 これは推測っすけど……

 おそらくその中に、ジュスティーヌさんの『大好きの君』がいるんだと、おれは思ってます。

 この手紙が皆さんのところにつく頃には、おれはもうその3人と一緒にノルテ王国へ向かっていることでしょう。


 ……長くなりましたけど、とりあえずのお知らせでした。

 ジュスティーヌさん、待っていてくださいね。

 おれと一緒にノルテ王国へ来る人たちが、きっとジュスティーヌさんの記憶を取り戻してくれるはずっすから!!

 では! 草々。


 高級ホテルの小さな机にて ドンパ。



つづく

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