第13話「そんなの見ればわかる!」
「……?」
どうしたんだろう……
不思議に思って、ドア横の小窓からそっと通りの様子を覗いてみた。
船長は、わたしの家のドアの前で、左を向いて立っている。
すると、そのさらに左側から、
「あなたがジーク船長ですか」
とてつもなく聞き馴染みのある、つんつん尖った声が聞こえてきた。
なんと……
わたしの妹、マーサの声である。
……って!
なんでマーサ!?
もう少し頭を出して覗き込んでみると、マーサが船長にツカツカと詰め寄っていくのが見えた。
えええ……?
マーサ、どうしてここに……?
舞台の稽古で遅くなるんじゃなかったの……?
わたしの疑問をよそに、マーサはツカツカと船長に近づいていく。
その背中から、揺らめく炎の気配のようなものが見えた。
なんだか、とても怖い雰囲気……
これは、昔どこかで……
あ。
あれは、わたしが間違えてマーサのおやつを食べてしまったときと同じ……
ってことは……
マーサ、すっごく怒ってる!
……そこまで考えて気がついた。
そんなの見ればわかる!
「あなたが、ジーク船長ですね」
わたしがバカみたいなことを考えている間にも、マーサは先ほどよりも強い口調でもって、返事をしない船長を見上げている。
船長はというと、わたしより小さなマーサに凄まれて後ずさりしつつも「あ、ああ」と頷いていた。
「ジークは俺のことだが……もしかして、君はシーナのいも」
「ちょっといいですか」
恐る恐る尋ねる船長に構うことなく、食い気味に切り出したマーサは、ニコリともせずに船長を見上げている。
もう船長は、マーサの勢いに押されて頷くばかりだ。
そして、マーサは腹から声を出した。
「歯、食い縛ってください。一発殴りたいんで」
「……え」
は?
マーサの場違いすぎる発言に、船長は絶句し、わたしは目が点になった。
ちょっとマーサ、何言ってんの……?
呆然とする船長と、どうすることもできないわたしが見守る中、マーサは右手で拳をつくると、電光石火の如き早業で船長の左頬に勢いよくパンチを繰り出した。
………
……
…
マーサは女優の卵だ。
毎日、筋力アップのトレーニングをしていると誇らしげに報告してくるのだから、わたしより力が強いのは当たり前。
だから、
ゴッ
というなんとも痛そうな音が、まるで家の中まで聞こえてくるかのようなパンチだった。
相手が小さいからと油断していたらしい船長は、その威力に少しよろめいていた。
……わたしは、いったい何を見せられているんだろう。
いったい何がどうなったら、マーサが船長に一発お見舞いすることになるんだろう……?
そんな疑問符だらけのわたしに答えるように、マーサは頬をさすっている船長に向かってトドメの一撃……いや、トドメの一言を繰り出した。
「あたし、年頃の女の子を泣かせる奴がいちばん許せないんです。今度泣かせたら……特訓中の回し蹴り受けてもらいますから、そのつもりで」
船長を見上げるマーサの顔は、本気そのものだった。
年頃の女の子を泣かせた船長……
って、まさか……
最初はピンと来なかったわたしにも、なんとなくわかってきた。
マーサは、わたしのために、船長に一発お見舞いしたんだ。
まったく……
この前まで、わたしのこと『年頃の女の子の対義語』なんて言って馬鹿にしてたくせに。
というか、もう年頃の女の子というにはちょっと年嵩なんだけども。
でも、どうしてマーサは知っていたんだろう。
わたしが泣いていたことも、船長が関わっていることも……
「それじゃ、さよなら。プリン、ありがとうございます」
わたしが新たな疑問符を頭に載せている間に、マーサは挨拶にもお礼にも聞こえない捨て台詞を投げつけ、玄関に置かれた紙袋を手にドアを開けた。
船長は、すでに通りから姿を消していた。
小窓から顔を半分出して確認してみても、船長の姿はおろか、気配すら感じられない。
「ただいま。もしかして、さっきの見てた?」
玄関から入ってきたマーサが、わたしのへっぴり腰を見て声をかけてきた。
こくんと頷いてみせると、マーサはわたしの心を読んだかのように、
「クミンさんに聞いたんだ。土砂降りの雨の中を、泣きながら走っていくシーナを見かけたって。船長さんの家から出てきたところだったみたいだけど、大丈夫かなって心配してたよ」
と、一発お見舞いした理由を説明してくれた。
どうやら、あの雨の日にクミンちゃんとすれ違ったことは気のせいではなく、家に帰って来たときマーサの気配がしたのは気のせいだったらしい。
「で……何があったの」
それほど興味もなさそうな口調のマーサに、わたしはあの日のことをすべて話した。
もちろん、船長には何の非もないことも含めて。
「ふ〜ん、なるほどね」
喋りながら玄関から居間のテーブルに移ったわたしたちは、さっそくもらったプリンを食べようと、それぞれの席に着いた。
マーサが紙袋の中から瓶入りのプリンを取り出した。
小さなビンに詰められた、柔らかそうな薄黄色。
ビンの底に敷かれた飴色のカラメルが、今か今かと出番を待っている。
「シーナは、もう大丈夫なの」
付属のスプーンを取り出しながら、マーサが顔を上げずに尋ねてきた。
普段は、お互いの心配なんかしたこともないし、気にかけ合うこともない。
でも、マーサはわたしを守ろうとしてくれた。
詳しい理由も知らなかったくせに。
「うん……ありがとう」
「……」
わたしは、ちゃんと聞こえるように言ったと思うのだけど、マーサは聞こえないフリをしているのか黙ったままだ。
……わたしの言い慣れないお礼が当てもなく彷徨ってしまった。
照れくさいけど勇気を出して言ったんだから、何か返してくれないと気まずい!
なんて考えていたとき。
ほんの少し顔を上げたマーサの口許が、
「よかった」
と、動いたように見えた。
まったく、お互いに照れ屋な姉妹だなぁ。
まあ……いっか。
「マーサ、今日は舞台の稽古じゃなかったの?」
スプーンを受け取りながら尋ねてみると、
「演出家の先生が風邪引いて休んじゃって。みーんな早上がり」
マーサはそう言って「いただきます」とプリンのフタを開けた。
なるほど、それで船長と鉢合わせしたのか。
納得したわたしは、プリンの瓶を手になんとなくロゴを確認した。
こっ……
これは……!
「マーサ! これ、1日10個のみの販売で、おひとり様1個までで有名な超高級プリンだよ!」
「え、マジで!?」
あやうく無造作にスプーンを突っ込もうとしていたマーサも、慌ててビンを回して確認して……
ゴクリと唾を飲んだ。
「ほんとだ……一流菓子職人バニラの超高級プリンって噂は聞いてたけど、限定10個のうちの2個がここにあるってことだよね」
「そ、そうだね……」
「でもでも、おひとり様1個まででしょう? どうして2個も買えたんだろ。船長さん、変装して2回並んだのかな」
「……」
違うよ、と言いかけて……
口にはできなかった。
そこから、楽しかった思い出が零れていってしまいそうだったから。
もちろん、わたしは知っている。
船長には、プリンを買うために一緒に並んでくれる、ガタイのいい相棒がいること。
甘いものが苦手であろう船長のために、的確な助言をくれる奇抜な髪色の仲間がいること。
でも、まだ言えない。
零れ落ちる涙のわけを、上手く説明できそうにないから。
それにしても……
船長、そこまでしてわたしのことを励まそうとしてくれたんだ。
どうしよう……
ますます会いにくくなってしまった。
心はあまり晴れやかではなかったけれど、プリンはほっぺたが落っこちるくらい、なめらかで美味しかった。
つづく




