第10話「……何の根拠もないくせに」
それから2週間が経ち、真夏の太陽が本気を出し始めた頃……
ついに、わたしの小説が『週刊さんぱんち』に掲載された。
全15話のうちの、1話目と2話目である。
船長やタイム編集長を含めた、まわりの反響はというと……
特になし。
船長は案の定「感想は最終回まで読んでから」と言っていたから、仕方がないとして……
あんなに『週刊さんぱんち』がペラペラにならずにすむと喜んでいたタイム編集長から何も言われないのは、頑張って仕上げた身としては少し寂しい。
まあ、でも……
こちらも、仕方がないといえば仕方がないのだ。
なんてったって、あの特ダネを狙うチャンスがやって来たのだから。
どこかの国の、どこかの貴族様が、エスペーシア王国の城下町をお忍びで旅行中らしい……
という情報しかなかった特ダネは、わたしが小説を添削している間に、少し変化していた。
『セレアル侯国の貴族様が、エスペーシア王国をお忍びで旅行中』
セレアル侯国というのは、西大陸にある唯一の侯国で、東大陸のエスペーシア王国と同じくらいの大国である。
その侯爵家のどなたかが、エスペーシア王国の城下町にいらっしゃっている……らしい。
情報を集める敏腕記者たちと編集長は、香辛出版始まって以来の忙しさに見舞われていた。
その侯爵家の方が、必ずしも城下町にいるとは限らないのに……
というか、男性かも女性かもわからないというのに、編集長は巷に溢れる根も葉もない目撃情報に踊らされている。
「そりゃあ、踊りたくもなるさ! セレアル侯国といえば、7人の侯爵が分割して国を治めていることで有名な国だ。侯爵同士の仲が険悪で輸入品の制限もあったりするらしい。その侯爵家の方が、この平和しかないエスペーシア王国にいらっしゃっているかもしれないなんて、ワクワクするじゃないか!」
発売されたばかりの『週刊さんぱんち』をペラペラとめくるわたしが内容の信憑性に文句を呟くと、タイム編集長は身振り手振りでもって噂話を追いかける記者の心意気を語ってくれた。
こんなに楽しそうな編集長を、わたしは今まで見たことがなかった。
そして、そんな記者魂を揺さぶるらしい特ダネを、ほかの出版社が黙って見ているわけもなく……
ほかのどの雑誌も、話題は貴族様のお忍び旅行がメインになっている。
香辛出版も負けてはいられないらしく、他社よりも正確で新しい情報を求めて、編集長や記者たちは東奔西走しているのだった。
そんな嵐の中のような場所で、ひとりで日向ぼっこを楽しむかのように「わたしの小説、読んでくれました?」なんて聞けるわけもない。
これは、貴族様の特ダネが落ち着くまで、小説の感想はお預けかな。
船長も完結するまでは何も言ってくれないだろうし、しばらくひとりで黙々と書き続けるしかなさそうだ。
そう、思っていたのだけど……
★彡☆彡★彡
わたしの小説が2話分掲載された『週刊さんぱんち』が発売されて3日が経った。
その日は、朝からどんよりと重たい雲が空を覆っていた。
わたしはというと、天気予報でも午後から大雨と伝えていたので、傘を忘れないようにと思っていたのに、ついうっかり持って出るのを忘れてしまった。
仕方ない、今日は雑務を片付けて雨が降ってくる前に帰ろう。
貴族様目撃情報の真偽判断に追われる編集長に、連載小説の3話目の原稿を渡す。
それから、徹夜明けの記者たちに差し入れのお菓子を渡して、わたしは香辛出版を後にした。
腕時計を見ると、午後2時を指している。
早く家に帰ってコーヒーを淹れて、次回作の構想を練ることにしよう。
ふと空を見れば、涙という名の雨を堪えているような曇天が広がっている。
今にも大泣きの本降りになりそうだ。
急がなくてはと、家に向かって一歩踏み出した先に、
「シーナ」
バサバサの黒髪に、吸い込まれるような漆黒の瞳……
よく見知った仏頂面が立ち塞がった。
「船長が、今すぐ来てほしい、と……」
仏頂面は、挨拶すら面倒なのか、単刀直入に切り出してきた。
いつもなら、身が竦むほど冷たい声で怒っているみたいに話すのに、今日はいつものような切れ味は感じられなかった。
有無を言わせぬ口調はそのままなのに、何やら言い淀んでいるらしい。
しばらくそのまま待っていると、
「……あなたの小説のことで、話があるようで……」
たどたどしく口にされた言葉たちは、あまりのたどたどしさに、わたしの耳に届くまで少し時間がかかった。
仏頂面のエフクレフさんは、口数こそ少ないものの、言いたいことは顔に出やすい性格だ。
俯きがちの、ぎゅっと寄せられた眉毛……
いかにも、船長に嫌なことを頼まれたと言いたそうな表情だ。
でも、それって……
船長に頼まれてわたしを呼びに来ることが、エフクレフさんにとっては嫌なことだってことになるわけで……
「……」
わたしは、返事もできずにエフクレフさんを見つめていた。
エフクレフさんの表情は、見れば見るほどいつもの不機嫌そうなものとは少し違っている。
……ような気がする。
というか……
わたしの小説のことで、話がある?
船長は、短編小説の3部作を渡していたときから「感想は連載が完結してから」と言っていたはずなのに。
……いろいろと想像してみる。
もしかして……
わたしの小説には文脈や構成的におかしなところがあって、今すぐ直さないと時系列もまともに組み立てられない人間だと思われてしまうから、船長が気を利かせてエフクレフさんにわたしを呼んでくるよう言ってくれた、とか。
それとも……
こんなんじゃダメだ、読むに耐えないと喝をいれてくれるのかもしれない。
そして、より良い小説を連載するために、何かしら助言をくれるのかもしれない。
シーナならもっと面白いものが書けるはずだ、とかなんとか言って励ましてくれたりして……
さて、正解は……?
わたしは、エフクレフさんの顔を覗き込んでみた。
けれど、正解はよほど言いにくいことなのか、はたまたここでは言えないことなのか、すぐに目を逸らされてしまった。
無理にでも頼めば、聞いてくれるんだろうけど……
でも、黙っているってことは、エフクレフさんも詳しくは知らない可能性もある。
……仕方ない。
船長に会うまで正解はお預け、それでもいいや。
「……わかりました。すぐ行きます」
長い沈黙の後、ようやくわたしが返事をすると、エフクレフさんは安心したような、でも不安そうな表情でぎこちなく頷いた。
そして、わたしを気遣うようにして、いつもよりゆっくりと歩き始めた。
……こんなエフクレフさん、見たことない。
それほど一緒に歩いたことはないけれど、この前はわたしに歩幅を合わせてくれる船長よりも先に、ひとりでズンズン歩いていってしまっていた。
いったい、どうしたんだろう。
エフクレフさんの表情からして、わたしの「嬉しい想像」はありえない。
きっと「悲しい想像」のほうが的を射ている。
射ているんだろうけど……
正直、そんなに? って感じも拭えない。
わたしの小説、そんなにひどいの……?
「……」
当たり前だけど、無言の背中に念を送っても、返事は何も返って来ない。
まあ……いいか。
わたしは今まで、自分の小説について助言や講評をもらったことはない。
けれど、何を言われても大丈夫だと、軽く考えていた。
美しい文章を書く船長に、わたしの雑な文章を直してもらえるなら……
わたしの小説がより良いものになるなら満足だって思っていた。
自分の心は、たとえ何があったって平気だ。
と、このときは信じていたのだ。
……何の根拠もないくせに。
つづく




