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歌姫たちのイストワール  作者: すけともこ
第1章「平和な国の作家志望、船長と出会う」
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第9話「生き生きしてる……?」

 それからわたしは、タイム編集長から2週間の執筆期間をもらい、現在執筆中の小説を書き上げ、見直すことになった。

 船長と初めて出会ったあの日、船長の隠れ家で広げていた小説である。

 エスペーシア王国の王子と従者の、笑いあり涙ありの珍道中。

 やがて、ふたりは力を合わせて世界を救う……!


 まだ『月刊王室』が刊行されていた頃、エスペーシア城でターメリック王子様と従者のパンデロー君の姿を見ているうちに思いついたものだ。

 前半部分、パンデロー君の語りやふたりの出会いのシーンはわたしの想像だけど、後半部分の街並みの描写は正確でなければならない。

 なんてったって、このエスペーシア王国の城下町が舞台なのだから。


 その日、朝から添削のため机に向かっていたわたしは、物語に出てくる細かな路地裏の軒先の描写に納得できず、少し出かけて調べることにした。

 今日もひとりぼっちのわたしは、玄関の戸締りを確認して、街中へ繰り出した。

 大通りを南に歩き、王子様に出会う前のパンデロー君がお昼を食べていたであろう南広場の噴水を回って、朝市が有名な通りへと向かう。


 もうすぐ日も暮れるから、お店はあらかた閉まっているかもしれない。

 けれど、とりあえず店構えだけでも頭に入れておかないと。

 その道中、細かな路地裏を覗き込むことも忘れなかった。


 ……なるほど。

 ここは骨董品のお店だとばかり思っていたら、コーヒーも扱ってるんだ……

 コーヒー党の穴場かな。

 メモ帳を片手に、使えそうな路地裏を地図とともに書き留めていく。


 寄り道しながらようやくたどり着いた大通りの市場は、案の定すっかり人気がなかった。

 新鮮な野菜を扱うことが多いから、多くは朝早くに完売してしまうのだろう。


 賑わってる市場も書きたいな。

 今度、早起きして来てみようかな……

 早起き、苦手だけど。


 まばらな人並みを観察しながら、来た道を戻る。

 しばらく歩いていると、前方からメイド姿の女性が近づいてくるのが見えた。

 背が高くて、亜麻色の髪を大きなお団子にして頭に載せている。


 ああ、あれはまさしくクミンちゃん!

 お城の外で待ち合わせもせずに会えるなんて、珍しいこともあるんだなぁ……

 なんて思いながら、それとなく彼女に見えるように手を振ってみる。


 大通りの真ん中で大声を出すなんて恥ずかしいこと、内気で声も小さいわたしにはできるはずもなく……

 クミンちゃんが気づいてくれるよう念を込めて、それでいて小さく手を振り続ける。

 すると、透き通った媚茶色(こびちゃいろ)の瞳と目が合った、と思った瞬間、


「あぁ! シーナだぁ!」


 クミンちゃんの間延びした大きな声が、通り中に響き渡った。

 そして、道行く人の視線を浴びながら、キラキラした瞳のクミンちゃんが近づいてくる。

 彼女は、人々の好奇の視線なんて気にならないようだ。


「久しぶりぃ〜! あのときお城で会って以来だから、1ヶ月振り……ぐらいかなぁ? 元気だった?」


 楽しそうに喋り出したクミンちゃんは、買い物帰りのようで、大きなカバンを背負っていた。

 中身は見えないけれど、きっと城内の寮生活で足りなくなった生活用品だろう。


 それにしても……

 クミンちゃんが大きな声を出したものだから、通りを歩く人たちが何事かとわたしとクミンちゃんにチラチラと視線を向けてくる。

 目立たないように小さく手を振っていたのに、これじゃあ意味が無い、というか恥ずかしい!


 わたしは楽しげなクミンちゃんに頷きつつ、道行く人の視線を避けるように彼女を道端に寄るよう手招きした。

 人の視線なんていう小さいものはどこ吹く風らしいクミンちゃんは、恥ずかしがり屋のわたしをフフフと笑いながらもついてきてくれた。


「ねぇねぇシーナ。船長さんの小説の原稿受け取ってるんでしょう? あれ、もうすぐ最終回っぽいけど、どうなの?」

「ああ、そうそう。もう最終回の原稿は受け取り終わってて、確か再来週号に掲載されるはずだよ」

「そっかぁ、やっぱり終わっちゃうんだぁ……それで、シーナは船長さんとは仲良くなれたの?」


 船長の小説の読者であるクミンちゃんは、やっぱり寂しそうだった。

 そんなクミンちゃんの質問に、わたしは頷いてみせた。


 船長には、わたしが書いた小説を見せるくらい仲良くなった。

 自分の書いた小説を家族にすら見せたことがないのだから、家族以上に仲良し……

 いや、それは言い過ぎか。


「おぉ〜、そんなに仲良くなれたんだぁ。良かったねぇシーナ」


 しかし、クミンちゃんには、わたしの頷き方ひとつで「仲良し」の度合いがわかるらしい。

 そんなクミンちゃんにわたしは、船長に自分の小説を読んでもらったことを話した。

 そして、次の『週刊さんぱんち』の連載小説を担当させてもらうことになったと教えると、


「ええっ! すごいねぇ! もう本当に小説家みたいだよぉ!」


 クミンちゃんは大きな瞳をさらにキラキラと輝かせると、大きな拍手をして喜んでくれた。

 まるで、自分のことのように。


 ああ、クミンちゃんは良い人だなぁ……

 でも……

 やっぱり道行く人の視線を感じて恥ずかしい。

 クミンちゃんは気にしてないみたいだけど。


 そんな嬉しそうなクミンちゃんが、わたしにはだんだん友人というより母親みたいに見えてきた。


「そっかそっかぁ。だから、そんなに生き生きしてるんだねぇ。なるほどなるほど」

「へ……?」


 クミンちゃんの母親みたいな一言に、わたしは瞬きを繰り返していた。


 生き生きしてる……?

 全然心当たりがないけれど……

 首を傾げてみせると、クミンちゃんは何もかもお見通しのお母さんみたいな笑顔になった。


「だってシーナ、ひと月前と全然違う顔してるんだもん。毎日が楽しくてたまらないって、顔に書いてあるよ。あ、ほんとに書いてあるわけじゃないけど」

「あはは……」


 そりゃそうだ!

 なんてツッコミを入れている場合じゃない。


「ひと月前って、この前お城で会ったときでしょう? あの日は仕事が変わるって聞かされて、ちょっと憂鬱だったから……」

「それも含めて、今までののシーナと比べてってことだよぉ。毎日のように、お城に来ていたときより……って話」


 そこまで喋ると、クミンちゃんは満面の笑みを浮かべた。

 はて……

 わたしって、そんなに変わったのかな……?


「……そう、なの?」

「そうだよぉ! 船長さんに会うのが楽しくて仕方がないんでしょう?」

「……」


 クミンちゃんの何気ない一言が、すとんと腑に落ちた。

 確かにクミンちゃんの言う通り、わたしは船長に会うことを楽しんでいる。


 わたしの退屈な毎日を、びっくりするほど楽しい色に塗り替えたのは船長だ。

 気がつけば、船長のことばかり考えている日もあった。

 毎日が楽しくてたまらないのは、だれあろう船長のおかげ……

 なんだろうなぁ。


 クミンちゃんはわたしの沈黙を、もちろん肯定と受け取ったようだ。

 なるほどねぇ、と納得したように頷いて、


「その気持ち、大事にしたほうがいいよ。何かあったとき、きっとシーナの味方になってくれるから。あ、お使いの途中だったんだ。じゃあまたね!」


 そう言うと、手を振ってお城へと歩いて行ってしまった。


「……」


 わたしは、ただ呆然とその背中に向かって手を振ることしかできなかった。


 その気持ち……

 船長に会うのが楽しいって気持ちだよね。

 大事にしたほうがいいって、どういうことだろう……?


 クミンちゃんの言葉の意味を考えているうちに、空は夕暮れのすみれ色へと変わっていた。

 日が暮れてしばらく経つようだ。

 息抜きは終わりにして、もう帰らないと。

 わたしは、自作小説の待つ我が家へ家路を急いだ。



つづく

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