第3話「みんな、奇跡を信じていた」
半年に一度行われる、近況報告会……
ジュスティーヌさんの捜索を続ける人々がアッチェレさんの店に集合し、自らの成果を報告しあうことを目的に開かれている。
もちろん彼らは内陸国の人間だということもあり、そう簡単に海は渡れない。
なので、捜索範囲は主に西大陸である。
……もしかすると、ジュスティーヌさんが西大陸のどこかで保護されているかもしれない。
確立としては高くないけれど、万が一のことを考えた末の、捜索報告会なのである。
ソニード王国を中心に、北部のペルガミーノ王国、東部のベスティード王国、南部のムーシカ王国とセレアル侯国、そして西部のパステール王国……
アッチェレさんたちは、それらの地域を担当者を決めて調査し、半年ごとに担当をローテーションしてダブルチェック、トリプルチェックをしていこうとしていた。
船長たちが3年間東大陸を捜索している間に、西大陸の人たちももちろんジュスティーヌさんを探し続けていた。
しかも、ダブルチェックにトリプルチェック作戦なので、だれかが情報漏れによって見つけ損ねたとしても、次に探した人が見つけ出す可能性だってある。
そして、この作戦の発案者は、もちろんスラー伯爵夫人。
身分の高さを職権乱用ギリギリまで活用して(時に乱用して)、各国からの協力を得ている。
西大陸中を隈なく探せるのは、もちろんこの方のおかげなのだ。
とにかく、すごいチームワーク。
これはもう、見つからないほうがおかしいんじゃないかっていうくらいだ。
「姉さんが父さんも連れていっていいって言うから、あたしたちはパステール王国内を片っ端から尋ね歩いたんだけどね……残念なことに、あまり思うようには進まなかったんだよ。あそこはまだ、2年前の巨大竜巻被害が残っているから、人探しどころじゃないんだって。だから……次に担当する人は、あたしたちが探しきれなったところもお願いするよ」
アッラルさんとリットさんのパステール王国調査結果から始まった報告会は、淡々と進んでいった。
ローテーションは今回で一巡するらしく、ここにいる人々はみんな西大陸を1周したことになる。
……つまり、西大陸を1周して探しても、ジュスティーヌさんは見つかっていないということだ。
「……」
最初は変に明るく始まった報告会だけれど、各々の報告が進むにつれて、場の空気は水を吸ったタオルのように重たくなっていった。
スラー伯爵夫人が「内海の調査は続行中だけれど、今のところ何も見つかっていない」を低い声で話し終わったときには、もう日が沈んだのかと思うほど店内は暗かった。
なんてこった……
まだ船長が何も話していないのに、こんな暗い雰囲気になってしまうなんて。
船長、話しにくいだろうなぁ……
そう思いつつも何もできないわたしは、ただただもどかしい気持ちでいっぱいなのだった。
そして本日の報告会のメインイベント、船長の報告。
東大陸での3年間……
北部エスペーシア王国、東部リモン王国、南部シエロ王国、西部コシーナ王国、そして中央に位置するプラデラ大平原。
そのどこにもジュスティーヌはいなかったと、船長は短い報告を終えた。
「……」
船長の報告が終わっても、だれも何も話そうとしなかった。
そうそう簡単に進む話ではないと、だれもがわかっていたことだ。
それでも……
みんな、奇跡を信じていた。
きっと何かが起こるに違いないと、頭の片隅では願っていたことだろう。
しかし、現実は厳しかった。
状況は、3年前と何ひとつ変わっていない。
いや……
変わったといえば、変わったけれど……
詳しい事情を知りもせず、のこのこやって来ただけのわたしに、いったい何ができるというのか。
「……」
店内の壁掛け時計の秒針が響く。
それまでは聞こえなかったはずの音が、大きな存在感を伴って聞こえてくる。
まるで、それ以外のものは姿を消してしまったかのように。
11人の人間が集まっているとは思えない空間の中では、鼻息を立てることすら憚られる。
そんな静寂が支配する店内で、わたしはあることに気がついた。
まだだ……
まだ、探していないところがあるじゃないか……!
大陸群天使の背中を構成しているのは、東大陸と西大陸と、もうひとつ。
北の海に浮かぶ……
と、わたしがそこまで考えたときだった。
バンバンバンバンバン!!
店の外から扉を激しく叩きつける音が聞こえてきて、驚いたわたしは手にしていた鉛筆を床に落としてしまった。
そして、それを拾う暇もなく、あっという間に店内がざわつき始めた。
いったい何事だ、何かの間違いでは、すぐ帰るだろう、でも切羽詰まっている、お手洗いでも借りに来たのか……
「な、なんだい!? ちょっと姉さん! 店は閉まってるってちゃんと張り紙したの!?」
「何言ってんだい。あんたと父さんが入ってきたときに貼ってただろう」
「え? そうだったのかい? 全然気がつかなかった……」
「あんたってば、店に入ってきたときはもうシーナサンしか見てなかったからねぇ」
「あらやだ、そういうこと」
店内のざわつきはなかなか収まらなかったものの、アッラルさんとアッチェレさんの会話がいつもの調子になった頃、
「皆さーん! ちょっと、静かにしてくれないかしらー!」
ひときわ大きな声を出したのは、重たい腰を上げて立ち上がったフェルマータさんだった。
フェルマータさんは、店内のざわつきが収まるのを待って口を開いた。
「この報告会が始まる前にも言ったと思うんだけど……これはたぶん、主人からの連絡だと思うの。だから、とりあえず扉を開けて中に入れてあげてほしいのよ」
そういえば、フェルマータさんの旦那さんは部下が帰ってくるのを家で待っているという話で、良い知らせがあったらここに使いの者を送るということになっていたような……
え?
……いやいや、そう簡単に進む話じゃないって、さっき心の中で言ったじゃないか。
あ、そういえば落とした鉛筆がそのままだ、拾わないと。
普段なら椅子に座ったまま、これでもかと腕を伸ばしたり、鉛筆を足で蹴飛ばして手が届くところまで引き寄せたりするのだが、そんなみっともないことはここではできない。
わたしは、フェルマータさんにお願いされて扉を開けに向かったアッチェレさんを確認し、椅子から降りてテーブルの下に屈み込んだ。
わたしの場合、鉛筆を落としてしまうと、芯が欠けたり折れたりして、書き味が悪くなったり使い物にならなくなってしまうことがほとんどだ。
しかし……
テーブルの下から拾い上げた鉛筆は、わたしが手に持っていたときと同じように、尖った芯の姿を保っていた。
これは、落とし方の問題か、それとも……
「お集りの皆さま! お忙しいところ、お邪魔いたします!」
ふと聞こえてきた声にテーブルの下から這い出てみると、店の入口に大人に囲まれた少年が立っていた。
少年は10歳くらいで、背丈はちょうどアッチェレさんの胸あたり。
手には1通の手紙が握られ、ここまでかなりの距離を駆けて来たのか、利発そうな顔を真っ赤にして、はあはあと肩で息をしていた。
それでも少年は、恥ずかしがることなく「フェルマータ奥様へ、旦那様からの使いの者でございます」と大きな声で挨拶すると、声変わり前の幼い声色で、大人顔負けの重要情報を報告してくれたのだった。
「さきほど、旦那様から『ジュスティーヌ様をご存知だという男性』の情報を、手紙として預かってまいりました! いち早く報告会にお集りの皆さまへお伝えするべく、ここまで駆けて来た次第でございます!」
つづく




