第22話「舞台という名のステージ」
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「なるほど……確かに、不思議な話っすね。それにしても、ジュスティーヌさんの歌の、ステキなことといったら! ああ、思い出しただけで涙が……」
小料理屋『なんもなんも』へとやって来た、何も知らないドンパ君に、私はとりあえず先ほどの歌を歌ってみせました。
するとドンパ君もシタッケさんと同じようにぽろぽろと涙を流し、その後に説明した今までのことも、涙ぐみながらノートにまとめてくれたのでした。
そして、丸テーブルを囲んで座った今でも、出されたお茶には手を付けず、瞳を潤ませているのです。
うーん、これは先ほども思ったことですが……
ドンパ君といい、シタッケさんといい……
「あの、ふたりとも……ちょっと大げさすぎませんか? 良い歌だとは思いますけど、私の歌でそんなに……」
と、そこまで口にしたとき、
「キレイなんだよ感動したんだよ! あと、立ち姿だってこの世のものとは思えないくらい美しかったんだよ!」
と、シタッケさんが勢いよく立ち上がって叫びました。
あまりに勢いがよかったせいか、椅子が壁際まで吹っ飛び、シタッケさんが盛大に膝をテーブルにぶつける音が店内に響き渡りました。
しかし、シタッケさんは気にすることなく喋り続けています。
「俺は、このガサツそうな見た目の通り、音楽や芸術といった類の繊細さとは縁遠い人生を歩んできた。しかし、ジュスティーヌさんの歌を耳にした瞬間、身体中に鳥肌が立ったんだ! 透き通るような歌声、輝くような立ち姿……こんなにも美しいものがこの世界にあったなんてと、心が震えたんだよ」
「おれも同感っす。まさか自分が歌を聴いて泣くなんて、思いもしなかったっすよ! 本当に……良い歌っすよねぇ」
「いやいや、ドンパ。確かに良い歌だが、それだけじゃあないだろう? この歌はなぁ、ジュスティーヌさんが歌うから良いのさ! ああ、ジュスティーヌさん、歌の女神……!」
あまりの褒めっぷりに、私はもう口をあんぐり開けていることしかできませんでした。
それなのに、シタッケさんとドンパ君は、感動を分かち合うように手を取り合って頷きあっています。
いやいや、だからふたりとも、大げさなんですってば。
ワヤちゃんもナンモさんも、何か言ってあげてくださいよぉ。
私が助けを求めるように視線を向けると、
「あたし、初めておじさんと意見が合ったかも!」
「そうねぇ、ジュスティーヌの歌も歌声も、すべてが美しいものねぇ」
なんて、ワヤちゃんとナンモさんは口々に言い合っているのでした。
あああ……なんだか、恥ずかしくて身体中がむずがゆくなってきました。
しかし、そんな私の気持ちなんてつゆ知らず、シタッケさんが「そうだ!」と満面の笑みで両手を打ちました。
「こんなにも美しいものを、たったこれだけで終わらせるなんて、もったいない! ジュスティーヌさん、これからは毎回あのステージで歌うといい! 俺が毎日聴きに来るぞ!」
そう言いながらシタッケさんが嬉しそうに指を差したのは、店奥にどっしりと構えた広いステージでした。
そこは、ナンモさんがこの店を買ったときからすでにあったという、舞台用のステージ……
ワヤちゃんが常連さんのギターに合わせて軽やかな踊りを披露してくれる場所でもあります。
……そうです、あそこはワヤちゃんの大事なステージです。
いくら私の歌をたくさんの人に聴いてほしいからと、簡単にワヤちゃん以外の人が使っていいような場所ではないと思うのですが……
私は、シタッケさんに返事をする前に、ワヤちゃんのほうをちらりと確認してみました。
できるだけ、ワヤちゃんの意見を尊重しようと思っていたのですが、
「おじさん! それ、あたしが言おうと思ってたところ! あのステージは、ジュスティーヌのためにあるようなものだもんね!」
なんとワヤちゃんは、大切なステージを私に譲る気満々のようです。
「だって、ジュスティーヌのあの歌と歌声に比べたら、あたしの踊りなんて子どものお遊戯会もいいところだもん! だから、あのステージは場所も時間も全部ジュスティーヌにあげる! もう決めたから!」
「そ、そんな、ワヤちゃん……」
「遠慮しないでよ! あたしだって、ジュスティーヌがステージで歌うところ、見てみたいんだもの!」
鼻息荒く私の手を取るワヤちゃんを、ナンモさんとドンパ君も穏やかな顔で見守っています。
「ワヤがこんなにシタッケさんの味方をするなんて……よっぽどジュスティーヌの歌が心に響いたんでしょうねぇ」
「そうっすねぇ。いつも、これくらい仲良くしてくれたらいいのに」
ドンパ君の最後の一言は囁き声だったせいか、当のふたりには聞こえてはいないようでした。
その証拠に、シタッケさんは機嫌よく吹っ飛ばした椅子をもとに戻しながら、
「よぉし! そうと決まればジュスティーヌさん、早速ステージに立ってみておくれよ! どんな感じになるのか、見てみたいんだ。ほら、立つだけでいいから!」
そう言って、ニコニコと先に立って店奥へと行くと、私をステージへと手招きしました。
店奥に佇む、舞台という名のステージ……
3段ほどの階段が、左右と中央に3つあり、それが客席とステージを繋いでいます。
ステージの広さは、私が3人ほど大の字になって寝転んでも余裕があるくらいです。
上手側にはアップライトピアノが設置されていますが、使う人がいないために音は狂っているとか。
上手と下手の出入り口にはカーテンが掛けられていて、それぞれ仕切られています。
ちなみにこのカーテン、ここで踊りを披露するワヤちゃんが、着られなくなったワンピースで作ったと最近聞きました。
私は、手招きされるまま客席からステージへと階段を上がりました。
そばで見ていたシタッケさんはというと、
「それじゃあ俺は、ジュスティーヌさんがいちばん美しく見える席を探そう」
と、今までにないほど真剣な顔で、テーブル席をひとつひとつ確認しに行きました。
ワヤちゃんのため息が、店内に響きます。
「まったく、おじさんってば……あたしに対する態度も、それぐらい真面目にしてくれたっていいじゃないのよ」
「……」
「聞いてないし」
そんなワヤちゃんの文句すら聞き流して、シタッケさんは「ここでもない、ここでもない」とテーブル席を駆け回っていましたが、目当ての席を見つけたらしく、そこに腰掛けました。
ステージに一番近いテーブル席の上座、つまりステージに立つ私に一番近い席です。
シタッケさんは嬉々として「ジュスティーヌさーん」と、階段脇に立っていた私に手を振りました。
「ちょっと、ステージの真ん中に立ってみてもらえるかなぁ。あ、立つだけでいいけど、もしそこで歌ってくれたら今度街中の」
「立つだけにしておきます。歌は、さっきも歌いましたからね」
「……あ、うん」
ぽかんとするシタッケさんに微笑みながら、私はステージの真ん中へと移動しました。
足元には、真ん中の目印らしきガムテープが張られています。
踊りを踊るワヤちゃんには、ステージの真ん中は関係なさそうなので、これはステージができたときからある目印でしょう。
しかし、そこだと少し下手に寄っているような気がします。
どうやらステージの真ん中というより、客席から見て真ん中といった場所のようです。
おそらく、アップライトピアノの大きさの関係でしょう。
私はテープが張られた場所に立ち、くっと背筋を伸ばしました。
これはまさに歌う姿勢……
無意識に出てくるということは、やはりどこかで歌を歌う生活をしていた、ということなのでしょうか……
つづく




