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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第10章「旅する作家志望、事実を聞かされる」
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第8話「本当に4人乗れるの!?」

 首を傾げるわたしに、船長はようやく何もかも話してくれる気になったらしい。

 ぽつぽつと、今度は雨だれのように話し始めた。


「どうしてジュスティーヌは、ノルテ王国で保護されてから今まで、3年もの間、俺たちに一度も連絡してくれなかったのか、それがわからないんだ」

「あっ……確かに」

「まあ、どうしても連絡できなかった可能性も捨てきれない。ノルテ王国で書いた手紙がこちらに届くまでに3年以上かかるのかもしれないし、そもそも手紙がないのかもしれない。しかし、もしそうだったとしても、ジュスティーヌだったら、ほかの方法を考えるはずだ。例えば……レーカーの港へ行く船に乗る人に、何らかの伝言を頼むとか」

「……そう、ですね」

「なぜ、今までジュスティーヌが自分から行動を起こさなかったのか……俺にはわからないんだ」


 確かに……

 船長の言う通りかもしれない。

 もしも、わたしがジュスティーヌさんだったら……

 ノルテ王国で保護されたとき、すぐにでも西大陸へ向かう船に乗る人へ向けて、母親宛ての手紙を託すだろう。

 そうすれば、自分が無事であるとアッチェレさん経由でジークさんへと伝えられるからだ。

 それか、すぐにでもノルテ王国から出国してプラデラへ向かい、そこでジークさんと落ち合う。

 こっちのほうが、確実な方法かもしれない。


 しかし、ジュスティーヌさんは、今の今まで、自分からは何の行動も起こしていないのだ。

 あの物語の中で、ジークさんの危機を救うために自らの命を投げ打つような行動に出たジュスティーヌさんと同一人物とは思えない。

 まさか……

 頭の中を、嫌な考えがよぎった。

 まさか、ここまで来て……

 ……

 いや、ダメだ!

 こんなこと、心の中でだって言っちゃダメだ!


「……」


 船長は、自分の「わからない」を説明すると、そのまま口をつぐんでしまった。

 そして、その表情は……

 わたしと、同じことを考えているように見えた。

 船長……

 わたしは、無意識に拳を握りしめていた。

 船長、ダメです。

 それは、口にすることはもちろん、心の中で言ったり、頭で考えることも禁止です。

 だって、


「ジュスティーヌって、そうそうよくある名前ってわけじゃないですから。どっちかっていうと、ほら、とても珍しい名前でしょう?」


 つい、そこだけ口に出してしまった。

 けれども、そんなわたしの拙い言葉でも、船長には通じたらしい。

 険しい表情をふっと緩めて、


「……そうだな」


 と、笑ってくれた。

 ……わたしも、少し楽になった気がした。



★彡☆彡★彡



 その青年は、わたしたち3人を見つけると、レーカーの港を忙しく行き来している黒服の人々の中をするっと抜け出してきた。

 そして、わたしたちに駆け寄ると、


「ジークさん……と、そのご一行サマっすね? 初めまして! おれの名前はドンパっていいます! よろしくっす!」


 と、なんとも気さくに話しかけてきた。

 青年の身長は、船長より少し低いくらいだけど、体格はかなり筋肉質でガッチリしている。

 柿渋色の髪は、首が隠れるほどと男性にしては長いほう。

 菜種色の瞳はきょろっと大きくて、なんだか可愛らしい顔立ちだ。


 というか……

 彼の名前の「ドンパ」って、どこかで聞いたことあるような……

 ノルテ王国風の名前ってことは、聞き慣れない名前のはずなんだけど……

 わたしが首を傾げていると、ドンパ君はちょうど船長とエフクレフさんとの挨拶を終えたところだった。

 ぱっと目が合ったわたしにニコッと微笑むと、


「あなたが作家志望のシーナさんっすね! これからよろしくっす!」


 と、右手を差し出してきた。

 わたしも慌てて右手を出した。


「あ、よろしくです」


 なんだか、こうやって男の人と握手すると、船長と初めて会ったときのことを思い出すなぁ。

 ドンパ君の手は、思った通りのがっしりした手で、腕の筋肉までもが伝わってくるような気がした。

 そして……

 この、満面の笑み。

 あの日、馬車で港町カイサーまで送ってくれたバクリッコさんに、どことなく似ている。

 同じ国の人だからだろうか。

 いや、それは関係ないか。

 ……ん?

 あ、わかった!

 思い出したぞ!


「ドンパって、ノルテ王国の言葉で『同い年』っていう意味ですよね?」


 エスペーシア王国のお城に勤めるサボる執事ことバクリッコさんが教えてくれた言葉だ。

 あー、スッキリした。

 思い出せて清々しい気持ちでいっぱいのわたしに、ドンパ君はパアッと顔を明るくして、


「そうっす、そうっす! 同い年って意味っす! うわあー! ノルテ王国出身じゃない人に自分の名前の意味を当ててもらったのなんて、初めてっすよ! 嬉しいなぁー!」


 ほぼ叫ぶように口にすると、わたしの手を両手を包んでぶんぶんと振った。

 うーん、なんてフレンドリーなんだ。

 だれとも気軽に話せちゃうなんて、本当に羨ましい。

 いいなぁ、こういう明るい性格。

 ……少し根暗気味なわたしの心の声など知りもせず、ドンパ君は満足したのか、ニコッと笑ってわたしの手を放してくれた。


「それじゃあ、ノルテ王国へ向かう船に案内するっすね。とーっても小さい船だから、見たらびっくりして尻餅ついちゃうかもしれないっすけど。あはは」


 ドンパ君は、仕事を終えた黒服隊の人たちがだいたい撤収したのを確認すると、先に立って歩き始めた。

 わたしたち3人がついていくと、まだ残っていた黒服の人たちが手を止めて、歩いていく船長に会釈していた。

 上下黒のスーツに、黒のサングラス……

 同じ格好の人たちがちらほら……

 なるほど、カペリーニ侯爵家に仕える通称イカスミ隊。

 確かに、イカスミ色だ。

 先を歩くドンパ君はというと、そんなイカスミさんたちとすれ違うたびに「お疲れ様っす」と会釈している。

 礼儀正しい良い子……

 わたしも、見習わなくちゃ。


 潮風の中を海へ向かって歩いていくと、ようやく船の帆柱が見えてきた。

 帆柱は1本だけ……

 これはもう、船というよりヨットに近い。

 あたりを見回しても、停泊している船はコレだけ。

 しかも、ドンパ君は満面の笑み。

 と、いうことは。


「おれの快速帆船、その名もジョッピン・カール号! こう見えて、大人4人乗りっすよ! これで、ノルテ王国まで案内するっす!」


 やっぱりー!

 ってコレ、本当に4人乗れるの!?

 ……と、愕然としているのは、わたしだけではないらしい。

 エフクレフさんが顔面に心配を張り付けて、ヨロヨロとおぼつかない足取りで船に近づいていった。

 そして、持ち主の許可も取らずに、船の性能を確認し始めた。

 それでも、ドンパ君は気にしていないらしい。

 船長の呟いた「じょっ、ぴん……?」に、笑顔で「鍵をかけるって意味っす。カッコいくないっすか?」なんて答えている。


 確かに、格好い……

 いや恰好良くはな……ん?

 かっこ……いい?

 あー、わかんなくなってきた!

 頭を振りつつチラリと視線を向けた先では、エフクレフさんがジョッピン・カール号を四方八方から眺めまわしていた。

 そして、船長のもとへと戻ってきた横顔には「意外と頑丈な造りです。ノルテ王国までであれば、なんとか」と書かれていた。


 ……いつの間にか、エフクレフさんの表情の細かいところまで読み取れるようになってしまっている。

 というか、ジョッピン・カール号が大丈夫そうで安心した!

 船長は、もちろんエフクレフさんが話し出す前にすべて理解したらしく、目配せしただけで会話も終わったらしい。

 そして、


「すまないが……ひとつ、確認させてもらってもいいだろうか」


 船長は、笑顔のドンパ君に向き直った。

 どうやら、自分の「わからない」を尋ねるつもりらしい。



つづく

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