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……見知らぬ天井……じゃないな。目の前にあるのは、木の机。その天板。ひりひりと痛む額から、気絶と同時に突っ伏したことが推測できる。ま、周りを見れば、他の奴らも同じようになってるからなんだが……ああ、やっぱり待遇が違うわ。机との間に枕っぽいのが挟まれてら。
あっちは勇者様、こっちはそのおこぼれ。当然っちゃあ当然だけど、釈然としない。そんな俺は小市民。……はぁ。よし!気分転換終了!俺の目標はこいつらに追いつくことでも追い越すことでもなく、一般的な生活を手に入れて、幸せに生きること。そのために、できることをするつもりだ。余計な事を考えるのは生き残ってからだ。
夕食までの時間は、この世界の基本的なこと。お金が半貨、銅貨、大銅貨と10枚で変化して、それが銅貨、銀貨、金貨とあって、国同士の戦争はあまりなく、魔物による被害が多く、盗賊は殺しても罪にならないし戦利品は討伐者の物だとかそんなことを知った。特に盗賊は生きたまま捕まえると奴隷として売れるのでお得だとか、よくある設定だ。この分だと、借金奴隷も普通にいそうだ。ギルドカードがファンタジー的機能を持つことも、売買や都市の入退場に恩恵があるのもわかる。税金の支払い?ああ、なんつーか、報酬からすでに引かれてるってところに現実味があるな。ランクもあって、HからSが使われてる。判断基準が違うだけで、生産ギルドでも商業ギルドでも同じね。ステータス表記も?はいはい。予定調和予定調和。
識字率や教育度合いの低さが気になるよな。ほら、俺が放逐された後の生活手段って部分で。冒険者ギルドでランクを上げて、商人の護衛が王道?自分で商売するのは……計算とかできるけど、駆け引きとかは無理無理。どっちかっていうと、働きたくねぇんだから。戦いたくもねぇけど、自分の身を守れるくらいにはなってないと、こっちの世界じゃ搾取されるだけだろうし。
……まあ、まずはこの半年を乗り越えてからだけどな。うーん。この夕食だけが俺の心のよりどころ。
さて、今夜はお客様がいらしております。……なんでや?
飯食って部屋に下がろうとしたら、ミライから声をかけられた。昔から知ってる俺が大変そうなので、『キュア』をしてくれるって話だ。旨い話にゃ裏がある。そう思って渋りつつ言を左右に躱していたら、今度はスズネが話しかけてきた。お前らは、ナイスほっといて良いのかよ。
「で、ありがたいけどよ、良いのか?他の奴らに『キュア』してやった方が良いんじゃないか?」
「で、でも、たろ君大変そうだし……」
「はっきり言ってあげた方が良いわよ、ミライ。
私たちはね、昼間の訓練の時にお互いに『キュア』を掛け合ったの。それだけで十分。ハナなんか、夕食後にまた訓練しようとしたくらい元気よ。貴方とは元が違うの。明日の筋肉痛を心配するのは貴方くらいよ。
『キュア』の回数を稼ぐ意味もある。ミライは早く『ヒール』が唱えられるようになりたいのよ。回復魔法の持ち主は『キュア』に慣れると自然と『ヒール』を使えるようになるみたいだから。継戦能力を高めることは、今後のために必要なのよ。
体力のない貴方にも良い話でしょ?協力しなさい」
「……あんたも一緒に来てくれ。それが条件だ」
「当たり前じゃない。気絶したミライは私が運ぶわ。貴方に任せるわけないでしょ」
良い話だ。俺にとって都合の良い話だ。だからこそ、慎重に聞いて、判断した。こっちが出した提案をすっきり飲んでくれたので、まあ、罠って可能性は結構低くなったと思う。この慎重すぎるほど心配する機能は俺に後天的に供えられた性質だ。どんだけクソみたいな罠に追い立てられたことか。他人を無条件で信用できるようなぬるい人生じゃなかったんでね。
表面上は仲良くしてたって、俺は他の奴らを信用していない。裏切ったり、罠にはめて利益をかすめ取ろうとすると知っているからだ。だが同時に、自分に利益がある場合にはそうそう裏切らないってこともわかってる。そこを活用しないと、俺はこの先生きのこることができない。
俺が心配していたのは、無実の罪を着せられることだ。だが、スズネが一緒にいるのならちょうど良い。俺の考えてる流れに持って行けそうだ。
人の良いミライのことだから、素直に俺を治そうとしているんだろう。日頃運動しない俺の回復力を上げることが必要だと、自分達に利益があると判断したメンバーによってそう導かれた感はあるが、純粋にありがたい。このままだったら、明日の朝には筋肉痛で動けないだろうからな。ぜいたくを言えば、『ヒール』を1回はお願いしたいね。
そんな考えはヒトカケラも表情に出さず、二人を部屋に招き入れる。もちろん、廊下にいる兵士にひと声かけてだ。うん。これも、俺が襲っただのの罠から身を守る方策の一つだ。
質素な椅子をベッドの前に置き、反対側を向いて腰掛ける。もちろん、手の届く位置にスズネ用の椅子も用意した。
「悪いな。場所がないから、ミライはベッドの上だ。後ろを向いてるから『キュア』を頼む。あ、『ヒール』試しても良いぞ」
「……やけにスムーズね。なんか準備万端具合が気に入らないわ」
「自分で自分に『キュア』かけまくるしかないって思ってた。安全性を考えたら、使えるのはベッド一択。机に突っ伏すのはお勧めしない。何度もシュミレーションした結果だ」
「……シミュレーション、ね。ただの馬鹿かと思ったのに、考えてるのね」
「たろ君はそこまで馬鹿じゃないもの」
「……ミライ。それは、ある程度馬鹿と言ってるわよ」
「あっ、あのっそのっ」
「……まあ、馬鹿だからな、実際。この状況になって、もっと、こう、色々やっときゃ良かったと思ってるさ。昔の自分に言ってやりたいぜ、後で後悔するぞって」
「……後悔は後でするから後悔なのよって言っても仕方ないわね。
貴方、自分で馬鹿だ馬鹿だと言ってるけれど、何か考えがあるんでしょ?諦めきった目じゃないわ」
「はっ。もうあっちのやつらと二度と会わないって思うだけでやる気が出てくるのさ。せっかくのチャンスだ。この世界で生きたいように生きるためにも、できることはするって決めただけさ。
……俺はお前らみたいな英雄にはなれねぇ。なりたいとも思わない。ただ。まともに生きたいだけだ」
「……その結果がその身体?誰も信用しないわ」
「違ぇねぇ。同じこと俺が言われたって信用しないな。
……でもまあ、俺にできることはなんだってしないと生きていけないのは確かなんだ。半年の猶予さえ上の気分次第で変わる。お前らと違って、俺の立場は弱い」
「自業自得でしょ。少なくとも普通体形の高校生だったら、同じスキルだったとしても待遇はもう少し良かったと思うわ」
「否定できないねぇ。だからまあ、できることをやるためにも、今こんな風に『キュア』をかけまくってくれたのはマジで助かる。ほんの少しでも俺の生存確率が上がるからな」
「ミライのためよ。ミライが頼まなければこんなことしてないわ。……知ってる人間が死ぬのも気分が良くないのは確かだけどね」
「ありがと……おっと。ここまでだな」
「……そうね。でも、もう少し話があるんでしょ?」
あーあ、鋭いね。なんつーか、頭の回転が俺とはケタが違う。ズバズバと思惑を当てられたら、俺の計画が台無しになるぞ。慎重に。慎重にいこう。
俺を全く信用していない目で鋭く突きさしてくる学校一の才女に向かって口を開く。
「俺の使えるものってのはなんだかわかるか?」




