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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第11章「歌姫の3年間」
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第20話「私、その歌、知ってる……」

 うどんの様子を見ていたナンモさんは、私が中に入るとクスクス笑って、


「ジュスティーヌってば、あの人の扱い方がだいぶ板についてきたんじゃないの。さっきの会話なんて、傍で聞いていてもとても面白かったわ」


 と言いました。

 確かに、ここへ来たばかりの頃はシタッケさんのお世辞の一言一句すべてに赤面していた私ですが、今はにっこり笑って受け流せるようになりました。

 なぜなら、このほうがシタッケさんの困った顔を見られるからなのです。

 あの、口を尖らせて眉を八の字にする顔が、私はけっこう好きみたいなのでした。


 さて、鍋焼きうどんですが……

 ナンモさんは何も言っていないのに、4人分のうどんを用意してくれていたみたいです。

 ぐつぐつと柔らかそうなうどんに、緑色の鮮やかな新鮮ほうれん草、大ぶりな海老の天ぷら、そして半熟卵!


「美味しそう……!」

「ね! 美味しそうでしょう! あーでもちょっと待ってね。うどんがもう少し柔らかくなったら食べ頃かな。鍋焼きうどんは、柔らかさが命!」


 わかってるでしょう?

 と、楽しそうに目を細めるナンモさんに、私は何度も頷いてみせました。

 ああ、柔らかいうどん大好き……!

 そのためなら、いくらでも待っていられます!


「よし、それじゃあ……お客さんに悪態をつくワヤをこっちに戻して、お客さんの扱い方を覚えたジュスティーヌに向こうの話し相手なりをお願いしようかしらね」


 ナンモさんの冗談交じりの言葉たちに、私も「りょーかいでーす」とおどけて返事をしました。

 そして早速店内へと戻り、すっかり疲れた顔のワヤちゃんと交代しました。

 といっても、ワヤちゃんは台所からこちらを見張っているので、あまり交代っぽくありませんが……


 ワヤちゃん曰く「前科があるから」とのこと。

 そうです、ちょうど1年前に初めてシタッケさんと出会い、木賊色に反応して泣き出してしまったときのことです。

 もちろんあれはシタッケさんとは無関係なのですが、今でもワヤちゃんは「おじさんが泣かせた」と怒っていて、私を心配しているようなのでした。


「ああ、ジュスティーヌさん! ワヤじゃ話にならねぇんだ! ちょっと聞いてほしいことがあってさぁ!」


 カウンター席のシタッケさんは私が隣に座ると、いつもウキウキとその日の午前中の出来事を語り始めます。

 大抵は、仕事の間に起こった他愛もない話なのですが、それがなかなか面白いのです。

 朝一番に段ボール箱一杯のジャガイモはシンドイ、とか。

 最近はドンパのほうが重い荷物を軽々と運ぶことが多くなった、とか。

 常連さん宅の子どもにまた大泣きされた、とか。


 時には「人として扱われなかった」といった酷く辛い愚痴もあるのですが、シタッケさんはそれすらもクスッと笑える話にしてしまうので、聞き役として苦しいと思ったことはありません。

 人にはそれぞれ物語がある、ということ……それは、自分の「物語」を思い出せない私にとっては、とても羨ましいことなのでした。


「……実は今日、朝一番で珍しく初めてのお客さんのお宅で仕事してきたんだよ。なんでも、最近どこだかから家族で引っ越してきたそうでね。こんな何もない北の島国に好き好んで移住するなんて、とんでもない物好きだろう?」

「きっと、雪の好きな人たちなのかもしれませんね。雪が降るところ、とてもキレイですし。あと、ノルテ王国は寒い場所だけれど、人の優しさが温かいですから。私は、それを身を持って体験していますし」

「ジュスティーヌさん……なんて良いことを言ってくれるんだ。俺はますます」


 私はそこで間髪入れずに「で、どこの国からいらっしゃった方なんですか?」と質問しました。

 鼻の下を伸ばしていたシタッケさんは、私からすっと目を逸らします。


「あー、えーっと、どこだったかなぁ。俺は地理には疎くてね、確か、西大陸の……そ、そー……」


 必死に思い出そうとしているらしく、シタッケさんは腕を組んでのけ反っています。

 そんなシタッケさんを前に、私は無意識に呟いていました。


「ソニード王国」


 ……と。

 シタッケさんは、私の一言にのけ反っていた上体をぐいっともとに戻して「そう! それそれ!」と手を叩きました。


「ソニード王国! あ~! スッキリしたぁ~! ありがとう、ジュスティーヌさん……ん? どうかしたかい?」


 シタッケさんに顔を覗き込まれ、私は自分の意識が飛んでいたことに気づいて、我に返りました。

 ふと口をついて出てきた「ソニード王国」という名前……

 少し気になる名前ですが、どうして気になるのかは、残念ながらわかりません。

 ただ「そ」と付く国の名前を、頭の中の知識として「ソニード王国」と答えただけなのかもしれません。

 私は、不思議そうな顔のシタッケさんに微笑んでみせました。


「いえ、なんでもありません。お役に立てたみたいで、よかったです」

「……」


 シタッケさんは黙りこくっていましたが、どうやら私の笑顔に見惚れていただけのようです。

 それを誤魔化すように軽く咳払いすると、続きを話し始めました。


「あー、で、そのお客さんっていうのが、まだ若いご夫婦でね。旦那さんと奥さんと、奥さんのお母さんの3人家族みたいなんだ」

「へえ……」

「それで、ここからが面白いんだよ。その奥さんのお母さんがさ、縁側で椅子に座って歌を歌ってるんだ。懐かしそうにね、まるで昔を思い出すみたいに」

「歌、ですか」

「うん、そう。それが、なんだかとっても耳に残る歌でね……ああ、別に音痴だっていう話じゃないよ。なかなか良い曲なんだ。今でも頭の中でくるくる流れているくらいさ」

「え、どんな歌か気になりますね。ちょっと歌ってみてくれませんか?」


 そんな私の何気ない頼みに、シタッケさんの瞳が怪しく光りました。

 うーん、これは……

 だれがどう見ても、何か企んでいる顔です。


「うーん、そうだなぁ……歌ってあげたいのは山々だが、もちろんタダで、というわけにはいかないぞ。ジュスティーヌさん、今度、俺と一緒に」

「じゃあいいです」


 そろそろ鍋焼きうどんも煮詰まった頃でしょう。

 今からワクワクです。

 ウキウキと台所へ向かおうとした私を、シタッケさんは必死の形相で「歌う! 歌うから!」と引き留めました。

 ……なんだか可哀想になってきたので、私は笑顔のまま椅子に座り直してあげました。


 シタッケさんはコホンと咳払いをしましたが、その顔には「話ぐらい聞いてくれてもいいのに」と書いてあります。

 ふふ、残念。

 早く鍋焼きうどんが食べたい私には、そんな暇はないんですよ。

 笑顔を崩さない私に、シタッケさんは渋々と「歌詞はうろ覚えなんだけどな」と、一節披露してくれました。


「あー、えーっと……確か、こんな歌だったな……『いつでも……いつでも、そばにいる』とかなんとか……耳に残る歌だろう?」

「……」


 私は、咄嗟には言葉が出てきませんでした。

 シタッケさんが歌ってくれた一節を耳にした途端、頭の中にとある映像が映し出されたのです。

 大きな公園、夜中の噴水、私を見上げる大勢の人たち……

 これは、いったい……?


「……」

「そこのご夫婦の話によると、この歌は今から30年くらい前に、そのソニード王国ってところで流行った歌なんだそうだ。国内の独立戦争の後で、そこに暮らす人たちが互いを励まし合って復興していくために……」


 シタッケさんの話はまだ続いていましたが、私の耳にはもう何も入ってはきませんでした。

 先ほど頭の中に映し出された映像が、私自身に訴えかけてくるのです。

 私、その歌、知ってる……

 知ってる!

 ……と。



つづく

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