第5話「なんという盲点!」
ダルセーニョさんは3年前、船長が描いたジュスティーヌさんの似顔絵を、レーカーの港で配りまくっていた。
その似顔絵が、ようやく役に立ったのである。
レーカーの港に停泊した、ノルテ王国からやって来た小型船。
その船から降りたのは、ひとりの若者だった。
レーカーの港は、今でも釣り人が絶えず訪れる港である。
中年男性の多い釣り人の中で、その若者はかなり目立っていた。
見た目は10代後半で、身体を鍛えているのか胸板が厚く、それでいて柔和な顔立ちの好青年だ。
しかし……
せっかくノルテ王国からの船に乗って来てくれたようだが、3年前にはまだ幼かっただろうこの青年が、ジュスティーヌさんを知っているわけがない。
ダルセーニョさんは、そう考えていた。
まあ、それでも一応ノルテ王国の人には声をかけることにしていたダルセーニョさんは、駄目でもともと、と尋ねてみた。
つかぬことをお伺いします、と青年に似顔絵を差し出し、
『この女性を探しているのですが、何か心当たりは』
ありませんか、とダルセーニョさんが最後まで口にするより早く、その青年は差し出された似顔絵を両手で力強くつかんだ。
そして、そのまま似顔絵を穴が開くんじゃないかと思うほど、じーっと見つめていた。
な、なんだ……?
今まで、こんな反応をする人には会ったことはないが……
……はっ!!
そのとき、ダルセーニョさんの額に稲妻が走った。
まさか、この子は……!
ダルセーニョさんが息を呑むと、青年はぽつりと、
『この人……ジュスティーヌさん……?』
と、呟いた。
!!
もちろんダルセーニョさんは、青年に似顔絵の女性の名前を教えてはいない。
そして「ジュスティーヌ」という名前は、そう簡単に口をついて出てくるような名前ではない。
これは……
もしや……!
ダルセーニョさんは、一度胸に手を当てて深呼吸した後、落ち着いた口調で尋ねた。
『この女性を、ご存知なのですか?』
すると青年は、自分を落ち着かせようとしているダルセーニョさんとは対照的に、鼻息を荒くして、
『知ってます知ってますっ!! だって、おれが助けたんすからっ!! もう、3年くらい前っすけど、浜辺に倒れてる女の人がいて、おれが町まで運んで……それが、この人っす! ジュスティーヌさんっす!!』
大きな身振り手振りでもって、ダルセーニョさんにとても気さくに教えてくれたのだった。
おかげで、ダルセーニョさんは確信したのである。
青年の口から出た、3年くらい前という数字。
思わず口をついて出たらしい、ジュスティーヌという名前。
そして、浜辺に行き倒れていたという情報……
そのすべてが、この青年が本当にジュスティーヌさんを知っているという事実を物語っていた。
ああ、この子の言葉に嘘はないだろう。
言葉遣いは少しアレだが、どうやら信じても良さそうだ。
旦那様、奥様、そしてこの一件に関わった皆様……
ようやく……ようやくです!
ダルセーニョさんは、ジュスティーヌさんを探し続けている人たちの喜ぶ姿を思い浮かべ、青年に何度も礼を述べた。
青年もまた、
『ジュスティーヌさんのことを知っている人に会えて、本当に良かったっす! ジュスティーヌさんも喜ぶと思うっす!』
と、ダルセーニョさんの手を力強く握りしめた。
いやいや……
私よりも、ジュスティーヌさんのお母様たちにお会いできたほうが、ジュスティーヌさんは喜ばれると思いますよ。
そんな言葉を飲み込んで、ダルセーニョさんはそこから分裂したかのように忙しく働いた。
まずは、ジュスティーヌさんを知る青年に『連絡があるまでここに留まっていてほしい』と、ペルガミーノ王国での数日分の滞在費を手渡し、宿へと戻った自分は旦那様宛の手紙(たった今、わたしが読んでいるもの)をしたためた。
そして、その手紙を通常の伝書鳩よりも速く旦那様のもとへ届けるため、近くに配属されていた同僚たちに協力を呼びかけた。
手紙は、あれよあれよという間にペルガミーノ王国を縦断し……
こうして、ジュスティーヌさん発見の報は、たった一日の遅れでソニード王国南エリアの旦那様のもとへと届けられた。
ここで先に城下町北西エリアにあるアッチェレの店に届けられていたら、手紙が遠回りすることはなかったのだが、まずは旦那様にお届けすることが前提であったため、このような結果になったらしい。
まあ、たった少しの遠回りですんだのだから、だれも何の文句もないわけだけれど。
そして、ノルテ王国から来た青年は、ジュスティーヌさんに会いたいという人たちとともにノルテ王国へ帰るため、今はレーカーの港で待っていてくれているという。
★彡☆彡★彡
店内の人々は、結局フェルマータさんが受け取った手紙を回し読みした。
そして、読み終えた人から順々に安堵のため息をついた。
ジュスティーヌさんは、生きている。
遠い遠い北国ノルテ王国で、自分を知っているという人を待っている。
よかった……
ここまでついてきて、この場所で大事な手紙を読むことができて、本当によかった……
わたしが胸に手を当てて、ほうっと息をついていると、盛大に鼻をすすり上げる音が聞こえた。
音のするほうを見れば、アッラルさんがハンカチで目元を押さえていて、隣に座るリットさんも涙をぼろぼろと零していた。
「……そうかい……ノルテ王国に、ねぇ……」
俯くアッチェレさんの声は震えていて、わたしは思わずスカートのポケットに入れていたハンカチをつかんだ。
けれども、そんなものは必要なかった。
勢いよく顔を上げたアッチェレさんは、
「さすがに、そこまでは探しに行けなかったからねぇ……!」
そう言うと、満面の笑みを浮かべた。
確かに、その通り。
なんという盲点!
アッチェレさんの心のこもった言葉に、わたしを含め店内の全員が大きく頷きあっていた。
スラー伯爵夫人が、フェルマータさんと視線を合わせて微笑んでいる。
お互いに顔見知りだというふたりの目元には、光るものがあった。
そして、アルペシオさんが隣に座るコーダさんと抱き合って泣いていた。
おそらく、アルペシオさんは普段は感情を表に出さない人なのだろう。
コーダさんの物珍し気な顔からも、それが伝わってくる。
アッチェレさんの隣に座るポモさんは、両手を上げて「やったぁーっ!」と歓声を上げていた。
その隣では、エフクレフさんが……
なぜか、モジモジしていた。
モジモジ……
というか、キョロキョロ……?
そうなのだ。
エフクレフさんは、さっきから隣に座る船長にチラチラと視線を向けては、盛大に眉を八の字にして困っているのだ。
まったく、無口なくせに表情だけはうるさいんだから。
わたしは、心の中でエフクレフさんに毒づきながら、向かいに座る船長をちらりと盗み見た。
ジュスティーヌさん発見の報告に、だれもが歓喜する中……
船長は、難しい顔をして腕を組んでいた。
え……?
船長……?
私の目は、船長に釘付けになった。
歓喜に沸く店内では、だれも船長のほうを見てはいない。
そして、船長もまた、じっと見つめているわたしには気がついていないようだ。
わたしが座っている場所からでは、船長の表情は斜め横顔しかわからない。
さきほどから、難しい顔で壁を睨みつけている。
いや、そう見えるだけで、きっと本当は何も見ていないのだろう。
船長……
何を考えてるんだろう。
ジュスティーヌさんが生きているってわかって、ノルテ王国にいるから迎えに行けるのに、そんな怖い顔しちゃって。
何か心配事でもあるんだろうか。
うーん……
わたしは、特に何も感じなかったけれど。
つづく




