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午前中の訓練では何度も死にかけたが、ポール氏が数回『キュア』をかけてくれたのでなんとか乗り切れた。まあ、効果のほどはお察しとのことなので、明日どころか午後には筋肉痛で動けなくなるかもしれんが、まあ、なんとか今は乗り切れたのだ。うん。そういうことにしておいてくれ。
量だけはちゃんとある昼飯が終わり、午後は魔法のお勉強。個別のスキルが使える人間を即用意できるわけじゃないから、最初は基本的なことを宮廷魔術師が教えてくれるらしい。
それなりに広い部屋で待っていると、ハーレム野郎ナイス(笑)が近づいてきた。こっちは用なんてないんだ。つーか、休ませろよ。てめぇとは強度が違うんだ。
「えーっと、たしか君は……」
「山田太郎、通称ブタロウ。同じ学年ですがクラスが違って、私は会話したことがありませんわ。有名な学内の嫌われ者ですわね」
「(有名さと嫌われ度じゃ、お前ら二人も良いレベルだぞ。ハーレムくそ野郎に高慢お嬢)」
「珍しい名前だね。今時そんな名前の人間がいるとは思わなかった。初めて見たよ。君みたいな典型的な体形の人間も。
でも、大丈夫かい?無理しない方が良いよ、その身体じゃ大変だろ?スキルもクズだし、無駄な努力を続けるのは大変だぞ?」
「(お前ほど珍しい名前じゃないぜ!世界で一番呼ばれる名前じゃね?(笑))」
「相変わらずナイスは優しいですわね。この状況で他人を気遣うことができるのですから」
「いやいや、そんなことはないよ。でも、彼が実力に見合わない苦労しているのを見ると、心苦しくて。自分にできるのはこれくらいだから」
「(優しい?今、ナチュラルにディスられてますが?狂ってんのは目か?頭か?つーか、現実わかってる?実力に見合わない苦労ってか、実力がないから苦労してんだよ。わかれよ!)」
「でも、ナイス。彼と一緒には冒険無理でしょ?どう考えても半年で魔物と戦えるようになるとは思えない。
そう考えると、努力と根性だけは認めてあげようよ」
「ハナの言う通りだね。碌なスキルもないのに、僕らの訓練に食らいつこうとした根性は褒めてあげても良いね。それじゃ、これからも僕らの邪魔をしない程度に頑張ってくれたまえ」
……何が言いたかったのやら。まともに会話が成り立たん。
貴重な休息の時間なんだから邪魔するなよ。会話する気力も体力もねぇんだ。それくらいもわからないからハーレムくそ野郎って言われるんだよ。空気読め!
アルカイックスマイルを浮かべながら微妙な表情で対応していると、飽きたらしく三人だけで仲良く話し始めた。少しずつ移動して、ちょっと離れた机で楽しそうだ。無駄に体力を消費しなくてすんで助かったと胸をなでおろしていると、教師役の魔法師がやってきた。なんでも、新人の宮廷魔法師らしい。その情報だけで俺の嫌な予感がビンビンと警報を鳴らしている。
一目見た時にわかった。ああ、ナイスたちと同じ系統の人間だ。才能がない人間を人として見ないタイプ。最初っから、あいつらを見る目と俺を見る目が全然違ったからな。
金髪で茶色い目をしている。線が細めのイケメン。この世界はイケメン率高いな。ポール氏だって、肉体派の濃い顔イケメンだったし。
「宮廷魔法師のスガーナ・ロロンだ。お前らに魔法の基礎を教える。俺を呼ぶときはスガーナ師と呼べ。先に言っておく。別にやりたくて教師をするわけではないが、手は抜かん。俺が教師をしてやるんだお前らも全力で学べ。手を抜くようなら容赦はしない。
ああ、各魔法のスキル持ちが来たら、順に個別授業となる。当面は、基本的なことを教えていくぞ」
「スガーナ師は何の魔法を使えるんですか?宮廷魔法師とのことですから、かなり強力なスキルと思いますが」
「ん?ああ、無知なお前らに教えてやろう。この国では宮廷魔法師に認められるには、複数の魔法スキルか賢者、大魔導師などの強力な職業系のスキルが必要となる。つまり、エリート中のエリートだ。
俺は、水魔法と水魔法使いを持つダブルだ。つまり、宮廷魔法師の中でも水魔法のエキスパートだ。もちろん、他の魔法も初級なら使えなくもない。お前たちの中にもそれなりに優秀なスキル持ちがいるそうだな」
ぐるりと視線を巡らせたスガーナ師に対し、ミカお嬢様(笑)が胸を張り、ミライが縮こまった。二人はスキルだけなら宮廷魔法師なれそうだな。うらやま。つーか、光のナイス(笑)も氷魔法のスズネも十分強力な魔法使いになれそうだし、はーっ、人生恵まれてる奴らは良いねぇ。
それよりも、生活魔法ですよ、生活魔法。スキル持ちは大体覚えられるってんだから期待大!特に、疲労軽減できそうな『キュア』は俺に必須ですよ!
……それにしてもスキルって一言で表現してるけど、そこも色々ありそうだな。もしかしたら、俺のハズレスキルも成長させれば……もしくは有効な活用方法が……うん。あり得るあり得る。よくあるストーリーだろ?
つーか、そうじゃなきゃ、こっちでも人生ヘルモードですよ。
「何も知らないガキに教えると思ってと言われてる。そんな馬鹿どもに教える気はないが、これも仕事だ仕方ない。はぁ。こんな無駄なことしてないで研究がしたいんだがな。
さて。魔法について、お前らは何を知ってる?」
「スキルがあると使える」
「魔力を使いますわ」
「少なくとも、光魔法、氷魔法、回復魔法、支援魔法、水魔法がありますね」
「他には?そこのクソデブ!黙ってないで発言しろ!寝たら殺すぞ!」
「ひゃい!……え、えと、生活魔法、『キュア』『ヒール』がありますか?」
「何馬鹿言って「ほう。誰に聞いた?」えっあるの?」
「じゃあさ、サンダーとかライトとか、ハイヒールとか」
「……良く知ってるな。お前らの世界には魔法がなかったと聞いていたが」
「英語系なんだ。なら、スズネとかならアイスランスとかブリザードはあるね」
「そうね。火がファイヤー、水はウォーターかアクア、風はエアーが付くのかしら」
「光があるなら闇があるかもね」
「支援って能力アップかな?」
「……ふむ。思ったよりも知識があり、話ができるな。言葉が通じるだけではないんだな」
微妙に驚かれた顔をされた。台詞があれだが、少しは異世界人を見直したんだろうか。
それならとつぶやきながらスガーナ師は懐から紙状の何かを取り出した。あれって羊皮紙?パピルス?実は和紙系だったりして。
一番勉強ができそうな雰囲気があるのか、スズネに渡しながらスガーナ師は話をつづけた。ん?スズネは小首をかしげてるぞ。
「文献だと言葉が通じても話ができない野蛮人が多いとのことだったが、異世界人にもまともな知能を持つ者がいるのだな。安心したぞ。
それは以前書いた魔法に関する考察なんだが、理解できるか?」
「えっと、すみません。読めません。これがこの国の文字ですか?」
「この国の言葉をそこまで流暢に話せるのに読めないのか?どうなってるんだ、異世界人は?」
「たしかに言葉通じてるよね?変なのっ」
「まあ、常識的に考えるなら召喚の際に何かしら言葉を相互に理解する力を付与されたのでしょう」
「ふむ。それはそれで興味深い考察だな……ん?おっと。それは後にしようか。先に仕事を済ませよう。
魔法とは、力ある言葉に魔力を乗せることで現象を操作する法則だ。何でもできる力ではない。多くの者が使える簡易的な魔法を生活魔法と言い、高度な魔法はそれぞれのスキルを持っていないと上手に操れはしないが、優秀な者であればスキルがなくとも初級の魔法くらいは修練により使えるようになる。スキルが全てではないのだから、お前たちのような者も努力すればある程度の実力を備えることもできよう。魔王を倒しに行くのであれば、不測の事態に備え、それぞれが自分のスキル以外の初級魔法をいくつか使えるようにしておくべきだな。
そして、スキルはその効果を発するのに魔力を必要とする。だから、スキル持ちは生活魔法を使えることが多い。魔力への親和性が高いといわれているな。
だからまず行うのは、体内にある魔力を認識することだ。学院で良く行われている方法で教えよう。魔法の種類や各呪文などは明日以降だ」
スキルを連発しているだけでも魔力の存在に気付く人間は気付く。瞑想して自分と向き合うことで近くする手法も昔からメジャーだった。ただ、どうしても時間がかかる。そこで現在では相手の魔力が体内に薄く広がる魔法『キュア』をかけることで魔力の存在を知覚し、自らの内部にその痕跡を探す手法が採られているとのこと。ラッキー。ポール氏に何度も『キュア』してもらった俺、一歩リード!
スガーナ師が順番に『キュア』をかけてくれた。