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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第11章「歌姫の3年間」
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第24話「この歌の楽譜を」

 それにしても、私が歌姫だなんて……

 このノルテ王国の沿岸に流れ着き、自分が何者かわからず1年以上の月日が過ぎた今、こうして思い出した歌を歌っている……

 私自身がすでに「謎の塊」だというのに、なぜか歌だけは空で歌えるという不思議……

 そんな迷宮に片足を突っ込んでしまったと思った、そのとき。


「ジュスティーヌさん! 大丈夫っすかーっ!?」


 店の引き戸が勢いよく開き、ドンパ君が飛び込んできました。

 その後ろには、ふさふさとした銀髪が見えます。

 どうやら、ウルカス先生のようです。


 そういえば私が倒れ込んだとき、ドンパ君はウルカス先生を呼んでくると言って飛び出していったのでした。

 もちろんドンパ君は、テーブルを囲んで和気あいあいとしている私たちを見て、目が点になっています。


「ちょ……皆さん、どうしたんすか……? ってか、ジュスティーヌさん! 大丈夫なんすか!?」


 慌てたように店内へと入ってきたドンパ君に、ナンモさんはとりあえず椅子に座るように声をかけました。

 もちろん、何が何やらわからないと顔に書いてあるウルカス先生も一緒です。


 さて……

 私の目の前には、期待に満ちた眼差しのワヤちゃんとシタッケさん、そしてナンモさん。

 とにかく事情を説明してもらいたそうなドンパ君とウルカス先生……

 私はテーブルを囲む皆さんを見回し、これまでのことについて説明を始めました。



★彡☆彡★彡



 遠く離れた国、ソニード王国で30年前に流行した歌を空で歌えること。

 自分ではそうは思わないけれど、だれもが驚くほどの歌唱力だということ。

 そして、ステージで見た数々の幻たち……

 私はテーブルを囲む皆さんに、シタッケさんが来店してからのことを説明しました。


 すべて話し終えたとき、シタッケさんが待ってましたとばかりに「ジュスティーヌさん! 何でもするから、また歌ってくれないか。何でもするから!」と半ば強引に頼んできたので、私は今日の食器洗い当番と引き換えに、またあの歌を歌いました。

 ステージには立たずにその場で歌っただけですが、歌い終わった後はテーブル席が喝采に包まれました。


 しかも、驚いたことに……

 あのウルカス先生が瞳を潤ませ、一心不乱に拍手していたのです。

 これには、隣に座っていたワヤちゃんも驚愕したようで、あんぐりと口を開けていました。

 ウルカス先生といえば、患者さんに率直に物を言いすぎて「人間じゃない」とまで陰口を叩かれたこともあるお医者さんです。

 普段は感情を表に出さないことで有名なウルカス先生が、歌を聴いただけでここまで感動するなんて……


「……ああ、すみません」


 ウルカス先生はハンカチで目を押さえ、そのまま黙り込んでしまいました。

 けれども、その先を口にせずとも皆さんには何もかもお見通しのようです。

 シタッケさんなんて、ウルカス先生の隣で激しく頷いています。


「先生も、わかるんですねぇ。この、ジュスティーヌさんの素晴らしさ! もう歌姫というより歌の女神だな!」

「……」

「……あの、ウルカス先生。そろそろ何か言ってくださいよ。ね? ジュスティーヌさんもそう思うでしょう?」

「女神は言い過ぎです」

「……むぅ」


 ウルカス先生には黙りこくられ、私にはぴしゃりと否定され、シタッケさんはものの見事にふてくされてしまいました。

 まあ、それは置いておいて……

 ウルカス先生は、ようやく顔を上げると、


「ジュスティーヌ、これは何という歌ですか?」


 と、質問しました。

 他の皆さんも、興味津々で私を見つめています。

 ああ……困りました。


「え、えっと……」


 私は、俯きがちに首を横に振りました。

 流れる水のように歌えるこの歌ですが、残念ながら曲名は思い出せないのです。

 おそらく、歌詞の中に答えがあるとは思うのですが……

 私は、思い切っていちばん印象に残る歌詞を口に出しました。


「おそらく、なんですけど……曲名は『いつでも歌が』かな、と」

「……なるほど」


 ウルカス先生は、私が口にした『いつでも歌が』を何度か呟きながら「私もそう思います」と頷きました。

 はて、この歌の曲名がそんなに大事なことなのでしょうか。

 私がぽかんとしていると、ウルカス先生は皆さんの顔を見回した後で話し始めました。


「ジュスティーヌ以外の皆さんは知っているかと思いますが、ノルテ王国の北西部には世界中の書物が収蔵されている大図書館があります。そこには、多種多様な楽譜も収蔵されているそうです」

「楽譜……」


 私がぽつりと呟くと、ウルカス先生は「はい」と頷いて、


「ジュスティーヌ……あなたが歌えるその歌の楽譜を、見てみたくはありませんか?」


 そう言って穏やかに微笑んだのでした。

 なるほど……

 確かに、30年以上前の歌ではありますが、流行歌だったのであれば、楽譜が残っていてもおかしくはありません。

 それに、ウルカス先生はこうおっしゃりたいのでしょう。

 楽譜を見れば、また何か思い出せるかもしれない、と……


「……見てみたいです。この歌の楽譜を」


 気がつけば、私はウルカス先生にそう言っていました。

 ウルカス先生も、穏やかな微笑みのまま頷いています。

 そして、ワヤちゃんとシタッケさんが「あたしも見てみたいです!」「俺も俺も!」と声を張り上げても表情を崩さず「あなたたちには聞いていません」と、ぴしゃりと言い放ったのでした。

 ワヤちゃんとシタッケさんは笑顔を顔面に張り付けて「ですよねー」と声を合わせました。


 ……なんだこれ。

 何とも言えない重苦しい空気が店内を占めています。

 しかし、そんな中でも元気なのが、我らがドンパ君です。

 ドンパ君は、まるで何事もなかったかのように「はい!」と手を上げました。


「あの大きな図書館なら、何度か配達で行ったことあるっすよ。確か、置いてある楽譜は買い取ることもできたはずっす。そうっすよね? ウルカス先生」


 その言葉に、ウルカス先生が頷きます。

 そして、それとほぼ同時にシタッケさんが手を打ちました。


「それじゃあドンパ、お前が行ってこい。楽譜を買い取る金なら、俺が全額支払う」

「ええっ! マジすか師匠!」

「いよっ! おじさん、太っ腹~!」


 シタッケさんのびっくり発言に、ドンパ君は大慌てで、ワヤちゃは囃し立てて楽しんでいるようです。

 そしてナンモさんはというと、自信満々に言い切ったシタッケさんの顔を覗き込み、


「楽譜って、けっこう値段張るのよ? わかってる?」


 と、心配そうに声をかけました。

 そして、ドンパ君が追い打ちをかけるように、


「あの図書館、遠いから日帰りは無理っすよ。宿泊費も出してもらえるんすよね」


 と、いたって真面目な顔で尋ねています。

 シタッケさんはというと、どんと拳で胸を叩いて「大丈夫、大丈夫! 任せとけって!」と胸を張りました。

 しかし……私は見逃しませんでした。

 ほんの一瞬、シタッケさんの目が泳いだのを!

 俄然、黙っていることなんてできなくなりました。


「シタッケさん! 何でもひとりで背負い込まないでください! これは、私の記憶に関わることですから、もっと私にも」


 協力させてください、そう頼もうとしたのですが、私の目の前に座るシタッケさんは、そこですっと手を上げて私を制しました。

 ……いつになく真剣な眼差しです。

 思わず見惚れてしまうほど……

 ドキドキしながら待っていると、シタッケさんはいつにもまして艶やかな良い声で話し始めました。


「ありがとう、ジュスティーヌさん。心配させちまって、悪かった。でも、いいんだ。これは、俺が好きでやってることなんだから……気持ちだけ、受け取っておくよ」

「で、でも……」



つづく

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