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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第11章「歌姫の3年間」
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第36話「それ言っちゃうんだ」

 ドンパ君の差し伸べてくれた手は、私につかまってもらうことを前提に伸びている……

 こんな親切にしてもらえて、私は本当に幸せ者ね。

 ありがとう、ありがとう……!

 私は、心からの謝礼とともに、その手を握り返したのでした。


「……ありがとう、ドンパ君」


 いつかきっと、言葉だけじゃないお礼をできる日が来るはず。

 きっと……いや、必ず!

 必ずお礼をさせてね、ドンパ君!

 私がお礼を言ってじっと見つめると、ドンパ君はなぜか目を逸らしてしまいました。


 そんな、恥ずかしがることなんてないのに!

 そう思って握りしめた手をブンブンと上下に振ってみたのですが、ドンパ君は居心地悪そうに「すごく言いにくいんすけど……」と口ごもってから、


「おれがジュスティーヌさんのために西大陸へ行くっていう作戦から、今まで喋ってたセリフまで、ぜんぶ師匠が考えたものなんすよね」


 そう言い終えると、ドンパ君は泣きそうな顔で「あはは」と笑いました。

 なるほど、それでなんだか芝居がかっていたんだねー。

 ……え?


「えー!?」


 私は思わず腹式呼吸で叫んでしまいました。

 おかげでお土産屋さんを見て回っている人たちにチラチラ見られてしまいましたが、そんなことを気にしている場合ではありません。


「いやあ。だろうね! あたしはね、なんとなーくそんな気がしてはいたよ! うん!」


 ワヤちゃんはというと、呆れたような怒っているような顔で目を見開いています。

 港に響き渡った彼女の声は、怒りの色が濃いような気がしました。


 それにしても、ドンパ君の芝居がかった言動……

 思い出せば出すほど、シタッケさんっぽかったわけです。

 まったくシタッケさんてば、もう少しドンパ君のことも考えてあげたらいいのに。

 と思っていたら、ドンパ君は「でも」と口を開き、


「実は、おれも師匠と同じこと考えてたんで、言われなくても同じこと言ってたと思うっす!」


 と、眩しすぎる笑顔を浮かべたのでした。

 ほええ、ドンパ君……良い子過ぎる!

 私は、また深々と頭を下げたのでした。


 それからしばらくは、3人でとりとめのない話をしました。

 その最中にも、ドンパ君はじわじわと波止場へ足を向けて、意を決したように、


「それじゃ、おれはそろそろ行くっすね!」


 そう言って足早に自分の船へと駆けて行ってしまいました。

 なんとなく名残惜しい気がしていたのは、私だけではなかったようです。

 それから私とワヤちゃんも、出港する船を見送るため、遅れて波止場へ向かったのでした。


 ドンパ君の小さな船、その甲板を見上げていると、隣に立つワヤちゃんが「やれやれ」と小さくため息を漏らしました。


「ドンパを自分の思い通りに使おうとするおじさんは人としてどうかと思うけど、それを悪気なく喋って教えちゃうドンパって、なかなか大物よね」

「……確かに。『それ言っちゃうんだ』とは思ったけど……そこがドンパ君の、ドンパ君たる所以だと思う」


 私は思わず呟いて、ワヤちゃんの顔を見つめました。

 そして、お互いに吹き出して、笑い合ったのでした。


 波止場から見える水平線は、ほんのりオレンジ色に染まっています。

 それほど遅い時間ではないのですが、やはりどんどん日照時間が短くなってきているようです。

 ノルテ王国に、もうすぐ短い秋がやってきます。

 そして、長い冬もすぐそこから出番を待っているのでしょう。


 凪が終わったのか、波止場に風が吹き始めました。

 遠くから潮の香りがする、ちくりと頬を差す冷たい風です。

 今まで無風状態だったから、ドンパ君は出港を遅らせていたのかもしれません。

 もうすぐ日が沈んで、大海原は闇に包まれます。

 その中を、ドンパ君はこれからひとりで漕ぎ出していくのです。


 私は何度も「出港時間を変えたほうがいい」と言ったのですが、ドンパ君は「体力には自信があるし、手元には方位磁針もあるっす!」と楽しそうに笑っていました。

 それはちょうど昨日のことなのですが、もう遠い昔のように思えてきます。


「それじゃ、行ってきます! 手紙、書くっすね!」


 ドンパ君は小さな船の甲板を忙しなく行き来していたかと思うと、大きく帆を張って、そのまま動き出した船から私たちに手を振っていました。

 ドンパ君の船は、あれよあれよという間に遠く離れていきました。

 どうやら、うまく風に乗れたようです。


 後に残されたのは、沈みゆく夕日に照らされた波止場に立ち尽くす私とワヤちゃん、そして規則正しく鳴り響く潮騒……

 路地にひしめく露店には、次第にランプの灯りが灯り始めました。

 まるで、昼間の明るさを取り戻そうとしているかのように。


 私とワヤちゃんは深く頷き合うと、そのまま波止場を離れ、宿屋へと向かいました。

 もうお互いに何も話すことはありませんでしたが、心の中で思っていることは同じだったと思うのです。


 どうか、無事に西大陸へたどり着けますように。

 そして、無事にこちらへ戻って来られますように。



★彡☆彡★彡



 この世界の手紙は、一度すべて暗号として小型化されたものが再び翻訳され、伝書鳩から受取人に届けられる仕組みになっています。

 初めて聞いたときは、驚いたものです……

 私が初耳ということは、西大陸にいた頃の私は、もしかすると手紙とは縁遠い生活を送っていたのかもしれません。


 それはさておき……

 旅に出たドンパ君からの手紙が伝書鳩によって届けられた頃、ノルテ王国はすっかり秋が通り過ぎ、冬の匂いが漂い始めていたというわけなのでした。


「……あんなに毎日会っていたのに、こうして数ヶ月も顔を見ないでいると、少し寂しくなってくるから不思議よね」


 いつものように小料理屋『なんもなんも』の丸テーブルについたワヤちゃんと私は、届いた手紙を前にしてドンパ君に思いを馳せていました。

 手紙の宛名の中には、ナンモさんとシタッケさん、それからウルカス先生の名前も入っていました。


 けれども残念ながら、ナンモさんは珍しく南西部で泊りの用事があり、シタッケさんもお仕事で北東部にいるそうです。

 そしてウルカス先生は急患の手当てに忙しいようで、ここには私とワヤちゃんしかいないわけです。

 ですが……


「まあ……3人には、後で見せればいい、よね……ね? ジュスティーヌ、開けて読んでみましょう!」

「え、でも……いいのかな」

「大丈夫、大丈夫! だって、そもそもはジュスティーヌ宛の手紙なんだから!」


 ワヤちゃんはナンモさんの部屋へと走って行って、ペーパーナイフを持ってきました。

 そして、もう一度「ね?」と私に確認してきました。


 うーん……

 そういうことなら、仕方ありませんね。

 だって、私だって気になっているのですから!

 私は、ワクワクが止まらない様子のワヤちゃんからペーパーナイフと手紙を受け取りました。


 ……ずいぶんと重たい手紙です。

 丁寧に開封して中を確認してみると、紙以外には何も入ってはいないようです。

 ということは、重たいのは紙自体ということ……

 取り出してみると、細かい字かびっしりと書き込まれた便箋が、なんと10枚も折り畳まれて入っていたのです!

 な、なんて筆まめなんだ、ドンパ君。

 こんなに私に伝えたいことがあるなんて。


 うーん……

 これはやっぱり、ほかの3人を待つべきでは……?

 と思ったのですが……

 そう言い出せない自分は、まだまだ好奇心という名の魔物には勝てないようです。


「よおし! 早く読みましょう!」


 最初から読む気満々のワヤちゃんにせかされるまま、私は分厚くて細かい手紙を一緒に読み始めました。

 その、驚きの内容が詰まった、長い長い手紙を……



つづく

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