第30話「こっち、ですか……?」
今、私とワヤちゃんが向かっているのは、通称『ナンモさんの物置部屋』。
このお店の裏の、奥の奥にある小さな部屋には、なんとナンモさんがお嬢様として暮らしていた頃の装飾品やら思い出の品やらがしまい込まれていて、ナンモさん曰く「そこにあるものは何でも使ってよい」とのことなのです。
そこに行けば、私の髪に合う髪飾りも見つかるに違いない……ワヤちゃんはそう言って、先を急いでいます。
ステージ裏をくるくる回って、突き当たりの小部屋。
北向きなのであまり日が差さず、いつも薄暗い場所です。
「ああ、久しぶりね。一応、ホコリよけは掛けてあるけど、中はどうなっているかわかんないのよね」
ワヤちゃんがナンモさんから預かったままだという鍵をポケットから取り出し、鍵穴に突っ込みました。
鍵は、無理難題を渋々受け取るような苦しげな悲鳴を上げつつも回転してくれました。
扉を開けた途端、足元でほこりが舞い上がります。
換気していないせいか、漂ってくるのはカビ臭い空気ばかり……
それにしても、中は真っ暗で何も見えません。
廊下が明るすぎるせいでしょうか。
私とワヤちゃんは、暗闇に目が慣れるのを待つことにしました。
目を細めること、しばし。
ようやく部屋の全貌がうすぼんやりと見えてきました。
今は昼過ぎのはずですが、部屋の中は薄暗いまま……
カーテンが掛かったままなのかと思いきや、なんと窓の真ん前に大きな箪笥がでんと鎮座しているではありませんか。
窓の存在意義を壊すにはもってこいの立ち位置ですが、いったいだれがそんなところに置いたのやら……
ちなみに、侵入者を拒むように積まれた大きな木箱は中身が空っぽでした。
……床に散らばった靴箱を中に収納したいくらいです。
「えーっと……確か、髪飾りの類は奥の箪笥の引き出しだったはず。ジュスティーヌ、ついて来て!」
部屋奥へ向かい、ワヤちゃんが私に手招きしています。
その後を追って、私も部屋の中へと入りました。
靴箱や衣装ケースが散乱し、床の上は足の踏み場もないほどです。
薄闇の部屋の中を、私は慎重に部屋奥へ向かって歩いていきます。
ワヤちゃんはというと……なんと、一度も下を向いて確認することなく、すいすいと歩いていくではありませんか。
まるで、何がどのように散らばっているか理解していて歩みを進めているような感じです。
つい最近、ここに来たことが……いや、鍵の具合からいっても、それはないでしょう。
もしかして……
私は一度も入ったことはありませんが、ワヤちゃんの部屋は……
「……」
いや、憶測でものを考えるのはやめておきましょう。
私は首を振りつつ、ずいぶんと先に行ってしまったワヤちゃんを追いかけました。
よろめきながらも追いつくと、ワヤちゃんはすでに箪笥の引き出しに手をかけていました。
大きな箪笥なので、引き出しは全部で8つほど。
それを下の段から順番に、ガタガタいわせながらも開けていきます。
なるほど、下から開けていけば、いちいち引き出しを閉める手間が省けるので、とても効率的です。
それにしても、ワヤちゃんの手際の良いことといったら……
もしかして、自分の
「あー! あったぁ! なぁんだ、2番目かぁ」
私の思考を遮るように、ワヤちゃんは上から2番目の引き出しを開けて歓声を上げました。
そのまま引き出しを全部出し切ると、両腕で抱えて移動し、散らばった靴箱の上に下ろしました。
「この箪笥のせいで暗くてしょうがないわぁ。仕方ないから、そこのランプ点けようね」
箪笥の脇には、小さなランプが転がっています。
ちょうど手元が明るくなるくらいの大きさで、私とワヤちゃんの顔はもちろん、引き出しの中身もよく見えるようになりました。
ランプの灯りを受けて、中身が煌めきます。
「わあ……!」
その美しさに、私は思わず声を上げていました。
引き出しの中は、髪飾りというよりは美しい宝石箱のようだったからです。
色とりどりの髪飾りがランプの灯りで輝く中、ワヤちゃんが私を見つめていました。
その瞳もまた、髪飾りたちに負けじと輝いています。
「ジュスティーヌの言ってた夜会巻き用の髪飾りって、これのことだよね?」
「うん! まさか、こんなにキレイなものばかりとは思わなかったけど……」
「ほんとにねぇ……ナンモさんも、昔は着飾ったりしてたのかな」
私は、ワヤちゃんと一緒に髪飾りをひとつずつ手にとって確認していきました。
少し小さくて私の髪をまとめきれないもの、櫛の部分が劣化しているものを脇に避けていき、数種類を厳選していきます。
「うわ~、落として壊さないように気をつけなきゃね」
ワヤちゃんの呟きに頷きながら、私は使えそうな髪飾りを近くにあった木箱の上に並べていきました。
引き出しの中には山ほどあった髪飾りですが、私の前に並んでいるのは大振りな作りの5種類だけです。
それでも、どれも美しいものばかりで、いったいどれを選べばいいのか迷ってしまいます。
「うーん、そうねぇ……ジュスティーヌは金髪だから、やっぱり合いそうなのは、この青いやつかなぁ」
髪飾りとにらめっこしていたワヤちゃんが指さしたのは、群青色の宝石が簾のように飾られた、少し大人っぽい髪飾りでした。
……なるほど、確かに青色は金髪に似合いそうです。
それじゃあ、これにしようかな。
大人っぽいものに憧れていたし、ちょうどいいかも。
私は、その群青色の髪飾りを手に取りました。
そのとき、
『待ッテクレ』
ふと背後から、男の人の声が聞こえてきました。
私は思わず顔を上げましたが、もちろんこの部屋には私とワヤちゃんしかいません。
念のために振り向いてみましたが、やはりだれもいませんでした。
……気のせい、でしょうか?
「? どうしたの?」
ワヤちゃんに顔を覗き込まれ、私は「なんでもないよ」と微笑んで髪飾りと向き合いました。
そして、もう一度その群青色の髪飾りを手に取ろうとしたのですが……
『コレガイイ……コノ色ノホウガ似合ウ、ト思ウ』
またもや、同じ男の人の声が聞こえてきました。
しかも声の主は、並べられた髪飾りの中のひとつを指さしているではありませんか。
明確な意思を持った、長い指です。
その指がさしていたのは、私が手に取ろうとしていた髪飾りではなく、その隣に置かれたものでした。
赤い宝石が煌めく、軽やかな感じの髪飾りです。
え……?
こっち、ですか……?
確認するように振り向いてみましたが、やはりそこにはだれもいません。
気がつけば、髪飾りをさしていた長い指も消えています。
仕方ないので、私は赤い宝石のほうを手に取りました。
上品な、臙脂に近い赤い宝石が星形に加工されて飾られています。
光の加減によっては明るく見えたり、しとやかに見えたりするものの、とても赤色が目立つ髪飾りです。
「……あら、そっちもなかなかステキねぇ」
ワヤちゃんが私の手元を覗き込んで、ぽつりと呟きました。
そして、私と髪飾りを交互に見ながら「なるほど、なるほど」と頷いています。
「確かに、そっちのほうがいいかも。あたしが選んだ青系は金髪を目立たせて大人っぽい美人に見せるかもしれないけれど、赤色は髪飾り自体が目立って可愛い感じがする。ジュスティーヌは、どちらかといえば可愛いほうが似合うものね」
「え、可愛いは言い過ぎだと思うけど……でもワヤちゃんも、私には赤色が似合うって思うんだね」
「……ん?」
私が思わず漏らした呟きに、ワヤちゃんは首を傾げています。
そこで私は、先ほどの不思議な体験を、ワヤちゃんに語って聞かせたのでした。
つづく




