第5話「というか絶対バレています」
「そう……この日が、誕生日……なるほどねぇ」
ワヤさんは、カレンダーを元の場所に戻しました。
ギュッとつかんだせいか、カレンダーには少しシワが寄ってしまいましたが、じきに元に戻ることでしょう。
ワヤさんは、そのカレンダーを見つめながら、また「想像」を始めました。
「この日って、ちょうど1ケ月前くらいよね。もしかしてジュスティーヌさんって、お誕生日を大型客船で盛大に祝ってもらえるようなお嬢様だったんじゃないかしら!」
「え……」
「お誕生日をお祝いするついでに、大型客船で数ヶ月間の船の旅! しかし、そこで何らかの事件が発生して、それに巻き込まれてジュスティーヌさんは海の中へ……」
「あ、あの……」
とても面白いお話ですが、私は口を挟まずにはいられませんでした。
「それなら、もっと大事になっていると思います。その、大型客船でパーティーするくらいのお嬢様が海に落ちたら……」
そこまで言うと、ワヤさんは「むむむ」と唸った後「そっかぁ、そうだよねぇ」と残念そうに笑いました。
この話に限らず、今までのワヤさんの想像はあまり現実的とは言えないものばかりです。
それでも私は、ワヤさんの想像する物語が好きになり始めていました。
なんだか、そのほうが「楽しい」からでしょう。
「とりあえず、誕生日を思い出したってことをウルカス先生に報告しないと……って、その前に服! せっかく温まったのに、服着ないと風邪ひいちゃう! あたしの普段着たくさん持ってきたから、着られそうなもの選んでね!」
私は心優しいワヤさんに促されるまま、服の入った紙袋に手を突っ込んだのでした。
★彡☆彡★彡
それから丸一日が経ち、私はウルカス先生のすすめでこの病院に入院することになりました。
自分では、一日でかなり回復したと思っていたのですが、ウルカス先生に「長い間海の中にいたので、普通の生活ができるようになるまではまだ安静にしている必要がある」と言われてしまったのです。
まあ少しふらつくこともありますし、無理は禁物なのかもしれません。
こうして、私の入院生活が始まりました。
ウルカス先生の病院は、ノルテ王国南東部唯一の病院なのだそうです。
ですが、とても小さな病院なので、大病や大怪我の方はすぐに南西部にある大きな病院に連れて行かれることが多いみたいです。
確かに、病室は私が使っている個室がひとつと、4人用の大部屋がひとつしかありません。
患者さんはご老人が多く、しかも温泉が目当ての人がほとんどですから、なんだか病院というより近所の寄り合い所のようです。
そんなわけで、あまり忙しくないこの病院には、ウルカス先生と看護婦さんがひとりしかいません。
しかもこの看護婦さん、とんでもない短時間労働で、私はお世話をしてもらっているというのにまだ名前すら知らない状態です。
たぶん……知らないまま退院すると思います。
自分の記憶もなく、身寄りもいない、たったひとりの入院生活。
きっと寂しいだろうなと思っていたのですが……
そんなこと、まったくなかったのです。
「ジュスティーヌ! お見舞いに来たよー!」
昼下がり、いつものように私の病室へワヤちゃんが飛び込んできました。
手には大きなバスケットを下げています。
私が自分の誕生日を思い出したあの日、ワヤちゃんは「あたしのことはワヤって呼んでよ。あたしも、ジュスティーヌって呼ばせて!」と、にっこり笑って言いました。
その言葉は、たったひとりの私にとって心強い一言でした。
見知らぬ土地で友人ができて嬉しかったのかもしれません。
けれども、すでにとてもお世話になっている人のことを呼び捨てにはできず、ワヤちゃんと呼ばせてもらうことにしたのでした。
その代わり、お友達ですから丁寧語とはサヨナラです。
「毎日ありがとう、ワヤちゃん」
「いえいえー」
ワヤちゃんは嬉しそうにバスケットを小さな机に置くと、
「今日のお昼ご飯は、オムライスでーす!」
と、お皿に盛られた大きなオムライスと木のスプーンを差し出してくれました。
「これはね、普通のオムライスじゃなくて、ナンモさんのスペシャルオムライスなの! どこがスペシャルなのかは、食べてからのお楽しみだって! ナンモさん、今日も一緒に来られなくて残念がってたなぁ。次こそ会いに行くって言ってたけど……あ、冷めないうちに食べてね!」
促されるまま、早速「いただきます」とオムライスをスプーンですくってみると、なんとご飯がケチャップ味のエビピラフになっているではありませんか!
う~ん、さすがスペシャル!
とても美味しくて、頬が落ちそうです。
……こんな美味しすぎるお昼ご飯を、私はここのところ毎日食べています。
作ってくれているのは、ナンモさん。
ナンモさんは、ワヤちゃんが働いている料理店の女店主なのだそうです。
残念ながら、この時間はお店の仕込み作業が忙しいそうで、私はまだお会いしたことはありません。
会えたらまず真っ先にお礼を言わないといけない人なのに、です。
実はナンモさんは、私のためのお昼ご飯だけでなく、入院生活に必要な着替えから何からすべて用意してくださった心優しい人なのです。
何の記憶もない私をここまで助けてくれるなんて、いったいどんな人なのでしょう。
早く会って、お礼が言いたいものです。
……はて、気がつけばオムライスの盛られたお皿はキレイに片付いていました。
ああ、美味しすぎてつい早食いになってしまいました……いつものことなのですが。
私は「ごちそうさまでした」とスプーンを置いて、紙ナプキンで口を拭いました。
「今日もとっても美味しかったです、ってナンモさんに伝えてね」
「もちろん! 伝えておくね! あ、いつも言ってるけど、お昼ご飯のことはウルカス先生には内緒にしておいてよ? 病院のご飯は朝夕2回って決まってるんだからね!」
私がお昼ごはんを食べ終えると、ワヤちゃんはいつも「じゃね!」と足早に帰っていきます。
なぜかというと……
この後すぐ、ウルカス先生が私の問診にやって来るからです。
ワヤちゃんはこの「違法昼食」に関してバレていないと思っているのでしょうが、おそらく……というか絶対バレています。
ウルカス先生は、気づいていないフリをしてくれているのでしょう。
だって、毎日部屋中にケチャップのいい匂いが漂っているわけですから、気がつかないほうがおかしいくらいなのです。
そんなわけで、問診に来たウルカス先生は決まって最初に「晩ご飯は、少なくしてもらいましょう」と言ってくれるのです。
そして私は、いつもきまり悪くなりながら「はい」と頷くのでした。
ウルカス先生は、銀髪のサラサラおかっぱヘアーに、銀縁眼鏡がよく似合うステキなおじいさまです。
今でこそ時折笑顔を見せる紳士先生ですが、昔はまったく笑わない冷徹先生だったそうです。
ワヤちゃんの話によると、不治の病の患者さんにニコリともせず余命を宣告して、家族の方に「人間じゃない」とまで言われたことがあるとかないとか……
『人は年を取ると丸くなるっていうけど、ウルカス先生は本当にその通りで……あ、でもカミソリ宣告は今も現役だから、気をつけてね』
これは、ある日のワヤちゃんの去り際の言葉です。
患者さんにとってマイナスになるようなことを、切れ味鋭いカミソリのように宣告してくるから、病院に通う人々はいつしかそれをカミソリ宣告と呼ぶようになったと話してくれました。
うーん……
私もいつ「残念ながらもう記憶が戻ることはありえません」と言われるか少し心配しています。
つづく




