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「よくぞ来た。勇者とその一行よ。
この世界は死に瀕している。恐るべき魔王の手による侵略を止めるすべがないのだ。おぬしたちには期待しているぞ」
「……えっ?何?」
突然聞こえてきた声に、足が止まる。さっきまで聞こえてきていた車の音なんかは全く聞こえない。何がどうなった?慌てて周りを見回す……と……なんだこりゃ?マジで?中世ヨーロッパ?異世界?
石造りの広間。壁際に並ぶ完全武装の兵士。偉そうな雰囲気と豪華な服を着た一団。これマジ?現実?
混乱して周りをキョロキョロしている女性陣に対して、今野だけは、しっかりと正面を見上げている。階段の上にある椅子の上に座り、こちらを睥睨する偉そうな人物は多分王様だろうか。隣に立っているのは宰相か?何考えてんだハーレムくそ野郎は?どう考えたって異世界で、混乱して当然の状況なのに、一番のお偉いさんをじっと見つめるなんて。どう考えても常識外れ。周りの兵士からの圧力が、俺にもわかるくらいに強くなってくる。視線で殺されそうだ。
王様を見つめ続けている今野につられて、周りの女性陣も落ち着きを取り戻し、一緒の方向を向いた。マジかよ!召喚された異世界人ってこんなに空気読めないの?えっ?俺がおかしいの?どう考えたって、やばかろうに。
誰も口を開かないから静かなんだが、今初めて、うるさいほど静かと言う言葉の意味を理解した。王様の号令一発で、不敬罪で殺されかねないんだが……ああ、もう不安で不安でしょうがねぇ。耐え切れん。
崩れるようにしゃがみこみ、片膝をついて頭を下げた。俺の体感だと、ここまでで一時間。人生で一番濃い時間だ。ちなみに、次は、クラスの学級会でつるし上げられた時だったな。
そんな俺に、頭上から声がかけられた。威厳ある声ってこんな感じですか。
「何故膝をついた?異世界人ならばこちらの礼儀など知るまいに、体が重すぎたのか?」
「……じ、直答をしつ、しっつれいしましゅ。御覧の通り、こんな身体でございます。戦うことなどできませぬ。自分は勇者などではなく、巻き込まれただけかと思います。
なので、このじょううきょがあまりに恐れ多く、こ、こちらの儀礼は知りませんが、私なりに礼を尽くそうと」
「その心意気やよし。伝え聞く異世界人とは違った者よ。許す。面を上げよ」
「は、はぃい」
ぶるぶると震えながら顔を上げる。座っている王様と目が合った。あ、ダメだこりゃ。俺のことを虫けらのように見る学校の奴らの目よりも、数段上の冷たさ。表情だけ笑顔なのは何かの冗談でしょうかね。自然と体が震えてくる。
横から聞こえてくる騎士のつぶやきも気になりませんよ。でも、王様。同じことを聞かないでください。応えづらい。
「……オークか?」
「こ、これでも人でございます」
「ジョルダンよ。おぬしはどう思う」
「はっ。オーク並みの体躯と顔ではありますが、比べますとあまりにも力なく弛んでいます。目にも人としての知性の光を感じます。魔獣らしき邪悪さもほぼなく、人の範疇に入るかと」
「それは人間ですわ。少なくとも、私たちが知っている者と同じであれば。あれは、同じ学校で学んでいたので見たことありますわ」
王様もジョルダン氏もひどいけど、宗来院もひどいな。それとかあれとか。俺がいたことに気が付いて一歩下がったからこれとは言われなかったが。まあ、これでオークとして処分されないんだったら許してやろう。うん。そうしよう。……ああ、暑いな。目から汗が出そうだ。
そこに、横手から鈴の鳴るような声がかかる。定番。お姫様の類だ。見たいけど、見たくない。どうせひどい扱いされるんだろうから。
「あらあら父王陛下。勇者様達はまだこちらのことを知りませんわ。顔合わせはこれくらいにして、説明する場と理解する時間を与えては如何でしょうか」
「ソフィアーナよ、お前が言うのも最もだ。当面はお前に任せよう。私も忙しい身。詳しい話はまたの機会とする。ジョルダン、ミルベは残れ」
「「はっ」」
近寄ってきた騎士に促されて今野たちが出ていく。王女様らしい少女の後をついていきたいのはやまやまだが、デブい身。立ち上がるのさえ一苦労。歩く速度は亀のごとし。
自分でだってイライラするのに、両脇を固めた騎士はもっとそうだったのか、おもむろに俺の脇を持ち上げて歩き始めた。
まるで引き出される罪人だ。
「あ、ありがとうございます、手伝ってくれて。太ってて歩くのも大変なので助かります」
「……変わったやつだな、この状況でお礼か」
「見た目は悪いですけど助けてもらっているのは確かですし。
それに、得体の知れない異世界人で、どう見てもダメな奴を嫌がらずに運んでくれる人には感謝しかないです」
「そうか」
そんな訳ないけどな!ふざけんな!と思うが、同時に、王女らしき人を待たせたらどんな処罰受けるかわからん。助けてくれるなら、言葉での感謝なんかいくらでもしてやるぜ。
なんとか追い付いた俺を、他の奴らはひどい眼差しで見てんだろうな。俺は歩くのが精いっぱいでそんなのを気にしている余裕はないが、想像はつく。
疲れと混乱で朦朧とした頭で、今後のことを考える。
同じ異世界人だが、今野たちに寄生はできまい。宗来院か響辺りに殺されるか、おとりにされる姿しか想像できない。そうなると、どうにかして別途生きていく道を考える必要がある。無理やりにでもひねり出さないと死だ。死にたいなんて向こうじゃ何度も思ったが、こっちにゃ俺を知ってるやつはほんの一握り。情報伝達だって遅いだろう。なんとかして生きていく術を身に着けて、遠くの町に行けば人生リセットができるんじゃないか。それが唯一の希望だ。向こうに戻れるなんて夢を追う気にはならない。
え?元居た世界に戻る?どうやってさ。無理に決まっているってのがこういった物語の定番だ。王様だって、魔王を倒せば戻れるなんて言ってなかったし、倒すなんて俺には無理。戻りたくないかって?戻りたいに決まってる。どう考えたって向こうの方が生活しやすいし、娯楽もある。家族だっているんだ……まあ、そんなに仲良くはないが、だからって、急に二度と会えないってのはきつい。
でも、そんなことよりも、何とかしないと自分の身が危ないってことだ。向こうと違って人権なんて意味ないし、力なき言論なんて見向きもされないだろう。役立つことを示せなければ、好きに生きろと放り出されて一巻の終わり。俺にはその未来しか見えない。……よし、どうにかしてある程度の期間の安全を保障してもらいつつ、自立できる方策を探ろう。そのあとはその時考えるしかない。
そうなると、こっちの常識やら技術やら、文明度やらをまずは知らないと。異世界で使えるミニ知識的なのをもっと真面目に読んでおくべきだったか?いや、今更悔やんだって意味がない。