第21話「皆さんちょっと大げさすぎでは?」
★彡☆彡★彡
叶わない夢は消えた
夜が来ても
目を閉じても
願いは見えない
いくら夢を追おうとも
叶いはしない世界でも
いつか叶うと信じて
歌を歌い続けよう
やまない雨はない
明けない夜はない
歌はここで響いてる
いつでも歌が
そばにいる
会いたい人は消えた
春が来ても
冬が去っても
願いは届かない
いくら愛を叫んでも
聞こえはしない世界でも
いつか会えると信じて
わたしはここにいるだろう
やまない雨はない
明けない夜はない
わたしはここに、ここにいる
いつでもわたしが
そばにいる
いつでも歌が いつでもわたしが そばにいる
★彡☆彡★彡
「……な」
ふと、シタッケさんが息を呑む気配が伝わってきて、私は我に返りました。
えっと確か、この歌のことを知っている、何か思い出せそうだなって考えていて、そして……
「あ、れ……? 私、今……歌ってました……?」
「ジュスティーヌさん、それはまさしく、俺が聴いてきた歌だ。だが……どうしてだ? どうして、そんなにスラスラ歌えるんだ?」
シタッケさんが疑問に思うのも当然です。
なぜなら……
「さっきも説明したが、この歌は今から30年以上も昔の流行歌だ。その頃にはまだ、ジュスティーヌさんは生まれていなかったはずだろう? それに……西大陸にあるソニード王国の歌が、ジュスティーヌさんの出身地だと思われるプラデラ大平原とどうつながるんだ? というか、もしかして何か思い出した、とか?」
「……」
私は、シタッケさんの問いかけに静かに首を振りました。
特に何か大事なことを思い出したわけではありません。
しかし、いったい何がどうしたら19歳の私が30年以上前の流行歌を歌いあげることができてしまうのでしょう。
これには、きっととても大切な理由があるのではないでしょうか。
何か、とても大切な……
大切な……
……
私が黙々と考え込んでいると、
「ちょ、ちょっとちょっと!」
「今の歌、ジュスティーヌだよね!?」
ナンモさんとワヤちゃんが、今までにないほど俊敏な動きで店内へと飛び出してきました。
ふたりとも、顔に「とんでもないものを耳にした」と書いてあります。
そして、口をパクパクとさせるワヤちゃんの隣で、ナンモさんが思わずといったように口を開きました。
「びっくりしたわぁ……ジュスティーヌったら、とてもキレイな声で歌うのねぇ……で、いったい何の歌なの?」
その質問には、シタッケさんが先ほどと同じように、30年以上前のソニード王国での流行歌であることを説明してくれました。
すべて聞き終えたふたりは「そんな歌があるのねぇ」と頷きあい、当然のごとく、
「それで……どうしてジュスティーヌがそんな歌、歌えるの?」
と、声を合わせました。
ですよねぇ……
でも、その理由は残念ながら私にもわからないのです。
それでもなんとなく、何百回と歌っている歌であることは、身体が覚えているようです。
どこの音を出すときに注意すればいいか、どこで息継ぎをすれば違和感なく歌詞の意味を伝えられるかといったことはわかるのですが、どうしてこの歌なのかと聞かれると、
「……わかりません。どうして歌えるのか、どうしてこの歌なのか」
「なるほど……何か、理由があるはずなのね」
ナンモさんの確認に、私はこくんと頷きました。
「……」
それから私たち4人は、声もなく黙々と考え込みました。
しかし、そう簡単に答えが出てくる問題ではありません。
というか、明確な答えが用意されているわけでもないのです。
つまり、これ以上考え続けるのは……
パンッ。
と、そのとき。
ナンモさんがみんなの思考を遮るように手を打ちました。
腕組みをしていたシタッケさんが嬉しそうに「お、何かわかったのかい?」と尋ねましたが、ナンモさんは小さくため息をつくと、
「……台所で、鍋焼きうどんが伸びていることを思い出したのよ」
と、呟きました。
ああっ! そうでした!
私とワヤちゃんは口を開けたまま顔を見合わせ、シタッケさんは天を仰ぎました。
「まあまあ、みんな落ち着いて。とりあえず、急いでお昼にしましょう」
ナンモさんの一言で、カウンター席にはすぐに熱々の鍋焼きうどんが並べられました。
煮詰まったおつゆの匂いとともに、豆腐みたいに柔らかくなってしまった熱々のうどんを頬張ります。
コシのないうどんはとても食べやすく、お麩との相性も抜群です。
しかし……
落ち着いて味わおうとすると、先ほどまでの疑問が頭に蘇ってきて、美味しいうどんの邪魔をしてくるのでした。
自分が生まれる前の歌を、歌い慣れている私……
いったい、いつ覚えたのでしょう。
知らないうちに覚えてしまうような、そんな環境で育ったのでしょうか。
昔の歌を自分のものとして吸収する……
目の前の、美味しいおつゆを吸って食べやすくなったうどんのように……
なんて考えているうちに、私たち4人は鍋焼きうどんをキレイに完食していたのでした。
「とりあえず……今日の夜のお店は、お休みにしましょう。ジュスティーヌの歌のこと、もっと詳しく聞いてみたいし、一緒に考えてみたいから」
ナンモさんの言葉に、もう思い出すことも少ないと考えていた私は曖昧に頷きましたが、シタッケさんは嬉しそうに手を打ちました。
「よし、わかった! 俺も午後休もらうわ。会社に寄って、ゲホゲホ咳き込んでくりゃ、なんとかなんだろ」
「おじさんってば、相変わらずひっどい大人よねぇ。というか、会社に戻るんならドンパも呼んできてほしいな。ほら、ジュスティーヌのノートに書き込んでもらわないといけないし。そこで、おじさんは仕事に戻ってもらって」
「こらこら、ちゃっかり俺を仲間はずれにするんじゃないの!」
……と、まぁいろいろありましたが、とりあえずこの後はシタッケさんがドンパ君を連れてここに戻ってくるということで落ち着きました。
「……ジュスティーヌさん」
さっそく店を出て行こうと引き戸を開けかけたシタッケさんでしたが、ふとカウンターを振り向いて私の名前を呼びました。
何事かと待っていると、シタッケさんは真剣な表情で、
「実は……お願いがあるんだ」
と言うので、私は満面の笑みで「内容によります」と即答しました。
案の定、シタッケさんは口を尖らせて困り顔です。
「うーん、まだ何も言ってないのに笑顔で突っぱねられると、さすがの俺でも心が折れちまうなぁ」
「嫌なら言わなくてもい」
「言う! 言うから!」
慌てたシタッケさんは、咳払いで自分を落ち着けてから言いました。
「さっきの歌なんだけど、もう1回聴かせてもらえないかなーと思って……だってほら、あまりに良い曲だったから……」
「……ふふっ」
なぁんだ、そんなことなら、お安い御用です。
私は心の中でシタッケさんを困らせてしまったことを詫びつつ、もう一度あの歌を歌ってあげました。
最後の歌詞である
いつでも歌が いつでもわたしが そばにいる
を歌いあげると、シタッケさんはもちろん、ワヤちゃんとナンモさんまで涙ぐんでいて驚きました。
確かに、良い歌詞だとは思いますが……
皆さんちょっと大げさすぎでは?
それとも、歌っている私にはわからないだけで、ちゃんとした歌い手の方の歌を聴けば、私も感動して泣いたりするのかもしれません。
いや……どうかなぁ。
私は首を傾げるばかりでしたが、最後まで聴き終えたシタッケさんは鼻水をかみながら、
「うおー! 寿命が20年は伸びたぞー!」
と言いつつ店を後にしたのでした。
ああ、恥ずかしい……
きっと、シタッケさんを困らせた罰が当たったのでしょう。
私は観念して、シタッケさんの帰りを待つことにしました。
つづく




