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「『キュア』『キュア』『キュア』『キュア』『キュア』『キュア』」
「あ、スガーナ師。それらしい呪文ってないんですか?雰囲気のある」
「お前は何を言ってるんだ?
……まあいい。今、お前らの体内に何か広がった感覚を忘れるな。自分の中にそれを見つけろ!
で、今のナイスの質問にも答えてやろう。力ある言葉に魔力を乗せるとさっき言ったことをもう忘れたのか?正式には、“神の恵みよ、命の灯よ。健やかなる成長をここに願う。『キュア』”だ。お前らレベルでは全て唱えなくては効果があるまい。だが、修練を積むことにより、短く唱える呪文短縮、魔法名だけで発現させる呪文省略、唱えることなく発現させる無詠唱となる。さっきのは呪文省略だな。
水魔法ならほれっ……このように無詠唱ができる。これは、アクアベール。下級の防御系魔法だな。殴ってみるか?」
うおっ。『キュア』で体内に広がる魔力を必死に確かめていると、急にスガーナ師の前に水の壁ができた。微妙にぼやけているってことは、そんなに分厚くないんだろうが、防御力はどうかな?
スガーナ師の言葉を受け、突然ハナが立ち上がって軽く殴りつける。……が、簡単にはじかれていた。それなりに防御力もありそうだ。ただ、それなりだな。剣なら突けば超えられそうだ。
ベール系の呪文は簡易な分、発動が早く、防御の際にはよく使われる呪文だそうだ。これよりも分厚く、広範囲になるウォール系は軍などの大規模戦闘では使われるが、発動まで時間がかかるので個人では使い勝手がよくないらしい。うーん。範囲系や強力な呪文には憧れるけど、実際の運用には支障もあるってことか。使用者の生の声って重要だな。
……ま、俺には関係ないがね!自分のスキルを思い出して心の中で不貞腐れる。わかってましたよ。スガーナ師は顔をナイスたちにしか向けてないし、俺の方なんて見ようともしていないから。でも、絶対に各種初級魔法を習得してやるぜ!
でも、師が『キュア』で魔力を感じさせるメンバーからは外されなかったので、ツンデレか?……はいはい。ただ、上司に全員の世話って命令を受けてるんだろうよ。
「魔力を感じることができたら、まずは無害な呪文で練習を繰り返すことだな。私も幼き頃にはそうして訓練をした。魔法は使えば使うほど効率も威力も上がる。魔力は使い切れば最大値が上がる。どちらもごくわずかだが、積み重ねた結果は傍から見てもわかりやすいぞ。
魔力をすべて使うと気絶するが、そこは、慣れろ」
「(よくある設定だな。で、こいつらは最初っから威力が高かったり、魔力量が多いんだろ?で、俺は違うと。はい。テンプレテンプレ)」
「お前らの魔力量は測ってみないとわからんが、まあ高くても一般的な魔法師程度だろう。過去の異世界人には魔力がなかった者もいたようだし、そもそも一般人の半数は魔力がないからな。スキルがあるお前らは少なくともゼロではあるまい」
「え?」
「……先ほど話したことをもう忘れたのか!スキルは魔力で発動すると言ったであろう!」
「す、すみません!」
思わず出た声がスガーナ師に聞かれ、話を聞いていなかったのかと怒られた。こういう時は謝るに限る。必死になって頭を下げると、もういいと座らされた。ふぅ焦った。
ナイスたちもこっちを向いて笑ってやがる。でも、今のは?もしかしたら、面白いことができるかもしれない。……が、結果が出るのは当分先だな。
その後の説明は大してなく、魔力を感じるための訓練の時間だった。ひたすら『キュア』を受け、体内に浸透する魔力を感じ、なんらかの生活魔法を使おうと試す場となった。どれが自分にあった魔法かわからないからだが、10回ほど唱えて無理なら別ので試すって方法で、効果が発現するのを待つわけだ。呪文は覚えて損はないので、ありがたい。紙は高級品のようなので、気軽にメモできないし。
コップ一杯を出す魔法“水の女神よ。甘露の恵みよ。今ここに集い潤せ。『ウォータ』”、薪に火をつける魔法“始まりの火種。業火の瞬き。生命のきらめきをここから。『イグニッション』”、そよ風を起こす魔法“心地よき春の風。風の女神のため息。優しき調べをここに。『ブリーズ』”。
それに短時間治癒力を上げる『キュア』を足した4つが生活魔法と呼ばれる、簡単な魔法らしい。ちなみに『ヒール』は回復魔法。
ナイスたちはほどんどが簡単に全部の魔法を使えるようになった。特に賢者たるミカはどれも一二回試しただけで成功していた。魔力も相応に多いらしく、それぞれ複数回発現させても問題なさそうだ。えーっと、俺と同じレベル1の状態じゃないのかね、お前は。
他の四人はそれぞれ3つだが、普通は1つできるようになるのに数日から長くて数カ月かかるらしいから、それでもすごいって褒められてた。え?俺?……全部だめだと思っただろ?残念でした!必死に『キュア』を覚えましたよ!頑張った、俺!
普通に唱えるだけじゃなく、感情を込めてみたり、スガーナ師の唱え方を真似してみたり、自分の魔力を動かしながら(気分的に)やってみたりと創意工夫をしてみた。それで成功したんだから、魔力の動きが原因だったんじゃないかって思ってる。なんと言うか、手のひらに集めて、相手に広く行きわたらせる感覚。やってないけど、『ブリーズ』の発現は似た感じだけど空気を動かすんだから難しいな。反対に、『イグニッション』を広くやったら火事になりかねないから、あっちは集めるんだろう。『ウォータ』もある程度集めるって点では同じかな?そう考えると、全部使えるようになるのが珍しいってのもわかる気がする。それぞれちょっとっつ違いがあって1つできたからって他のは簡単じゃなさそうだ。
ファンタジー系の知識があったのと、事前に数回『キュア』を受けていて、どんな感じが魔力でどう動くのかを分かっていたからなんとか使えるようになったけど、普通は無理だよな、これ。そりゃ最低数日はかかるわ。
さて。『イグニッション』や『ブリーズ』、『ウォータ』も独りでこの世界に放り出される予定の俺には必須だけど、今必要なのは断然『キュア』。あれだけ動いたんだ。明日は筋肉痛確定だ。あれだけでって?一般人にとって「たったあれだけ」でも、俺にとっちゃ「あれだけ頑張った」って量の運動だった。これまで全然運動してねぇからな。自分の疲労をわずかでも軽減できる『キュア』は必須だ。