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恋シリーズ

螺旋階段

作者: あきわ

目の前には小さな家並みと、ぽつぽつと歩く人々の黒や茶色い頭と。

強い風とカプカプと浮いた白い雲と、青い空が見えた。

わたしは息を一つ吸い込んだ。

「ねえ、わたしがここから飛び降りたらどうする?」

そう問いかけて振り向けば、あいつは僅かに眉間に皺を寄せて。

「やめろ」といった。

もっともな意見だ。

わたしもあんたがそんなことを言えば、「馬鹿なことを」と呟いて止めるだろう。

だけどさ。

わたしと他人は違うわけでさ。

あんたが飛び降りようとすれば止めるけど。

わたしが飛び降りようとするのをわたしが止めるということは、あんまりない。

いや、別に自殺願望があるとかじゃないんだけどね。

わたしは、今現在学校の屋上の手すりから身を乗り出すようにして、はるか地上を見下ろしている。

校庭の一番高い楠の木の深い緑が風に揺れているのが見えた。

「夏ねぇ。」

わたしの言葉に、給水塔の影で腰掛けて本を呼んでいた香川光は、ほとんと吐息だけでおざなりな挨拶を返した。

なんかむかつく。

わたしなんて眼中にないって感じ。

これでも付き合い始めて一年とか、それぐらい経つんだけどなぁ。

なんていうか、慣れきってしまったってかんじ?

熟年夫婦みたいな。

いや、そこまで阿吽の呼吸じゃないけどさ。

馴れ合いは、あんまり良くないことだよね。

前に何かの本で読んだのよ。

ビートたけしだっけ?すっごいあいまいだけど。

苦楽をともに過ごした夫婦はその間はすっごく親密になるけど。

喉元過ぎれば忘れてしまうんだとさ。

それで離婚。

わたしはもう一度大きく溜息をついた。

わたしは、だけど。

まだまだあんたが好きなのよ。

なぁ~んてね。

ちらりと背中を振り向くと、あの男は俯き加減に本なんか読んでた。

武者小路実篤の『友情』だってさ。

サイテー。

面白いか?

「ねえ、わたしがここから飛び降りたら、やっぱり困る?」

わたしは振り向かず、校庭の茶色い土を見ながら言ってみた。

「茅子 。」

あいつが煩げに名前を呼ぶ。

「もし困るとしたらさ。それはなんか罪悪感からとか?それとも―――――。」

わたしはそこで一つ息を止めてみせる。

風がわたしの髪の毛をかさこそと揺らすので、なんだかくすぐったい。

一年間とかいっしょにいたけどさ。

お互い変に口下手だし。

(いや、それは向こうのほうか)

わたしはただたんに強情っぱりなんだ。

そうやってよく母親とかに怒られた。

例えば喧嘩しても、もちろんわたしに非があるわけだけど。

絶対に謝ったりしなかったり。

だから、口とか態度に出して好きとか愛してるとか(おいおい、愛してるって・・・・)言ったことなかったのよね。

でもさ。

実はさ。

心の中では、バリバリ大好きだったりするんだよね。

玉砕覚悟で告白したのが二年の夏休み前で。

なんでかわかんないけど、OK貰って。

それから、なんとなく一緒にいるだけの毎日ばかりだった。

例えばデートらしいデートなんてしたことないのよ。

わたしたち。

映画とかいったことないし。

遊園地なんて、それこそ絶対に行きそうにないじゃん。

んで、もっぱら図書館とかそんな感じ。

でもさ。

それでも満足してたの。

これでも乙女だからね。

一緒にいられるだけで幸せなんて言葉、本当にあるもんなんだよね。

でも、それで満足してても。

不安は生まれるじゃない。

こう真夏の入道雲みたく。

モコモコと。

わたしのことどう思ってるのかなぁ~とか。

なんでわたしなんかと恋人してくれてるのかなぁ~とか。

ただたんに成り行きとか?

(ガーン。そんな事言われたら、ショックで本気でここから飛び降りちゃいそうだよ)

なぁ~んてね、最近とみに考えちゃうのは。

やっぱりこの間の目撃現場のせいだね。

一つ下の可愛いロングヘアーの女の子に告白されてるのを目撃してしまったわけですよ、実は。

だって部室の前でやっちゃってんだもん。

わたし、帰宅部だけど。

最近は受験勉強もかねて図書室で勉強してから帰るから、彼の部活が終わってからのお帰り時間と重なるんで待ち合わせして一緒に帰るのよね。

それで彼の部室まで迎えに行きますれば。

初々しい女の子が。

頬なんて染めちゃって。

「好きです」なんて言っちゃってるわけよ。

あんまりに可愛いんで、わたしがつきあったるわい!とか叫びそうになりましたわよ、ホント。

んで、あいつが驚いて(顔は無表情だったけど一年も付き合えばわかる)無言で立ち尽くしてると。

「返事は後日伺いに行きます」って彼女は髪の毛サラサラと揺らしながら夕日に向かって駆け出して行っちゃった。

いったいなんのトリートメント使ってのか教えてくれぇ~と危うく叫びそうになるのを寸止めして。

わたしは木の陰で立ち尽くしておりました。

・・・・一応わたしたち公認カップルだったんだけどなぁ~。

やっぱり影薄いのかしら、わたし。

容姿だって十人並で。

頭も中の中のごくごく平凡。

悪くいやぁ取り柄なしですからね。

まあ、よく言っても取り柄ないんだけどね。

つうか、この何もないのが取り柄みたいな感じ?

(うわぁ~沈んできた。なんで香川ったらわたしの告白にOKしたのよ?)

でもね。

この人好きだって気持ちは、誰にも負けないつもりあるのよ。

わたしは、頬をくすぐる髪の毛を耳にかけて。

ぼんやりと。

だけどお腹に力を込めて言った。

「もしわたしがここから飛び降りるって言ったら止めてくれる?」

「茅子?」

「それは?義務感?道徳観?それとも罪悪感?」

そしてわたしはくるりと振り返り。

ちょっと困ったように微笑む。

「わたしがいなくなったら哀しい?」

あ、言ったらなんだか泣けてきた。

香川は、少しだけ呆れたような疲れたような顔をしていた。

方膝を立てていて。

色褪せた文庫本の間に指を挟んで、わたしを見ている。

わたしはこの人の優しさを知っている。

だから、きっとわたしがここから飛び降りるって言ったら止めてくれるに違いない。

でも。

わたしが欲しいのは優しさじゃあないのだ。

好きだって気持ち。

かけがえない気持ち。

わたしという存在が、この人にとって何者にも代えがたいってこと。

だってわたしがそうなんだもの。

別にわたしとこの人が同じ気持ちになれとか、そんなこと言うつもりはないんだけどね。

ただ、この人がわたしを少しでも好きでいてくれれば。

わたしは、すごく嬉しいのよ。

わたしは、たぶん、かなり不安げに恨めしげにあいつを見ていたことだろう。

香川は、少しの間の後、むくりと立ち上がった。

そして日差しの中へ一歩足を踏み出すと、太陽の眩しさにか瞳を細めた。

それを見てカッコイーとか思ってしまうわたしは馬鹿だ。

「茅子。」

「なに?」

「とりあえず義務感と道徳観と罪悪感とで止めはするだろうが。」

そこでほうと溜息をつくと。

「それ以上に。こんなことでおまえを失えるほど、俺は甘くはないんでな。」

いうなり、近づいてきたこいつに腕をがしりと掴まれた。

そしてぐいぐいと引っ張られ、フェンスから遠ざけられ給水塔の影へと連れて行かれる。

正直驚いて。

わたしはあんぐりと口も目も見開いていた。

「おまえは大人しくここにいろ。」

憮然とした声。

手は・・・・いまだこの人の大きな手に繋がれている。

わたしは。

・・・・・・。

笑ってしまいました。

そう。

そっか・・・・。

うん。

今日も幸せです。

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